第十三話 ナイトメア

8.誤り


 「む……」

 廊下の様相が変わっていた。 彼は長い廊下に並んだ扉の一つに入ったはずだ。 しかし外に出てみると、左右どちらも廊下の

途中に壁があり、直進できない。 影の形から見ると、T字路のようで、行き止まりではなさそうだ。

 (いったいどうなっているのだ?)

 彼は左手に、元来た方へ進むと壁に手をつき、押してみる。 白い塗料の向こうで、冷たいコンクリートの感触が彼を阻む。

 (……)

 左右に首を回してみると、どちらも少し先でT字路になっているようだ。

 「迷路だな、これは」

 ぼそりと呟き、左手に進む。


 (考えろ。 この意味を)

 彼は歩きながら、頭の中で思考を巡らす。 赤い女の正体は?目的は?此処は何処なのか?

 (『宇宙人』が半分当たり……嘘をついていないと仮定して、『半分』とは何を意味している? 地球人とのハーフ? 地球

滞在が長いので半分地球人?……まてよ……)

 彼は足を止め、考え込む。

 (当たり前の様に話をしたが……あれほどスムースに会話ができるものなのか?)

 人間同士でも、初対面で会話を成立させるのは難しい。 互いの生活している社会が違えば、使う言葉の種類、単語の意味が

違ってくるからだ。 ましてや宇宙由来の生命体であれば、人の言葉を操れるとしても、『会話』が成立するまでには、ずいぶんと

時間がかかるだろう。 しかし、彼と赤い女は互いをよく知っているかのように、会話が成立した。

 (奴は最初エミ君の姿を……つまり……)

 彼の頭の中で、一つの答えが浮かび上がった。 

 『赤い女 = エミ研究員』 


 「うん?」

 気が付くと、右手に扉があり、廊下の先は行き止まりになっている。 選択の余地はない、彼は扉を開けた。

 「わっ!?」

 部屋の中は真っ暗だった。 反射的に身を引き、手を突き出す。

 ”外れ……”

 「!?」

 彼の頭に、上から何かが降リそそぐ。 重い。

 「うっ!?」

 ねっとりとした何かが、後からあとから降り注ぎ、彼の頭や肩の上にねばりつく。 重みに耐えかねて、彼は床に転がった。

 「な、なんだ」

 叫びかけた口を柔らかいものが塞ぐ。

 ムググ……

 じたばたと暴れていると、唐突に明かりがつく。 

 ムボッ!?

 彼は、自分を抑え込んているモノを見た。 赤い流動体、それはあの赤いアメーバそのもの、ただしそのサイズは彼の倍は

ありそうだった。

 ゾワリ、ゾワリ……

 赤いアメーバは彼を抑え込み、『擬足』を服の中に差し入れてきた。 ベッタリと濡れたものが張り付いてくる。

 ヒギィッ!

 『擬足』の感触は、たとえようもなくおぞましいものだった。 焼けるような痛みでも、氷の様な冷たさでもない。 それが張り

付いたところが、奪われていく。 自分の何かが消えていく……

 「やめろぉ!」

 叫んだ口の中に、ゾロリと『擬足』が押し込まれる。 舌がねばるものに巻き取られ……感触が消えうせる。

 ”間違いの……罰よ……”

 「アガ、アゥア……(間違い?……何を間違えたと……)」

 頭の中で何かが閃いた。

 (なんだ、何かに似ている……この光景? いや違う、迷路……間違い……罰……まさか)

 アメーバの『擬足』が胸の上で広がる、皮の表層が消え、真皮の上に赤い粘体が広がってくる。 過敏な神経が、おぞましい

感覚を鮮明に描き出し、彼の皮膚が総毛立つ。

 (正しい道……赤い女が報酬だとすれば……ラットだ!)

 アメーバが動きを止めた。 そのまま何かを待つようにじっとしている。

 (これは迷路なんだ、俺たちがラットで実験していたように、あの赤い女が……かどうか判らんが、俺を迷路に放り込んで実験

している。 あの赤い女との体験は……正しい道を見つけたことのご褒美なんだ……)

 ”正解……”

 赤いアメーバが、ゾワリと動いた。 彼の上にのっている塊から、芽が出るように頭が生え、女の半身が現れた。 彼は、

アメーバが女形になるかと思ったが、変形はそこで止まり、上半身が女で、腰から下が不定形の奇妙な生き物になった。

 「正解だと?……じゃぁやはりここは迷路で、お前は俺を……うっ?」

 彼の問いかけに、女の下半身が応えてきた。 赤いアメーバ状の下半身が、彼のモノにベットリト張り付き、全体を揉みし

抱きながら、中に入ろうとしている。

 「や、やめ……ひぃ!?」

 モノだけではない。 粘体が彼の腰に纏わりつき、禁門をこじ開けようと……いや、彼の下半身のすべての箇所から中に入っ

てこようとしている。

 「ひぃぁ……ひぁ」

 ”間違いの分、激しくしてあげる……皮の下、感じるところを……直に”

 溶かされたのは幻覚だったのか、皮も舌も元に戻っていた。 しかし今度は、アメーバ状のモノが皮の下に侵入し、直接末梢

神経を刺激していた。

 「ひぃ……」

 見た目は地味だが、強烈な皮膚刺激に股間の物が弾けそうだ。 しかも、準備ができる前のモノに休みない刺激が送り込まれ

結果彼は、いくにいけない状態に捕えられてしまった。

 「ひぁ……ひぃ……」

 ”フフ……フッフッフッ……”

 のた打ち回る彼の下半身を粘体に包みこんだまま、赤い女は楽しそうに喉を鳴らした。

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