第十四話 褥(しとね)

11.第二夜


 轡虫は布団をかぶり、耳を押さえて歯を食いしばる。

 ”きて……”

 しかし楓の甘い声は、耳元で囁かれているかのようにはっきり聞こえる。

 「えーい、このまま寝てしまえば……」

 ”きて……夢の国へ……甘い夢を見せてあげる……”

 「甘い夢……」

 ”さぁ……楽にして……”

 すーっと意識が遠のいていき、穏やかな温もりに包まれていくような心地よさが……

 「わっ!?」

 気が付けば、轡虫は布団からはい出して、行燈の入った箱に手をかけようとしていた。 すんでのところで気が付いて、慌てて

机から離れる。

 「かくなる上は、朝まで起きているしかない」

 悲壮な覚悟を口にすると、戸棚からインスタントコーヒーの瓶を取り出し、ジョッキに粉を注ぎ、続いてお湯を注ぎ……かけたが

思い直し、ジョッキの中身をそのま口に流し込む。

 ゲホッゲホッ!

 盛大に咳を飛ばしながら、次の眠気覚ましを考える轡虫だった。


 「桃花さん……」

 同じ頃、高呂木の所にも『褥の怪』が訪れていた。 彼の相手を務めた桃花は、桜花より年上で積極的だったが、高呂木が

そんなことを知る由もなかった。

 ”さぁ、高呂木さん……火をつけて……”

 「だ、だめです……お願いですから……助けて」

 ”さぁ……楽しい夢を見ましょう……”

 徹夜で寝不足なのは、高呂木も同じだった。 桃花の囁きは蜜の様に甘く、高呂木にまとわりつき、自由を奪う。

 「火を……だめだ……つけなきゃ……いけない……」

 ぶつぶつと呟きながら、半分眠ったままの高呂木が行燈に火をつける。

 「あ……ああっ」

 行燈の明かりの中に、桃花の姿が浮かび上がる。

 ”ふふ……高呂木さん……”

 ふっくらとした笑みを浮かべる桃花に、高呂木は恐れを覚え、後ずさりすした。


 ”まぁ……震えていますね……怖いのですか?”

 「……」

 高呂木は歯を震わせながら、首を横に振った。 虚勢を張ったと訳ではなく、『怖い』と言う言葉を肯定すると、桃花が怒るかも

しれないと思ったのだ。

 ”いけませんね……嘘は。 では……私を見て下さい”

 言われるまでもなく、高呂木は桃花から目を離せないでいる。 それを確かめると、幽鬼のような桃花がゆるゆると舞い始めた。

 「桃花さん?」 

 ”見て……私を”

 ぼんやりとした桃花の姿は、薄い衣を纏っているようにも見えた。 桃花が腕を差し上げ、足を泳がせると、絡みつく衣が霞の

様に後を追ってたなびく。

 「……」

 もともと寝不足気味で曇っていた高呂木の瞳が焦点を失い、人形のように桃花の姿を映す鏡となる。

 ”おいで……”

 桃花が高呂木を招き、ふらふらと立ち上がった高呂木は、桃花の前に膝をつき、胴を抱くようにした。

 ”おあがり……”

 透けて見える桃花の乳房に、高呂木の顔が重なった。 桃花が微かに呻くと、手で乳房をもみしだく。

 「……」

 高呂木の喉が微かに動き、同時に目に光が戻った。

 「桃花さん?」

 ”まだ怖い?”

 高呂木は、戸惑ったような表情をし、次に首をゆっくり横に振った。

 ”よかった……”

 「どうして……どうしてこんなことを?」

 高呂木の問いに、桃花は首を傾げた。

 ”こんなこと?”

 「あの、どうして……鈴虫を溶かしてしまったんですか? そして僕たちを?」

 桃花はもう一度首を傾げ、何か考えていた。 そして応えた。

 ”したいから”


 「したいから……その、道に迷った人を捕まえて、溶かしてしまうことが、そんなことをしたいと?」

 ”そう……したいから”

 桃花は繰り返した。

 ”気持ちよくなりたいから。 気持ちよくしてあげたいから。 私たちは、したいようにするだけ”

 「な!?」

 ”気持ちよかったでしょう、私の体は”

 そう言いながら、桃花は高呂木の手を自分の胸に導く。 雲か霞の様に見える桃花の胸だが、触ると弾力が感じられる。 

知らず知らずのうちに、高呂木の手が桃花の乳房をまさぐり出す。

 ”心地よいでしょう、私の胸は……あん”

 白い靄のような物が、乳房から迸り、高呂木の手に絡みついた。 彼は手を乳から離し、しげしげと見つめた。 モヤモヤとした

白いものが手にまとわりついている。

 ”甘いでしょう、私の乳は”

 桃花は、高呂木の手に自分の手を重ね、高呂木の唇をなぞり、乳を舐めさせた。 高呂木の顔に、微かな愉悦の色が現れる。 

 「桃花さん……」

 ”気持ちよくしてあげる……さあ……吸って”

 桃花の乳房が、再び高呂木の顔に重なった。 彼の頬が僅かに動き、桃花が呻いた。 そして、高呂木の喉が動く。

 「うっ……」

 ”ふふ……ほら……気持ちよーくなってきた”

 高呂木は、のろのろとした動作で夜着を脱ぎ始め、桃花はその彼に寄り添うようにして、彼の体を愛撫した。

 ”さぁ……しましょう”

 「桃花さん……」

 呟く高呂木に、桃花は文字通り体を重ね、愛撫する。 高呂木は身じろぎしながら、ベッドに身を横たえた。

【<<】【>>】


【第十四話 褥(しとね):目次】

【小説の部屋:トップ】