第十二話 羽衣

8.捜索


 白シャツが大クラゲ女と会合する少し前、教授達は昼食をとる為に、キャンプ場に戻ってきた。

 「まだ戻ってませんね」 

 「うむ」

 教授は頷くと、携帯電話を取り出した。

 『圏外』

 「今の日本で、携帯電話が繋がらん場所があるとはな」

 「ミステリースポットですね」

 「お昼を準備していれば戻ってくるのではないですか?」

 ラフなアロハシャツを着ている学生が、固形燃料に着火しながら応じ、一行は遅めの昼食に取り掛かる。


 「帰ってこなかったな……」

 昼食を済ませても、二人は帰ってこなかった。 教授は携帯電話の時刻を確認し、腕時計を見る。

 「困ったな、調査の続きをすべきか、二人を探すべきか」

 「これから探しに行きますか?」 青シャツが、食器を片付けながら言った。 

 「うむ……君はどう思う?」 教授がラフに話を振った。

 「……そうですね、面会を約束している方がいますから、一度集落まで行って断りを入れ、次に駐在所に行って相談しては

どうでしょうか。 我々はこの辺りは不案内ですし」

 「うむ、そうだな。 それがいい」

 「じゃあ、今度は車を使いましょう」

 一行は後片付けを済ませると、集落に戻る。 面会予定だった男性に断りを入れた後、駐在所に行った。


 「『天昇神社』に行って……帰って来ないと」 若い警官がメモを取りながら尋ねた。

 「はい」

 「今朝は霧が深かったから、道に迷った……いや、道は湖の周りに沿っているから、まず大丈夫でしょう」 

 「私達も、そう思います」

 「予定では? 何時ごろ帰られ予定でしたか?」

 「それが、決めていなかったのです。 後で携帯電話で連絡するつもりで」

 「ああ、なるほど」 警官は頷くと、電話をかけて、所轄の警察署に連絡を取る。

 「……は、遭難ですか? いえ、そうとは……え、そちらで? 老人会の登山パーティが? はい、判りました」

 警官は電話を切って、教授に向き直る。

 「いま、連絡を取ってみたのですが、あちらでも遭難騒ぎがあって、人手を割けないようなんです」

 「そうですか……」

 「はい、こちらはまだ遭難かどうか判らないですから……『天昇神社』に行かれたのは間違いないですか?」

 「はい」

 「では、私が同行しますから、一度神社まで行ってみましょう」

 「お願いします」

  
 教授達は、警官のバイクに先導される形で、キャンプ場を経由し、『天昇神社』にやってきた。

 この辺りまで来ると、微かに霧が残っている。

 「へぇ、神秘的ですね」

 「何を呑気な。 まだ霧が残っているとと言うことは、かなり後まで視界が効かなかったんでは?」

 「そうかもしれん」

 警官を加えた四人は、湖の畔から鳥居の辺りまで行き、次に『天昇神社』の本殿に行った。 本殿の中や床下を覗き込んでみる。

 「彼らが入った形跡はないかね」

 「ありません。 地面には土埃が積もっていますから、誰かが入れば判りますが……何か匂いません?」

 「む?……この匂いは……硫黄か?」

 教授は、匂いの源を探す様に首を巡らした。 その時、青シャツが声を上げた。

 「先生、こちらの地面に新しい足跡があります」

 一行は足跡の場所に集まる。

 「この靴跡は、多分彼らのものでしょう」 教授が言った。

 「ここに来たのは間違いない様ですが、どこへ行ったのでしょう?」

 「泳ぐつもりで湖に入っなら、靴や着ていた物が湖畔に残っているはずでしょう」

 「湖の向こうを回って帰ったのでは? 遠回りになりますが」 警官が指摘した。

 「そうですな、その可能性を考えていませんでした」

 「では、そちらを回ってみましょう」

 

 一行は疲れた顔でキャンプ場に戻ってきた。 結局、湖を一周したが二人の行方は分からずじまい。 キャンプ場に戻って

いるのではと言う期待も裏切られた。 警官は、所轄署に連絡を取り、明日から捜索を始めると言い残して帰っていった。

 「先生……」 夕食後、ラフが不安そうな顔で話かけてきた。

 「……うむ」

 そして黙り込む。 その時、青シャツが立ち上がった。

 「先生! あれ!」

 青シャツが指さす方向を、教授とラフが見た。

 「!?」

 湖のはるか向こう『天昇神社』のある方に、淡い光が見える。 その光は、ゆっくりと空に昇っていくではないか。

 「なんだ? 何か光るものが……」

 「灯篭か何かを、紙の気球で上げているのでしょうか。 そういう神事を聞いたことがあります」

 「いや、集落ではそんな祭りは聞かなかったが……」

 淡い光は天空目指して登っていく。 夜空に輝く、月を目指すかのように。

 「先生……行ってみましょうか?」

 「いや……明日だ、明日を待とう」

 そう言いながら、一行は上っていく光をじっと見守っていた。  

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