第十話 酔っ払い

3..ほろ酔い


 ……

 赤い天井をまぶしい光の線が切り裂した。 男は思わず手で顔を覆った。

 「うっ」

 冷たい手の感触で意識が戻ってくる。 酒のせいか、泥の中でもがいているような重苦しさを意識に感じた。

 「飲みすぎたな……」

 ごろりと横に転がる。 その拍子に、手を濡れたタオルか何かに突っ込んでしまった。

 「?」

 薄目を開けて、手の先にあるものを見る。 タオルと思ったそれは、黒と肌色の得体のしれない塊だった。

 「!」

 それは、『アケミ』の皮だった。 恐怖に男は跳ね起き、同時に飛び下がる。 無理な動きで足がもつれ、ソファに

座りこんだ。

 「あら、お目覚め」

 顔を上げると、テーブルの向こうで『赤ワイン』がワイングラスを手に……ワインを飲んでいた。


 「……ア、アケミなのか?」

 「ブッブー……は・ず・れ……きゃははははは♪」 『赤ワイン』女は甲高い声で笑う。 

 男は眉をしかめ、悪い予感を飲み込で尋ねる。

 「アケミはどこだ」

 「あたしと飲み比べ、で、あたしに飲まれた……にゃはははは♪」

 「の、飲まれた?」

 「そ。 んー……『喰われた』とも言うかな」 

 「な……な……な」

 「菜の花〜畑〜の〜ぉ……かな? あーっははははは♪」

 『赤ワイン』女は笑いながらワイングラスを煽る。

 男はようやく理解した、目の前の『これ』がアケミを……皮一枚残して食べてしまったのだと。 恐怖が背筋を冷たくする。


 男は立ち上がり……じりじりと女から距離を取る。

 「んー……帰るの?」

 (気づかれた!)

 「バイバーイ」

 (あれ?)

 『赤ワイン』女はソファに横たわり、手を振っている。 拍子抜けした男は、手をノブにかけ……

 「何か着て帰ったらぁ〜?」

 下を見るとすっぽんぽんだ。

 「……」

 男はむっつりと黙り込んだまま衣服を拾い集め、ドアに手を……

 「!」

 目の前で『赤ワイン』女が通せんぼしている。

 「何だ!」

 「気が変わったの」

 「!」

 『赤ワイン』女は妖しい香りを漂わせつつ、しなだれかかってくる。

 「んふ……貴方もおいしそう……」

 「ひっ!」

 思わず突き飛ばす……手が女の体にめり込む。 

 「!?」

 肘までめり込んだ手に、冷たく滑った感触が纏わりつく。 そして、じわり、じわと甘酸っぱい感触が腕に染みて……

 「おいっ!……」

 「だーめっ……」

 『赤ワイン』女は逃げることの出来ない男の唇を奪おうと、顔を寄せて来た。 ワインの香りの悪魔の唇が、舌なめずりを

しながら迫って……

 「やっぱりや〜めた」

 不意に『赤ワイン』女が離れ、男はその場にへたり込んだ。

 「簡単すぎて、つまんな〜い」

 顎に指を当て、何か考えている様子だったが、指をパチッと鳴らす真似をし(音がしなかったので不満そうだったが)

男に顔を近づける。

 「ね、ゲームしない?」


 「ゲーム?」

 「そう。 あたしはあんたを追いかけてあたしを……『赤ワイン』を飲ませるの。 あんたは、あたしから逃げるの」

 今度は男が眉を寄せて考え込む。

 「……まて、すると『アケミ』に飲まされた赤ワインは……お前なのか!?」

 「そだよ、ほら……」

 「ぬっ!?」

 股間に生暖かい感触。 あわてて自分のものを見る。 縮こまっていたモノが、隆々とそそり立っている。 その、

モノが見えない舌で舐められているかのような感触……

 「ほーら……気持ちよくなってきた」

 「な、なにを」

 「あんたの中に、あたしがいるの。 酔わせるのも、気持ちよくさせるのも、簡単よ…… いいわよぉ〜あたしに

呑まれるのは」

 ずいと赤い顔が迫ってくる。

 「な……」

 「内からジワジワと蕩けて……だんだん……あたしに入れ替わっていくのよ……アケミちゃんなんて、最後は

お姉さまぁ……て絶叫してたし……」

 「……ま、まてよ」

 男は必死に考える。

 「ゲームだと言ったな。 き、期限をきめようじゃないか。 いつまで逃げ切ればいいんだ?」

 「んふ、そんなの酔いがさめるまでに決まってるじゃない」

 「酔い?」

 「そう、あたしは『お酒』。 『お酒』の酔いはいつかさめるもの。 常識でしょ」

 しゃべって人を飲んでしまう『お酒』に常識を説かれる事に、男は理不尽さを覚えた。

 「さ、覚めるんだな。 時間がたてば、おまえから逃げられるんだな!?」

 「くどいなぁ〜、やっぱこの場で手籠めにして……」

 「そのゲームのった!」

 男は『赤ワイン』女の気が変わる前に部屋を飛出し、階段を駆け下りて……途中で絶叫が聞こえた。

 「ばかねー ズホンを履きながら階段を降りられるわけがないでしょうに」

 『赤ワイン』は、くいっとグラスを傾ける。

 「さーて……ふふっ……ふふふっ……あっはははははははは……」

 調子の外れた声で笑いながら、『赤ワイン』女は部屋を後にする。

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