第十話 酔っ払い

7.酒浸り


 男は震える手で衣服を整え、どこへともなく歩き出した。

 「だいたい、ここはどこなんだ」

 ”どこだっていいじゃないの”

 「そうなんだが……おまえ誰だ?」

 ”……”

 「……お前、『赤ワイン』女か!?」

 ”ふふっ……ようやく気がついたわね。 ところで『赤ワイン』女ってやめてくださる?”

 「『赤ワイン』女を『赤ワイン』女と呼んで、どこが悪い!? おぅをぁ……」

 男は急に気分が悪くなりうずくまった。 突然、二日酔いになったかのようだ。

 ”ふふっ。 内なる敵に用心なさい♪ 私『レディーナ』をあれだけ飲んじゃったんだもの”

 「……ううっ、お前『酔い』だけでなく『二日酔い』にもできるのか……」

 ”……酔いも、酔わぬも思いのまま……あーはっはっはっぁ!!」

 「ぐぉぉ『二日酔い』モードにしたまま、頭の中で馬鹿笑いするなぁ!! あげげげげ」

 男は、大声で『レディーナ』を怒鳴りつけたが、今度は自分の声で苦しむ羽目になった。

 ”ほら『二日酔い』を止めたわ”

 レディーナが言うと、不快感が嘘のように消えさっていた。 男は一瞬レディーナに感謝しかける。

 「ら、楽になった……しかし『お前』が内にいるなら、さっきから俺に『お前』を飲ませている奴はなんなんだ?」

 ”あれも私、私は個にして全、全にして個、くっくっくっ……あーはっはっはっはっ”

 「……そうか判った」

 ”何っ! 判ったの?”

 「ああ、酔っ払いに真面目な話をした俺が馬鹿だった」

 ”酔っ払いは貴方……私はお酒……あーっはっはっはっはっ……”

 男は頭を振って立ち上がる。 レディーナはまだ笑っており、まともに話が続けられそうもない。

 「とにかく飲まないこと……そしていかに早く酒を抜くか……それが鍵だ」

 真剣な口調で呟き、小走りに走り出した。

 ”おやおや、酔いがまわちゃうわよーっ……はっはっはっはっ……”

 「……どこだ、どこかに……あった!」

 ”はぇ?”

 男は、とある建物に駆け込む。 そこは銭湯だった。 

 「おい、ここにサウナはあるか」

 番台に座っていたオバサンは、奥を指さして言った。

 「1500円」
 

 夜遅いせいか銭湯の中に人影はなかった。 男はタオルで前を隠し、冷水浴槽の隣にあった木のドアを開け、
熱気に身をさらす。

 ”熱い……”

 「サウナだからな、これでお前を抜いてやるぞ」

 ”ふふっ……それまで耐えきれるかしら”

 「ほざけ」

 男は黙って階段状のサウナの床の最上段に腰掛け、タオルで下を隠して腕組みをした。 体から汗が吹き出し

流れ落ちてゆく。

 ”ああ……熱い……”

 「どうだ、我慢くらべだ」 


 数分後

 「……」

 ”ふふっ……喉が渇いたんじゃないの?”

 「……」 

 ”飲み物を取ってきたら?……”

 「……」

 男の膝がかくかくと震える。 全身から噴き出る汗は滝のごとく、喉はひりつき、意識は朦朧としている。

 「我慢だ、我慢……こいつさえ出ていけば」

 ”ああ……ダメ……”

 「おっ? いや、これは罠だ……耐えろ、耐えるんだ」

 頭がガンガンと痛み、耳鳴りがしてきた。 男は頭を振って耐える。 と、何やら物音が聞こえてきた。

 「他の客か?」


 『わーいお風呂』

 『騒いじゃ駄目よ』

 『あら誰もいないわ、貸切ね』


 子供の数人の女性の話声が聞こえてきた。

 「……女性客か……え!?」

 顔を上げ、ドアの小窓から外をうかがう。 全裸の女性と女の子が湯を浴びて、湯船に入ろうとしている。

 「こ、ここは……女湯だっ!!」

 ”よかったわね……これで、出るにでられなくなったわよ……”

 「ばっ!」

 絶句する男。 と、その汗が、赤く染まりだした。

 「なにっ?」

 ”どうやら、私はここまでのようね……”

 レディーナの声が小さくなっていく

 ”ふふ……でも、あなたは出られない……喉が渇いて……”

 「……」

 ふっと声が途切れた、体を流れる赤い汗はレディーナ自身なのだろうか。 それは床に流れて消えていく。 

その赤い液体がアメーバのように襲ってくるかと思ったが、そんな様子もない。 やがて、汗の色は元に戻った。

 「やった……のか?」

 安堵のため息をつきかけ、すぐに新たな窮地に立っている事に気が付いた。

 「くうっ……」

 サウナの外では女達が湯に入っている、全裸でだ。 外に出れば、痴漢扱いは免れまい。

 「だがこのままでは……このままだ」

 暑さで思考がままならない。 

 「外に出て頭を冷やさないと……いや、その外に出られないから……」

 ドボーン!! キャー!!

 「な、なんだ」


 『冷たーい!!』

 『馬鹿ね、それは水風呂よ』

 「水風呂……冷たい……水風呂」


 手がドアの取っ手にかかり……引っ込める。

 「い、いかん……」


 『馬鹿とは何よ、馬鹿とは。 えい!!』

 『きゃー! 水をかけたわね!』


 「み、水……水ーっ!!」

 男はドアをけ破らんばかりの勢いで開き、女たちが戯れていた水風呂に飛び込んだ。

 ドッポーン!!

 そして、水風呂の水を飲み干さんばかりの勢いで喉に流し込む。 その水は、蕩けるように甘かった……

 ブボッ!?

 水面に顔を出し、ぽかんと口を開ける男。 その口から赤い液体がボタボタと零れ落ちる。

 フッフッフッフッ

 クックックックッ

 ウフフフッ……

 女達が笑う。 赤い透き通った体の『レディーナ』達が。

 ゴボリ……

 「うっ……」

 水風呂に目をやると、赤い水風呂が不自然に揺れていた。

 ”フッフッフッ……”

 『レディーナ』が笑っている。 彼が飛び込だ『レディーナ』風呂が。

 ”ようこそ……私の中に……たっぷり……酔わせてあげる……”

 湯が、いや『レディーナ』がネットリと纏わりついて来る。 そしてさっき飲んだ『レディーナ』の声が頭の中に響き渡る。

 「あ……あああ……」

 男は敗北を悟った。

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