第十四話 褥(しとね)

14.その翌朝


 「もしもし」

 轡虫と霧木栗鼠は、厘海和尚の寺の山門の前で声を上げていた。

 「聞こえないのかな。 たのもう!」

 「馬鹿、道場破りじゃないぞ」

 ”どなたですか”

 「ああ、やっと通じた。 すみません、一週間前に伺った者です。 助けていただきたくて参りました」

 「お願いします、助けて下さい!」

 二人が交互に懇願していると、山門のわきのくぐり戸が開き、若い僧が顔を出した。

 「どうぞお入りください」

 二人は若い僧に案内されて、本堂で厘海和尚と再会した。


 「誘いに乗ってしまわれたか……」

 「いえそれは……」

 「そうですけど……」

 いろいろと言い訳をしようとする二人を、厘海和尚は制しておいて、何やら考えている様子だった。 そこに先の若い僧が、

『褥の怪』の怪異譚が記されている例の書物を持ってきた。 厘海和尚は書を広げて、二人に話を始めた。

 「この書には、姿を消した僧が、『褥の怪』との一夜の事を忘れられぬと苦悩していたと記されている。 そして、行燈に火を入れた

跡があり、不思議なことに着物だけが残っていたともある」

 「鈴虫と一緒だ……では、和尚はその僧が自分から行燈に火を入れ、不思議な力で連れ去られる事をしっていたのですか?」

 「いや、そうは記されていない。 君たちは、友人がかどわかされるところを夢で見せられた訳だが、この怪異譚では、僧一人が

いつの間にか消えていた事しか書かれていない。 女に迷って、自分から出て行ったと思っていたのだが……その様な変異に

見舞われていたとは」

 厘海和尚は感心した様に言った。

 「和尚様。 それで僕たちはどうすれば良いでしょうか」

 「うむ、その行燈を燃やしてしまうのが良いじゃろう。 むろんロウソクもじゃ」

 「行燈はともかく、ロウソクに火をつけてはまずくないでしょうか?」

 「うむ、では砕いた上で、芯を抜き取ってしまえばどうじゃ?」

 厘海和尚は若い僧を呼び、包丁と鉈を持ってこさせた。

 「ちと乱暴じゃが、これで砕いてしまえばよかろう」

 轡虫と霧木栗鼠は、やや心が痛むのを感じつつも、厘海和尚から包丁と鉈を借りて、ロウソクを砕くことにした。 

 「こんなことで解決するなら、ここに来るまでもなかったな」

 「いや、これは『褥の怪』のロウソクで鈴虫達はこれに火をつけて消えてしまったんだ。 少しでも知識のある厘海和尚に、

対処方法を尋ねたのは正しいと思うよ」

 二人はロウソクを持って本堂から出ると、まき割り用の切り株の上にロウソクを置いた。 そして、後からついてきた厘海和尚の

方を見る。

 「うむ」

 和尚が頷いたのを確かめると、ロウソクに包丁をあてがい、力を込める。

 トン

 軽い音がしてロウソクが両断された……と思ったのだが、刃を引くとロウソクには傷一つついていない。

 「あれ?」

 「何やってる、俺がやる」

 霧木栗鼠は、轡虫の包丁を受け取ると、勢いよく振り下ろした。 ロウソクはほとんど抵抗もなく両断された……と思ったが、

やっぱり包丁を上げてみると、元のままだ。

 「これは……」

 「ううむ、面妖な。 よし、私が御仏に祈るゆえ、その間にロウソクを砕きなされ」

 厘海和尚は、何やら念仏を唱え始め、霧木栗鼠は再び包丁を振り下ろしたが、結果は同じだ。

 「むむむ」

 困惑した厘海和尚は、自分で包丁を持ち、念仏を唱えながらそれを振り下ろす……が、やっぱり切れない。

 「おのれ小癪な」……


 小一時間経過。 三人は地面にへたり込んで荒い息を整えていた。 あれから、包丁を鉈に変え、縦横斜めに切り刻んでみたが、

結果は変わらず、坊主が念仏を唱えながら鉈を振るう様が、結構怖いという事が判っただけだった。

 「うーむ、これは手強い」

 「何か、ほかの手を考えないと」

 「そうだな……しかし、念仏を唱えても変わらぬとは」

 「念仏にどのような意味がありますか?」

 「邪なるものを払い、物の怪を退散させる効果があるはずなのじゃが……」 厘海和尚は首を横に振った。「まるで効果がない

……」

 「楓さんたちが、邪なものでは無いということになるのですか?」

 「その様なこと……まてよ、『褥の怪』は人にあだなすものではないのか?」

 「害をなさない? 鈴虫たちを消しておいて!?」

 「うむ……判らんが、とにかくこのままでは、君らに魔の手が伸びてくることは間違いない」

 「ど、どうしましょう」

 「取りあえず、本堂にて座禅を組んで、仏に加護を求めるがよかろう」

 轡虫はと霧木栗鼠は、口々に不安を訴えた。

 「心配なさるな。 眠り込まぬように、人に見張らせる。 その間に愚僧が対処方法を考えるとしよう」

 「それしかないのですね……判りました。 ありがとうございます、厘海和尚様」  

 「礼を言うのはまだ早いかも知れぬ。 ともかく、準備に取り掛かろう」

 厘海和尚は二人を、再び本堂に招き入れた。

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