第十二話 羽衣
14.そして、ラフ
教授が『天昇女』に取り込まれていた頃、ラフは青シャツと教授を探してあてどなく歩いていた。 だが二人を見つけることは
できぬまま、しばし後に彼は集落の派出所に向かうこととなる。
「すみません?」
派出所は無人だった。 ラフは、教授達が行方知れずになったとメモを書こうとして、思いとどまった。
(まてよ、教授と青シャツはキャンプ場に戻ったかもしれない)
先にキャンプ場を確認しようと思い、そのまま派出所後にする。
「やっぱりいないか」
キャンプ場は無人だった。 失望して、作り付けのベンチに腰を下ろすラフに、散々歩き回った疲れが一気に襲ってきた。
かれはベンチに背を預けてたまま、寝息を立てはじる。
……クシュン!
寒気に目が覚めた。 辺りはもう真っ暗で、青白い月の光がキャンプ場を照らすのみだった。
「いけない、寝込んでいのか」
呟いたラフは、腕をさすりながら薄手のウィンドブレーカを荷物から引っ張り出して羽織る。
「駐在さんに会わないと……」
呟いてみたものの、体に疲れが残っている。 これから、集落まで行くのは面倒だし、また派出所が無人だったら無駄足である。
ラフは湖を眺めながら、いろいろと考えた。
「……?」
鏡のような湖面に、月が映し出されている。 その湖面の月の方から、淡い光が一つ、湖面を滑るようにこちらにやってくる。
「……あれは……まさか」
淡い光が近づくにつれ、それは半透明の泡となり、やがて泡の中に透き通った女性が見えて来た。
「あれが……『天昇女』?」
ラフは教授達がどうなったか知らない。 知っていれば、一目散に逃げ出していたであろう。 彼が泡と見た『羽衣クラゲ』は、
湖面の上をゆったりと漂いながら、一直線にラフのいるキャンプ場を目指している。
「こっちにくる……」
呆気にとられているうちに、『羽衣クラゲ』は彼まで数mのところまで近寄り、そこで静止した。 そして、下の方からうすい
靄のようなものを吐き出し始めた。
「……」
靄は、風に乗ってラフのほうに流れてくる。 ラフの足に靄がふれると、それはラフの体を絡み付くように包み込み始めた。
「わ……」
思わず身を引いたラフの鼻腔に、甘酸っぱい匂いが満ちた。 すると、頭の中がすーっと軽くなり、現実感が乏しくなった。
ラフは瞬きして『羽衣クラゲ』を見返した。 月明かりに照らされたそれは、夢の中の出来事のように見えた。
「……」
立ち尽くすラフの前で、『羽衣クラゲ』がゆっくりと形を変えはじめた。 半透明の泡のような胴体はあちこち膨らんで、
なまめかしい曲線へと変わっていく。
「きれいだ……」
見たままの思いが口からこぼれた。 立ち尽くすラフの前で、半透明の女体は腕を交差させ、頭から生えた髪の毛に見える
ものをかきあげた。 きらめく月光を纏いつかせ、大クラゲ女へと変化した『羽衣クラゲ』が女体をうねらす。
「……」
絶句するラフを、大クラゲ女が見つめる、いや、目に見えるものをラフに向けた。 そして、大きな腕をラフに差出すと、指でラフを
招いた。
「……」
ラフは夢を見ているような足取りで、大クラゲ女に歩み寄る。
ぁぁ……
大クラゲ女は湖に浅く座り、裸になったラフの体を半透明の胸の間に収め、大きな下で胸板を舐めていた。 ラフは溜息の
ような喘ぎを漏らして、大クラゲ女に身を任せている。
「ぁぁ……」
意味のない言葉を発し、視線は宙を泳いでいる。 ときおり意識が戻りかけても、すぐに快楽の霞の中に消えていく。
”尋ねよ”
不意にラフの頭の中に誰かの声が響いた。
(誰?……女……)
混濁する意識のなか、ラフはぼんやりと考えた。
「ぁぁ……貴方が……『天昇女』?」
”いかにも、我を探し求める者よ”
声と同時に、大クラゲ女の乳房が波のように揺れ、彼の意識に快楽の大波に揺れる。
「ふぁ……僕に……何を……」
”告げよ、ふれて回れ。 我が事を……”
「え……いっ……」
ラフの股間を、大クラゲ女の触手が弄る。 快感の大槌が、『天昇女』の言葉を彼の頭の奥底に叩き込む。
「は……はい……」
”では伝えよう……己が師の言葉を……”
「え……う……」
大クラゲ女の秘所から伸びた触手が、ラフの下半身を包み込み、複雑な快楽のうねりで翻弄する。 思考の止まったラフの
頭の中に、教授の言葉が注ぎ込まれた、『天昇女』の声で。
「……」
”良いな、しかと伝えたぞ”
ラフは 裸で湖畔に放り出された。 見開いた眼には感情の欠片も、思考の輝きもない。 ただ、天空に上っていく淡い光の
塊だけが映っていた。 そして、彼の手には『羽衣クラゲ』の一部が握られていた。
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