第十話 酔っ払い

5.酒は百薬の長


 右によろける、とっとっとっ。

 左にふらつく、たったったっ。

 足を止めて見得を切る、

 イョォーオッ! ポン。

 「俺は何をやってるんだ……早く酔いを覚まさないと……なにか無いか」

 彼は見知らぬ公園に来ていた。 砂場の近くに水飲み場を見つけ、蛇口を捻ろうとして……やめた。

 「……なんだか、やな予感がする」

 ”チッ”

 「……?」

 誰かが舌打ちしたような気がして、左右を見る。 誰も居ない。

 「気のせいか?……それより、酔いを覚ますには……おっ」

 公園の垣根の向こうに、ドラッグストアの看板が見えた。

 「『酔い止め、二日酔い、酔い覚ましの薬、あります』! いぇい!助かった」

 男はドラッグストアに駆け込んだ。


 「いらっいしゃいませ♪」

 男は目を剥いて後ずさりした。 レジにいたのは、白衣の薬剤師ならぬ看護婦さん……それも清楚な白衣の天使と

いうより『激写!巨乳天使の昼下がり』の主演女優で通りそうな姉ちゃんだ。

 「な、なんで看護婦さんがドラッグストアに?」

 「経営者の意向でーす。 店員に看護婦の制服を着せてみたら、売れ行き倍増、むっちむちのうっはうはとかで」

 「そうなのか?……そうだ、酔い止めを」

 「車ですか? 飛行機? それとも船用……」

 「違う違う、そっちじゃなくて……おい、乗り物の酔い止めって乗り物ごとに違うのか?」

 「揺れ方に違いがありますから。 車だとこうゴトゴトと」

 言いながら、看護婦姿の店員はでっかい胸を縦に小刻みに振る。

 「飛行機だと、不規則にゆれていて突然どーんと」

 大きく揺れた白衣の胸が、ガラスのカウンターの上でバウンドする。

 「船だとこうユッサユッサと」

 看護婦が縦に大きく体を揺らすと、カウンターの向こうで白衣の胸がユッサユッサと揺れ、今にもはじけそうになった。 

男はカウンターにあごを乗せかぶりつきで見ている。

 「で、お分かりいただけましたか?……お客様?」

 ……はっ!

 おっぱいに気をとられていた男の意識が戻ってくるまで、たっぷり5秒はかかった。

 「……な、なるほど。 あ、いや酔い止めでじゃなくて、酔い覚ましの薬がほしいだけど」

 「酔い覚まし……即効ですか?遅効性ですか」

 「……遅効性?」

 「はい、お勧めは、この『ヨワナイト』。宴会の前に適量を飲んでおけば、いくら飲んでも『酔わないと』評判で」

 「へー」

 「また、自分が使う以外の用途として、うまく調節して、嫌な上司にこっそり飲ませれば」

 「ふむふむ」

 「薬効が切れた途端もドーンと酔いが回り、そのまま昇天。 後で調べても急性アルコール中毒でおっ死んだとしか……」

 「そ、それを10箱ほどくれ!」

 「お客様……職場で何か嫌なことでも?」

 「いや、そうなんだ、実は……じゃなかった。 あー、その即効性の奴をくれ」

 「即効性ですね。 ではこの液状『ヨイサメール』がお勧めです」

 看護婦は、うしろの棚からラベルのない一升瓶を出してきて、カウンターの上のコップに中身を並々と注ぐ。

 「これをぐいっと一気にあおれば、酔いも一気に醒めます」

 看護婦の薦める『酔い覚まし』の薬は、コップの中でボコボコ泡立つ怪しげな液体。 男の視線が、並々と注がれたコップと

看護婦の間をせわしなく往復する。

 「……液状でないのはないか?」

 「はぁ……お好みに合いませんか?」

 看護婦は彼に背を向けて、薬棚をさぐっていたが、今度は白い薬包みをカウンターの上に置いた。

 「ではこちらの、天正漢方『ヨイザマス顆粒』では」

 「顆粒か……なら大丈夫だろう」

 男は封を切って、中身をサラリと喉に流し込み……激しく咳き込んだ。

 ゲホッゲホホッ……み、水!

 「はい」

 看護婦の渡したコップを一気にあおると、蜜の甘さの液体が喉を滑り落ち、男は目を剥いた。

 「酒!」

 視線を戻すと、看護婦姿の店員は、看護婦姿の『赤ワイン』女に入れ替わっている。

 「籠の鳥を撃つようなものね」

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