第十四話 褥(しとね)
13.第二夜3
「!」
飛び起きた轡虫は、自分がいつの間にか眠っていたことに愕然とした。
「高呂木!」
携帯に飛びつくと、震える手で高呂木の携帯をcallした。
「出ろ、頼む出てくれ……」
一分ほどで、留守録中の表示が出ると、がっくりと肩を落としてうなだれ、その手から携帯が床に滑り落ちた。
♪♪♪
床に落ちた携帯が、場違いな着信を奏でた。 轡虫は携帯を拾い上げて着信ボタンを押す。
『轡虫! 無事か!?』
「霧木栗鼠……ああ、僕は無事だよ」
『高呂木が電話に出ない……さっき妙な夢を見たんだが、お前は?』
「みたよ。 そもそもあれは夢なのかな……」
『夢じゃないんだろうな、多分』
「……僕らが怖がっているのを見て、楽しんでいるんだ、きっと」
”そんなことはありません……”
憂いを含んだ声を耳にして、轡虫は文字通り飛び上がった。
『おい!今の声は!? まさかお前も行燈を……』
「ち、違う! 僕は火をつけていない!」
”声をお届けするぐらい……訳のないことです……”
再び響いてきた声に、轡虫は絶句した。 電話の向こうで、霧木栗鼠も同じように絶句しているようだ。
「楓さん……?」
恐る恐る尋ねた轡虫の耳に、楓の声が返ってくる。
”はい”
「……高呂木は?鈴虫は?どうなったのですか」
”お二方とも、私どもの元に戻って参られ、皆の歓迎を受けています”
『皆の歓迎だと!?』
電話の向こうから、霧木栗鼠が怒声を上げた。
『煙に変えて、この世から消してしまうのが歓迎か!』
”あれは、私どもの所にお迎えするための技です。 こちらにいらっしゃれば、元通りの体に戻りますとも”
「元通りに? じゃあ二人は生きているのですね」
轡虫の声に安堵の色がかぶった。
”もちろんですとも……私どもの褥にて、手厚い歓迎を受けておいでです”
「褥……」
呟いた轡虫の顔色が悪くなる。 楓たちを、厘海和尚が『褥の怪』と呼んでいた事を思い出したのだ。
「楓さん……その、褥って? どんな歓迎を」
”ふふ……それは来てからのお楽しみですわ……”
部屋の中に、微かな風が吹き抜けた。 轡虫は微風の中に、楓と同衾した時の匂いを嗅いだような気がした。
「来てからの……じゃああなたは……僕も」
”ええ、お誘いしています”
楓の声には、心からの誠意があふれ、一点の邪気もないように感じられた。 轡虫は、疑問を楓にぶつけてみることにした。
「誘って……でも、どうして僕らなんかを?」
”あなた方が、私どもの所にやってきたから”
「それだけで? 僕らは罠にかかった獲物なんですか」
”獲物だなんて、そのように思ったことはありません。 あなた方は、私どもにとって大切な方です”
大真面目な口調で言われ、轡虫はひどくくすぐったい思いを味わう。
”最初に来られた時も、心よりのおもてなしを致しましたわ”
「それは……でも、最後には本性を出して、僕らを……えと、食べようとしたじゃないですか」
”それは誤解です。 私たちは、あなた方を迎え入れようととしただけですわ”
「迎え入れる?」
”ええ……殿方を迎え入れるのは、私どもの最大のおもてなし……”
心なしか、楓の声が艶っぽくなってきた。
”殿方を包み込み、温め、常世の平穏の中に誘う……それが私たちのおもてなしです……”
温め、包み込まれる。 その言葉に、轡虫はあの夜のことを思い出す。 楓と抱き合い、楓の中に精を放った夜のことを。
「包み込まれる……」
”ええ……深く……深く……私たちの中に……そして……暖かい平穏の海に……”
「ああ……」
楓の体に包み込まれかけた時の記憶が蘇り、体が疼き、思わず両手で体を抱いてしまう。
”そこは寒いのでしょう……さぁ……こちらへ……”
楓が呼んでいる。 行燈の向こうに床をのべ、彼を褥に誘っている。 後は行燈に火を入れれば、それだけで楓の懐に飛び
込めるのだ。
『轡虫!!』
轡虫がはっと目を上げると、彼の目の前にくみあがった行燈があり、今まさに火を入れようとしているところだった。
「あ、危なかった。 すまない、霧木栗鼠」
『悠長なことは言ってられん、今すぐに厘海和尚の所に行くぞ』
夜明けまで、まだしばしの時がある時刻だった。
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