第十二話 羽衣

7.第二日(5)


 (……『天昇女』なのか、この人は……)

 白シャツは頭の片隅で思った。 霧の中に消えた緑シャツを探すうちに、彼もまた洞窟へ踏み込み、妖しく誘う女に捕らわれて

いた。 女は彼の体に絡み付き、悦楽の極みへと誘う。

 「!」

 何度目かの絶頂を迎え、彼は意識が飛ぶのを感じた。


 ポタリ……

 冷たいしずくが頬を濡らし、白シャツは重い瞼をこじ開けた。 彼は霧が渦巻く洞窟の中に、裸で倒れている自分に気が付いた。

 「……確か、彼を探しに来て……そうだ、あの薄絹の様なものを纏った女……『天昇女』は?」

 立ち上がろうととしたが、体が鉛の様に重く、上半身を起こすのが精いっぱいだ。 頭の中も、靄がかかっているようで、うまく

ものを考えることができない。

 「とにかく、服を……?」

 服を探して視線をめぐらすと、洞窟の奥に微かに光るものが見えた。

 「なんだ? 『天昇女』……じゃないようだが?」

 それは宙を漂うようにしてこちらやってくる。 そして、白シャツ(裸なのでシャツは着ていないが)から数歩の距離までやって

来たとき、彼はそれによく似たものを思い出した。

 「まさか……クラゲか?」

 それはまさにクラゲと呼ぶにふさわしい形をしていた。 ただ、アンドンクラゲの様に縦長の半透明の胴を持っているが、その

部分が人の背丈より大きく、水の中でなく陸の上を、しかも宙に浮いて移動するものをクラゲと呼べるならばだが。

 「……」

 白シャツは、常識外の物体を前にして呆然自失の状態に陥った。 そして、クラゲの胴にあたる部分を見つめるうちに、おかしな

ことに気が付いた。

 「人?……」

 クラゲの胴が、ぼんやりと光って渦巻いており、先ほど見えたのはこの光らしかった。 その光の渦が、人の形をしているのだ。 

よく見れば、体の細部や顔の造作も見分けられる。

 (クラゲが幽霊を捕食した?……それともクラゲが幽霊を飼っている?……そんなわけはないか)

 ばかなことを考えていると、クラゲの触手らしきものがするすると伸びてきて、彼の首にゆるく巻き付いた。 驚いて振り払おうと

したが、体の自由がきかない。 その時、頭の中に女の声が響いてきた。

 ”……目を覚ました……”

 「クラゲがしゃべった!?」

 ”……しゃべる……違う……通じる……通じあう……”

 白シャツは、声が頭の中に響いていることに気が付いた。

 「違う? 何か別の方法でこのクラゲは意思を伝えようとしているのか?」

 白シャツは、半ば自分に言い聞かせるように呟いた。 が、クラゲの想いは別の所にあったようだ。 半透明の触手がするする

と伸びてきて、次々に白シャツの体に巻きつく。

 「わっ? こ、この肌触りは……『天昇女』!?」

 そう、クラゲの触手の感触は、冷たい『天昇女』の体の感触とそっくりだった。 クラゲの触手が巻き付いたところが、『天昇女』に

撫でられた時のように、じわじわと痺れていく。   

 「し、痺れる!?……毒か!?」

 白シャツは、あらんかぎりの力で触手を振りほどこうとするが、力が全然入らない。 その時、クラゲの胴の下から、白い靄が

湧き出してきた。 その靄は女の肌の匂いがした。

 「……こ、これは!?……まさかこのクラゲ、ガスまで使うのか!?」

 彼は、意識が混濁してきたのを感じた。 いや、違う。 意識ははっきりしているのに、現実感が乏しくなっていくのだ。 そのくせ

感覚が妙に鋭くなっていく。

 「こ、これはいったい……」

 クラゲの靄が辺りに立ち込め、クラゲと白シャツを包み込んだ。

 白シャツは、目を覚ましたまま、夢の中に落ち込んでいくかのような錯覚を覚えた。


 ……

 ……

 ……

 すうっと靄が薄まり、白シャツは女に抱かれている自分を見出した。

 ’こ、これは?’

