第十二話 羽衣
6.第二日(4)
教授達は、面会を申し込んでいた村人の民家を回っていた。 訪問者が珍しいらしく、なかなか帰してもらえず、予定より
かなり時間がかかっている。
「午前中かかって、やっと二件ですか」
アロハシャツの学生が、やや疲れた声をだした。
「仕方あるまい。 こういう調査は予定通りには進まないものだよ」
すまし顔の教授の背中に、『それを見越して予定を立てたのでは?』と心の中で突っ込む一同だった。
一行は、村の雑貨屋まで移動し、ペンキの剥げた木のベンチに座って汗を拭く。
「教授、今日聞いた話は、昨日の話とは若干と食い違いがありますね」
「うむ」
教授は頷くと、辺りをちょっと見まわしてからICレコーダの再生ボタンを押す。
−天昇女様の事を、お聞きなすっておるとか……
−村の中では、まぁ奉りなすっおる家もあるがの…… うちではちと違ぅてのぉ……
−八代前のご先祖で、多兵衛さんと言うのがおりましてな、息子が三人おって、上から二兵衛、三兵衛、伍兵衛、つぅ名でした
んじゃ。
−『一』の字は障りがあるんで、長男が『二兵衛』、四の字は避けて三男が『伍兵衛』だったんじゃが、この『伍兵衛』が神隠し
におうての……
−村中で探したんじゃが、とうとう見つからなんだ……
−ところがじゃ…… あ、ここからはあまり他の者には触れ回らんで欲しいんじゃが……
−神隠しにおうたはずの『伍兵衛』が、消えたその翌日の晩に、別れを告げに来とったんじゃ……
−皆が寝静まった夜更けに、其処の庭時に麗しい女子と一緒に現れて、何も言わずに天に上って行ったそうな……
−んだもんで、うちじゃ『伍兵衛』さんは、天昇女様に連れられて行っちまったってことにな……
教授はICレコーダを止めた。
「前に来た時に、この人から途中までは聞いていたんだが……その時は、お婆さんが存命でね」
「止められたんすか」
黄色いシャツの学生が、ややそっけなく合いの手を入れた。
「そうだ。 そしてもう一軒……」
再び、ICレコーダを再生する教授。
−天昇女……ありゃおっかねぇ奴よ……
−他でもねぇ、俺のひぃ爺様の話だがな……
−ひぃ爺様は俺がガキん時、まだまだ元気だったんだが……
−そう、忘れもしねぇあの地震の後、えらい霧が湧き出してなぁ……
−村の人が、それ『天昇女』様ぁ祀れだ騒いで、俺もなんも判らずはしゃいでたもんだ……
−すったらおめぇ、爺様が行方知れずになってなぁ、やれ神隠しだって騒ぎ出しただ……
−皆、探してとうとう見つからんかったが……おりゃ見たんだ爺の骨を……
−ガキだったもんで、霧の中さまよってた時に、爺様の鎌ぁ持っ骸骨がよ、こうふわふわと飛んできたんだ……
−それがなぁ、よくよく見たら、きれーなねーちゃんが、爺様さ抱いて飛んでたんだぁ……
−おら仰天して、しもさちびってよ、泣いて帰ったが……
−おめぇ、女が骸骨抱いて飛ぶかって笑いものにされてなぁ……
−霧が晴れてから一所懸命探しても、骸骨も鎌も見つからんでよ……
−え? どこで見た? すっただことわかんねぇよ。 昔の事だでなぁ……
「この話は、なというのか……骸骨を抱いて飛ぶ天女ってなんなんです?」
「そうそう、濃い霧の中の目撃談でしょう? 行方不明になった爺様の事で頭がいっぱいで、何かを見間違えたとか……」
教授は、考え込むふうでICレコーダをOFFにする。
「この話に証拠はない……ただ気になるのだよ。 『天昇女』伝説の根幹がな」
アロハと黄色が顔を見合わせた。
「『天の羽衣』は伝説が元になって各地に広まったものだ。 しかし『天昇女』伝説は、この地で起こった『神隠し』に纏わる
怪異譚から生まれた伝説だ」
「はぁ」
「『神隠し』と『天昇女』を結び付けて『天昇女』伝説が作られたとしよう。 その場合、村の中では共通の『天昇女』のイメージが
作られ、同じ物語が語られるだろう。 だが、この村では幾つかの家では違う『天昇女』のイメージを持っている」
「そのようですが……それは家風とか、家長の性格とか、何かそういうものが理由では?」
「それを確かめる為に、調査をしているのだよ。 私はね、家族が『神隠し』に合った家では、他の家に言えないような怪異を
経験し、それが伝えられていた。 それで『天昇女』に対して、他と家と違う評価を持つことになったのだと考えている」
アロハと黄色は腕組みをして、頭をひねる。
「それは……どういう事ですか?」
「判らんかね。 先ほど君たちは霧の中の目撃談は、何か見間違えだと言った」
「はい」
「例えばUFOの目撃情報を考えてみたまえ。 まず、目撃者にUFOのイメージがあり、それに沿ったUFO見ると言う事が多い」
「光るものはUFOに、怪しい影はグレイタイプの宇宙人に、ですか」
「左様。 しかしだ、『天昇女』の場合、怪異譚があって、それから『天昇女』のイメージが出来ている。 順序が逆なのだ」
「そうかも知れませんが……それが何か?」
「この村の人たちは、『神隠し』が起こる度に何かを目撃し、それを『天昇女』と呼んで天女のイメージを与えた。 しかしそれは
天女ではなかった。 だから、知っている怪異譚、いや目撃した内容がは天女とかけ離れたものが出てくる」
教授は言葉を切って、学生たちを見た。
「では、『天昇女』とは何だ? 彼らは何を見たのだ?」
「ちょ、ちょっ待ってくださいよ先生」 黄色シャツが手を振る。 「それだと『天昇女』が実在していたことになります」
教授は頷いた。
「そうだ。 『天昇女』伝説の根幹……『天昇女』、それは実在していたのだ」
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