第十二話 羽衣

2.第一日


 彼らが訪れた村は、湖の北岸に沿って広がる小さな集落だった。 点在する田畑の半分は、雑草に覆われており、点在する

民家にも空き家らしきものが目立つ。

 「あちらの公園はキャンプができる。 そこをベースにしよう」

 「天候は大丈夫ですか?」

 「小さいが湖だ。 川とは違って急に増水はしないだろう」

 教授が車からテントを降ろす間に、他の者はペグ(杭)の準備や、溝掘りを行っている。

 「年季の入ったテントだよな。 色もモスグリーンだぜ」

 「その分丈夫だ。 おい、そっちのシートは敷物じゃない。 フライ・シートと言って、テントの上に張るんだ」

 「へぇ、二重屋根になるのかよ」


 一行は小一時間でテントを組み立てると、小休止の後、集落に聞き取りに出かけた。 

「こんにちわ。 先日、お電話差し上げたものですが。 お話を伺いに参りました」

 「おや、ようきなさった」

 人のよさそうな老婆が出てくると、縁側に一行を案内し、茶をすすめてくれた。 おだやかな午後の日差しの中、影が長さを

増していく。


 「これはどうも、面白いお話お話を聞かせていただいてありがとうございました」

 『有難うございました』

 「なんのなんの、お若い方がこんなに来てくれるなんて、賑やかいことで。 またきてくれなんしょ」

 老婆の見送りを受けた一行は、山の際に日が沈む前にキャンプに戻り、教授を中心にミーティングを始めた。 教授がICレコーダ

に録音した老婆の話を再生する。


 − さて、天昇女様のお話やね。 

 − 昔、この村の若い衆が度胸試しをしようちゅうて、月夜の晩に、ひとりずつ湖を一回りしてくる事になっただ。

 − 見ての通りの小さい湖だね。 はぁ30分もあれば廻れるだ。

 − んでよ、一人ずつ10分おきぐらいに回っていっただが。 終わってみると一人たんねぇ。

 − こりゃえれこっちゃ、てんで皆で探し回ったが、とうとう見つからなかっただ。

 − そしたところがよ、ひとりが月さ見上げて『みろや! なんか上っていくど』ゆうたげな。

 − 皆で月さ見上げたら、青白いぼんやりした人みたいのが、見えたとよ……

 − …… それで、終わりですか?

 − 始めの話はの……そこからよ、この村さ月夜の晩にゃいろいろとな、妙なことが起こるようになったとよ……


 教授が録音を止めた。 何やらメモを取っていたり、考え込んだりしていた学生が顔を上げる。

 「どう聞いたかね?」

 「なんか……民話とか、たとえ話とは違いますよね」

 「そう、UFOの目撃談なんかに似ていませんか」

 緑色のTシャツを着た学生が言って、ちょっと笑って見せた。

 「そうだな。 確かにオカルトの目撃談に近いか……」

 「それと今の話は、その後いろいろ聞いた話の前ふりでしたよね」

 端に座っていた白いシャツの学生が続ける。

 「その後の話では、人が消えたとか、青白い女が見られたとか……幽霊か何かの目撃談を集めたような」

 教授が頷く。

 「うむ。 このあたりの民話集を出版するときににも、そういう話ばかりが集まったらしくてな。 そのままだと民話にならない

と言うことで、民話風の話になるように、かなり脚色が入ったらしいのだ」

 「民話でなくて、何かの幽霊の『怪談』が伝わって来て、形を変えたのでは?」 青いシャツの学生が発言した。

 「かもしれんが……それも腑に落ちん」

 教授が自問するように言った。

 「『怪談』は、講談や歌舞伎の題材とされる『悲劇』と、特定の場所で発生する現象を『怪異』として扱う『怖いお話』がある」

 「はぁ、『怪談』がお岩さん、『怖いお話』だと……『トイレの花子さん』ですか?」

 「いや、『トイレの花子さん』はもう『怪談』だな。 むしろ『学校の七不思議』が該当する」

 学生達は、やや戸惑った表情になる。

 「『怪談』の場合は、物語自身が『恐怖』の源。 よって後の世まで伝わる『物語』となるわけだ。 一方『怖いお話』は『怪異』が

『恐怖』の源になる。 よって『怪異』が消えれば『怖いお話』も消滅する」

 「すると『百物語』は前者、『肝試し』は後者になるわけですか?」

 「うむ、そんなところだ。 ただ『民話』の場合、後者が出発点になって、『物語』としての完成度が上がって『怪異』を必要と

しなくなって残る場合がある。 が、今日この集落で聞いた話はそこまでの物語ではなかった」

 「そうですね。 さして小見氏六もないし、怖いとも思わなかった……」

 と、白シャツが手を上げた。

 「待ってください。 教授が疑問に思っているのは『消える筈の『怪異』話が残っている』事なのですか?」

 教授は頷いた。

 「そう、そこだ。 それは何故か? 一つは、消え去るほどに昔の話ではなかった。 あるいは……まだ『怪異』が続いている

かだ」

 一行は押し黙り……笑い出した。

 「今のは『怪談』の方ですね」

 「そうだな。 さて諸君、明日は別の方に話を聞くことになっているが、幾つか調査してみたい場所がある」

 「計画した時に出ていた案ですね。 たしか、社とか神社を調べると」

 「うむ、その後で『天昇神社』の事が判ったのでな、君達は……」

 教授は白いシャツと緑のシャツの学生を指名した。

 「神社に行ってくれたまえ。 それと、神社の辺りの湖岸の道がどうなっているか調べてほしい。」

 「湖岸ですか?」

 「岸辺の予備調査だ。 昔は湖の水位がもっと低かったらしい」

 「ああ、なるほど。 昔の道と今の道が違うかもしれないと」

 「そうだ。 ただもくれぐれも湖には入らないように。 二人では事故が起こった場合、どうしようもないからな」

 教授は念を押した。


 やがて、テントの中の明かりも消え、静寂が辺りを押し包む。 満ちる寸前の青白い月が、湖に映る自分自身を見つめている

かのようだった。

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