 女と言っても、普通の女でも『天昇女』でもなかった。 身長は5mは有ろうかと言う大女で、その体はクラゲのように半透明、

そしてその肌は、クラゲや『天昇女』の様に冷たい。 さしずめ、大クラゲ女と言うところか。

 ’これは幻覚……この女に見えるものはさっきのクラゲか……う……’

 大クラゲ女は、白シャツを自分の胸に抱きこんだ。 巨大な半透明の乳房の間で、白シャツの体が冷たい愛撫に晒される。

 ’あぁ……あ……’

 ネットリと吸い付く乳房が、彼から体温を吸い取っていく様だ。 冷たい感触がじわじわと彼に染み込んで行く。

 ”良い心地でしょう……”

 声がした。 大クラゲ女ではなく、その中からだ。 目を凝らすと、半透明の大クラゲ女の胸の中に、微かに光る別の女の顔が

見える。

 ’ああ……いいです……’

 白シャツは自分が応えるのを聞いた。 まるで、体と心が別になったかのようだ。

 ”もっと良くしてあげる……おいで”

 大クラゲ女が、彼を抱いたまま地面に座った。 太ももの間の溝に、彼の腰が触れる。 と、ヌルヌルとした感触が彼の下半身を

覆った。

 ’?’

 視線を落とすと、大クラゲ女の秘所の辺り、陰毛の有るべき所から、細い触手が無数に生えて彼の腰に絡み付いてきていた。

 ’うわ……うわ……うわわわ……’

 ゾワゾワした感触に感じた嫌悪感は、すぐ別の感覚に、あの冷たい快感にとって変わられた。

 ’ああ……あああ……’

 上半身を胸の間でもまれながら、下半身は得体のしれない触手で弄ばれる。 なのに、恐怖感も嫌悪感も感じない。 どころか、

体がそれを求めて熱くなる。

 ’もっと……もっと……あは……’

 ”ウフフ……”

 大クラゲ女の中で『天昇女』が笑った。 その間も、大クラゲ女は休むことなく白シャツを愛撫する。 白シャツは、自分が

大クラゲ女の愛玩人形になったような気がしてきた。

 ’ああ……あぁ……’

 体が、冷たい快感に支配され、身動きが出来ない。 そして、精を放つ事も。  体の芯が熱くなってきても、冷たい快感が

その熱を奪っていく。 白シャツは、ただ責めに喘ぐのみだった。

 ’ああ……変になりそう……’

 ”ウフフ……そろそろ……おいでよ……なかに……”

 ’なかに?……なかに……なかに……’

 うわごとのように呟く白シャツ。 その声が聞こえたかのように、大クラゲ女が責めを変えた。

 フニャリ……

 下半身を攻めていた触手の動きが変わった。 ヌルヌルした幕の様な感触が、彼の腰を包み込んでいくようだ。 

 ’?……’

 半透明の乳房を透かして下を見ると、ビラビラした襞が腰にへばり付き、彼を包もうとしていた。 そして、大クラゲ女の秘所に

彼の体が呑み込まれていく。

 ’ああ中に……中に……呑み込まれる……’

 冷たい秘所がのたうつたびに、彼の背筋をゾクリ、ゾクリとした快感の波が走り抜ける。

 ’つ、冷たい……冷たくて……たまらない……ああ……’

 彼は、自ら足を震わせ、大クラゲ女の胎内に身を沈めて行く。

 ’いい……いい……たまらない……’

 芋虫の様に身をくねらせる白シャツ、その体をトロトロと冷たい愛液が濡らす。 大クラゲ女も感じているのか、それとも獲物を

さらに酔わせるための分泌物か……

 ’ああ……ああ……あぼぅ……’

 ズブッと音を立て、白シャツの肉体が大クラゲ女の胎内に呑み込まれた。 目撃者がいれば、大クラゲ女の半透明の腹の中で、

人間の若者がのたうつのが見えたであろう。 そしてその先のおぞましい光景も。

 ’あぼぅ……あぼぅ……’

 洞窟の中に奇怪な音が響き続けたが、やがてそれも絶えた。 満月が中天に届く少し前に。

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