第十二話 羽衣

11.『天昇女』


 「おい、君っ!」

 教授が大クラゲ女につかまった青シャツに呼びかけたが、返事は帰ってこない。 彼の瞳はどろんと曇り、半開きの口から

うめき声が漏れるのみ。

 ”さぁ……”

 青シャツの尻が嵌っているのは、大クラゲ女の太ももと、下腹の間にできた三角の泉。 その中で蠢いていた無数の触手が、

彼の体を這い上がり始めた。 若い男の肉体がびくりと震える。

 「あ……ああ」

 群れあう触手は、びらびら蠢く布の様にも見えた。 その『布』が泉の中から途切れなく湧き出し、青シャツの腹を、背を、太ももを

這い上がり、包み込んでいく。

 「おい、逃げるんだ!」

 地に伏したまま教授が叫ぶ。 体を起こそうと無様にもがくが、クラゲのガスの効力が続いているらしく、痺れた体は自由に

ならない。

 「ぅぅ……ぁぁぁ……」

 青シャツは、体を包を見込んでいく得体のしれない感触に震えていた。 濡れた布のような物に包まれると、そこから冷たい

痺れがじわじわと染み透って来る。 そして、それがたまらない心地よさに変わっていくのだ。

 「ひぁ……あふ……」

 既に下半身は蕩けるような快感で満たされ、固くしこった彼自身が、震えながら絶頂を迎えている。 しかし、まだ終わって

いない。 『布』に包まれたところが快感に蕩けていき、唐突に快楽の迸りとなって体を走り抜ける。

 「ひぎっ!……はぅ……ぃぁ」

 最初の絶頂でし、精の袋がしぼり上げられたかと思った。 が、次の絶頂では下腹部が縮み上がるような快感が走り抜け、

一瞬息が止まった。

 「ひ……逝ってしまいそ……あぁぁ……」

 彼の両足は、すでに足先までが『布』に包まれ、ヌラヌラした愛撫に痺れさせられていた。 そして腹まで来ていた『布』は、

愛しげに彼の胸をせり上がり始めている。

 「ひぇ……ひ……ひゃ……」

 冷たい『布』の感触が乳首を包み、食い込む様に締め上げてきた。 じわじわと、冷たいモノが染み透ってくる……胸の奥にまで。

 ドクン、命の証が大きくはねた。

 「ひぎゃぁ!」

 心臓が跳ね上がった。 快感が、血の流れに乗って体の隅々まで走り抜け、青シャツの全身が激しく震えた。 それは、もはや

人の動きには見えなかった。


 「ああ……なんと言うことだ」

 悲嘆にくれる教授の目の前で、ひくひくと震える青シャツの体は白い『布』に包み尽くされ、そして大クラゲ女の『泉』の中に

引きずり込まれていく。 そして、半透明の大クラゲ女の腹を透かして、青シャツの体が、胎内に取り込まれるのが見えた。


 「……はっ!」

 青シャツは意識を取り戻した、そこはぼんやりした光に満ちた狭い空間、大クラゲ女の胎内だった。 外から教授が彼を見て

いるのだが、外のほうが暗いため青シャツからは教授が見えない。 なにより外まで注意が行っていない、なぜならば。

 ”フフ……いらっしゃいまし……”

 目の前にぼんやりと光る女が、『天昇女』がそこにいたからだ。 青シャツは『天昇女』を振り払うように手を振る。 手の甲が

『天昇女』にあたったように見えたのだが、手には何も感じなかった。

 「やっぱり幻覚なんだ、ここはどこだ?」

 『天昇女』を幻覚と決めつけると、青シャツは辺りを見回した。 その彼に『天昇女』は覆いかぶさると、彼の胸を舐めた。

 「ひぃぃぃ……!?」

 青シャツは仰天した。 冷たい舌が胸を舐めたのだ。 それも、信じられないほど鮮やかな感触で。

 ”感じた?……ではもっと感じさせてあげましょう……”

 『天昇女』の手が青シャツの胸に触れ……そのままずぶりと胸の中に突き通る。

 「ひ……え? え?」

 一瞬驚いたが、今度は何も感じなかった。 やはり幻覚か?との思いがあたのに浮かぶ前に、『天昇女』が手を動かす仕草を

した。 背筋を走る冷たい感触に青シャツは飛び上がる。

 「な、なんだぁぁぁ!?」

 ’おーい……君、大丈夫かぁ……’

 「せ、先生? どこですか」

 ’外だ……君はクラゲの中にいるのだ……’

 「ク、クラゲの中!? 先生助けてください! 中には『天昇女』の幻覚がいて、僕に冷たい手で触るんです! 体の中を触られる

ような、変な感触がするんです!」

 ’体の中だと? うむ、まさかとは思うが……ひょっとして……’

 クラゲの中と外という、珍しい状況で師弟が語り合っているうちに、『天昇女』の『魔の手』が青シャツの男性自身に迫っていた。 

半透明の手がそれを包み込み、次の瞬間冷たい愛撫に青シャツが飛び上がった。

 「つ、冷たい!」

 ’信じられないが、その『天昇女』は幻覚ではないのかも’

 「幻覚でない!? ならなんで体の中に手を突っ込めるんですか?」

 ’『天昇女』は『魂』だけの存在ではなかろうか’

 「え? じゃ幽霊ですか!?」

 ”幽霊ではないわ……”

 二人の会話に、『天昇女』が割り込んできた。

 ”幽霊ではないわ……貴方達は肉の衣の中に魂を住まわせている……”

 「肉の……」

 「衣……?」

 ”私は……私たちは、肉の代わりに『羽衣』を纏う……この『羽衣クラゲ』に住まう魂だけの存在……”

 二人は声もなく、『天昇女』を見つめた。

 「なんだって……」

 ”幻覚ではない、その証拠に……”

 『天昇女』の手が、青シャツの胸を撫でた。 再びの鮮烈な冷たい愛撫に、青シャツが飛び上がる。

 ”感じるでしょう?……魂だけの私は、貴方の皮の中を直接撫でることができる……”

 「え!……それってどういう」

 ’それでは、皮を剥がされて、神経を直接触られる様なものだ! むき出しの神経を触られるなら、触覚は数倍に跳ね上がる

ぞ!’

 教授が解説している間に、『天昇女』は青シャツの男根を掴み、咥えていた。 そして冷たい舌を皮の下に潜り込ませる。

 「ひっ……」

 青シャツが硬直し、続いてぐにゃりと横たわる。 その一舐めで、いってしまっていたのだ。 あまりの快感に、彼の男根は

漏らすことができなかったが。

 ”このクラゲの毒は、感覚を鋭敏にしてくれる……そして私の愛撫……天にも昇る心地でしょう?”

 青シャツは返事をしなかった。 意識を失ったのだ。

 ”ふふ……まだ早いですよ……逝ってしまうのは”

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