第十二話 羽衣

3.第二日(1)


翌朝、一行がテントから出てみると、濃い霧が辺りを覆っていた。 固形燃料で炊事を行い、朝食を取る。

 「凄い霧ですね」

 「うむ。 少々時間がかかるが、今日は徒歩で移動しよう」

 前日の申し合わせどおり、村での聞き取り調査と神社の調査班に別れ、キャンプ場を後にした。 白シャツと緑シャツが神社の担当だ。
 二人は湖の辺の道を神社に向かった。


 「あれかな」

 赤く塗られた鳥居が、霧の中に浮かび上がってきた。 

 「はっは、あれは異界への門だぜ」

 「おお、『天昇女』の正体は異界からの侵略者か」

 二人でわいわい言いながら鳥居に近寄った。

 「ありゃ? これコンクリートじゃないか」

 「あーあ、赤色はペンキ、しかもあちこちはげて……錆びが浮いてるよ。 鉄筋だな」

 鳥居はコンクリート製で、しかもかなり痛んでいる。 二人はがっかりしながら、鳥居の周りを一回りして写真を取った。

 グシャリ……

 砂利を踏みつけたとき、何かが砕けるような音がした。 砂利を軽く掘ってみると、木の破片が埋まっていた。

 「なんだろう?」

 「前の鳥居じゃないか? ほら、赤い色が塗られている」

 「ああ……でも変だな? 不要になったとはいえ、鳥居の部材を置きっぱなしにはしないんじゃないかな」

 「そうだな」

 二人は首を傾げつつ、その破片も写真に収めた。


 「教授、昨日は霧が出なくてよかったですね」

 「全くだ。 おおっ!?」

 村に向かっていた教授達は、霧の中から不意に現れた人影に驚いた。 影は、杖を突いた老人の姿になり、教授たちとすれ違う。

 「ど、どうも」

 ぶつぶつぶつぶつ……ふん、働きもせんと……

 老人は教授達を一瞥し、そのまま霧の中に消えた。


 「ああ、そりゃ『ぶつぶつじぃや』じゃね」

 今日の聞き取りに行った先で、老人の話をすると、語り手の老婆が教えてくれた。

 「まぁ、何が気に入らねぇのか、いっつも文句言いながら散歩してるだよ」

 「そうですか……しかし、今日は凄い霧ですね」

 「うんだな。 はぁ、ずーっと昔はこんな霧が良く出てたらしいがの」

 「昔は?」

 「そうだぁ……なんでも、この村さできた頃は、よう霧が湧いておったらしいが……人が多くなってからは、とんと霧がでなくなって

と……前に調べた先生の話だと、江戸時代の前辺りらしていが」

 「ほぅ、気候に変化でもあったのですかな?」

 「それもあるらしいが……なんて言ったかの……そうそう、硫黄が関係しているとか」

 「硫黄?」

 「んだよ。 ここいらには、大昔には火山があって、そこの湖も元は火口湖だっというておっただ」

 「火口湖ですか?」

 教授の問いに、老婆が首を盛んに捻っている。

 「『元は』、と言うとった。 なんでも、火山でできた後で、山が崩れるかして形が変わったとか。 んで『火山の屁』がどうとか」

 「屁?……火山ガスでは」

 「ああそうそう、そのガスが、時々……言うても数百年単位で出たり、止まったりしていた痕跡があるとか……で、それが霧が良く

出ていた時期は、ガスもようでとったらしい」

 「ははぁ、火山ガスに含まれる硫黄や何かが、霧の発生に影響していたという事ですか」

 教授はメガネをかけ直し、さらさらとメモを取った。

 「教授、火山ガスと『天昇女』に関係があるのですか?」

 「結論を急いではいけないよ。 まぁ濃い霧は、ものの姿を曖昧にしたり、予期せぬ影を作り出したりして、伝説を生む事がある

からね」

 「『ブロッケン山の怪物』ですね」

 「そう。 それに、霧のような特異な現象が、ある時期を境にプッツリと途絶えたとすればどうだろえ。 それを何かの予兆としたり、

何かが起こったと、土地の人間が考えることはあるだろう」

 「現在でもちょっと変わった天気が続くと『異常気象だ!』と騒ぎますからね」

 「そうだね。 『天昇女』に関する話が作られた時期と、霧の出ていた時期がどうなっているか、一つ調査項目が増えたようだ」

 教授は、学生相手につばを飛ばして力説した。


 「これが『天昇神社』の本殿か? 小さいな」

 鳥居の先には、粗末な水盤が置かれ、そのすぐ先に、半端に古びた社があった。 社は、彼方此方が真新しい木で補修されていた。

 何回も補修されているらしく、新旧の木がモザイク模様を作り出している。

 「随分、雑な社だな」

 「そうかな? 形はしっかりしているし、何度も補修されているという事は、むしろ大事にされているという事じゃないかな」

 二人は、社を一回りしてみた。 古い部分は酷く痛んでおり、釘の錆が酷い。

 「……妙に錆が進んでいるような……」

 緑シャツは釘を触りながら呟いた。

 「おい、そろそろ湖に行ってみよう」

 「うん……社の裏手はどうなっているのかな」

 「ん? 確か山肌の傾斜が急で……ああ、崖になっているな」

 白シャツが、地図を確かめている。

 「其処まで行ってみないか?」

 「道がないぞ。 霧が晴れてからにしないか?」

 「霧はいつ晴れるんだ?」

 白シャツが無言で肩をすくめた。

 「じゃあ、分かれないか?」

 「おい、二人で行動しないと」

 「何か危険があるのか? 湖に入りでもしなければ、大丈夫だろ」

 二人はしばらく話し合い、緑シャツが社の裏を、白シャツが湖を調べ、一時間後に鳥居の所で落ち合う事にし、社の前で別れた。


 緑シャツは社の裏から山の話うに向かい、5分もしないうちにも崖の下に出でた。 上を見上げると、黒々とした岩肌が白い霧の

先に消えている。

 「ふーん、こうなっているのか……おや、洞窟か?」

 右手の方の岩肌に穴が開いている。 その前まで行くと、人が立って歩けるほどの穴が口をあけていた。 中を覗くと、闇が詰まって

いるようで、何も見えない。

 「これは面白そうだ……けど入っていいのかな?」

 特に注連縄もないし、立ち入り禁止の看板もない。 土の洞窟であれば、落盤の危険もあるが、目の前のそれは、頑丈な岩に

開いた穴、崩れる気配は無い。 しかし、洞窟の中には何が潜んでいるか判らない。

 「……?」

 闇に目を凝らしていると、奥で何かぼんやりとしたものが動いたような気がした。 首だけ入れて、じっと目を凝らす。

 フワリ……

 なにやら、白い靄のようなものが揺らめいた。 しかも、それは闇の中で微かに光っているように見えた。

 「なんだろう……」

 緑シャツは、洞窟の中に足を踏み入れた。  

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