第十四話 褥(しとね)

4.朝


 「お名残惜しゅうございます」

 そう言って、桐葉はたもとで目頭を拭った。

 「あー……我々もです、はっはっはっ」

 轡虫が乾いた笑い声を上げ、他の三人もこくこくと首を縦に振る。


 楓が人ならざるものと知り、轡虫は声を上げて逃げ出した。 ほとんど同時に他の三人の部屋から飛び出し、廊下で鉢合わせした

聞けば彼らの所にも女性が忍んできて、轡虫と同じ顛末になったとの事だった。 顔を突き合わせて情報交換をしているところに

桐葉が現れ、朝餉の支度ができたと彼らに告げた。

 「あー……申し訳ありません、我々はすぐに出発せねばならなくなりまして……」

 とりあえずの言い訳であったが、驚いたことに桐葉は引き留めようとせず、彼らを玄関に案内してくれたのだ。

 (何かの罠か?)

 (なんでもいい、気が変わらないうちに逃げ出そう!)

 四人は大急ぎで荷物をまとめ、車に積み込んだ。 そこに桐葉がやってきて、別れの挨拶を交わしていたのだった。


 「心のこもったお持て成しをしていただいて、なんとお礼を申し上げてよいか」

 すぐにも逃げ出したいのをこらえ、轡虫は深々と頭を下げる。 一拍おいて顔を上げると、まだ頭を下げている桐葉の胸元が

見えた。

 (うーむ、あの胸だと和服は似合わないはずなのになぁ……)

 桐葉の胸元は、黒々とした見事な三角形を作っている。

 (凄い谷間……ああ、昨夜は楓さんのアレと……)

 谷間の奥は深い闇になっていても先が見えない。 其処から、優しい香りが漂いだしている様な気がする。

 (ああ……もう一度あそこに……)

 「轡虫!」

 (はっ!)

 鈴虫の声で、轡虫は我に返った。 気が付けば、桐葉はとっくに頭を上げ、顔にあのふくよかな笑みを湛えている。

 (や、やっぱり危ない。 急いで立ち去らないと)

 冷や汗を隠しつつ、一行は車に乗り込もうとする。 そこに楓たちがやってきた。 何やら木箱を持っている。

 「つまらぬものですが、これをお持ちくださいませ」

 「こ、これは……もしかして玉手箱ですか?」

 「まぁ、面白い方……」

 桐葉たちは、口元を手の甲でかくしてくすくすと笑う。 轡虫は他の三人の方を見て、次に楓を見る。 楓は邪気の感じられない

笑顔で、轡虫に箱を差し出した。

 「……」

 轡虫は躊躇したが、思い切って箱を受け取った。

 「開けてもよろしいですか?」

 「どうぞ」

 白木の箱を開けると、中には木枠に和紙を貼った物と、ロウソクが収められている。

 「これは?」

 「組み立て式の行燈ですわ。 どうぞお持ちください」

 「行燈……」

 そう言えば、部屋にもあったなと思い出した。 もらっても仕方がないが、断るのも悪いし、ここで揉めるのも得策ではない。

 (なに、問題があれば捨てればいいさ)

 そう考えて箱のふたを戻す。

 「有難うございました。 これは頂いてまいります」

 丁寧に礼を言うと、四人はそれぞれが行燈を受けとると、今度こそ車に乗り込み、エンジンをかけた。

 ブロロロロロ……

 聞きなれた機械の音に、一同はなんとなくほっとした。

 『ては、お元気で』

 桐葉たちの声を背に受けて、一行は宿坊を後にした。


 「帰してくれるとは思わなかった」

 「いや全く……なぁ、あれは本当にあった事なのかな」

 「そりゃ……でも暗かったからなぁ」

 車の中に沈黙が下りる。 四人は、不気味なものを感じつつ、山道を下って行った。

 
 「おっ、県道に出たぞ」

 「おお、ここはどの辺だ?」

 「キャンプ場の入り口近くだ」

 ナビ席の鈴虫が地図を引っ張り出して、見比べている。

 「変だなぁ。 この辺は一本道のはずだけど」

 「私道じゃないのか、俺たちはあそこから……あれ? 道がない」

 『何?』

 振り向くと、宿坊から此処まで走ってきたはずの道がない。 県道の両側は、丈の低い草原や、畑が点在しているだけだ。

 『……』

 四人は顔を見合わせ、震えあがった。


 「おい、腹が減ったな……」

 「ああ、そう言えば」

 「一晩中励んで、朝飯抜きだものな」

 車の中に品の無い笑い声が起きた。

 「あそこにコンビニがあるぞ」

 「やれ助かった」

 轡虫がコンビニに車を停めると、一同は我先に店内に入り、食べ物と飲み物を買い求めた。


 「これ、そこの方」

 「?」

 一同が駐車場で行儀悪く飲み食いをしていると、道路の向かい側やって来た人が声をかけてきた。 剃髪して作務衣を着た

年配の男性で、お坊さんの様だ。

 「あ、すみません。 ここは飲食禁止ですか?」

 「いや、そうではない……何やら、貴方がたから妙な気配を感じたのでな。 何かの怪異に出会われでもしたか?」

 四人は顔を見合わせた。

 「わしは、厘海と申す、そこの寺の坊主じゃ。 よければ話を聞かせてくれまいか?」

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