第九話 ツルの恩返し

7.ゴンベェは種まく ほうやれほぅ


 ”とと様……”

 ”とと様……”

 ゴンベェはどことも知れぬ不思議な場所で、無数の娘たちにかしづかれていた。 その傍らにはツルが寄り添い、

ゴンベェに肌を合わせる。

 ”おお、ツルよぉ……ここはどこだで”

 自分の声がひどく遠い。

 ”ぬし様。 ここは地の底にございます”

 ”なんと、わっちはくたばって地の底に落ちただか”

 ”めっそうもない。 私達がいる限り、ぬし様は死の国に出ことはありませぬ……”

 そう言うと、ツルは豊かな胸の谷間にゴンベェを迎え入れ、甘い香りでゴンベェを官能の渦に巻き込む。

 ”……この世の極楽にて、時を過ごしましょうぞ……”

 ”……あぁ……あぇ?”

 そしてゴンベェは不思議な夢を見る。

 
 「ひぇぇ」

 一軒の町屋で、床を突き破って生えてきた豆さやに、年頃の男子が腰を抜かしていた。 這いずって逃げ出す

彼の背後で、豆さやが粘った音を立てて開く。

 フワリ……

 何とも言えぬ香りに注意をひかれ、男子の足が止まった。 その隙をつくように、緑色のツルが下履きの裾から

滑り込み、彼自身に巻きついた。

 「ひえっ?……」

 ゆるゆると滑る感触はなんとも奇妙で、力が抜けていくようだ。

 ビリッ、ビリリリッ……

 すぐに二のツル、三のツルが絡み付いて、彼の衣服をはぎ取り、わずかな衣服を残しただけの情けない姿にしてしまう。

 ”こっちをお向き……”

 涼やかな声が背後からし、彼は呆けたような表情で振り向く。 視線の先には開いた豆さやと、その中から上半身

を覗かせた緑の肌の豆娘がいた。

 「あ……」

 彼の股間に巻きついた豆のツルがくすぐったい。 そこから何とも言えない奇妙な感覚が広がっていく。

 「あぁ……あぁぁ」

 ぼうっとした表情になっていく男子に、豆娘が抱きつく。

 ”おいで……”

 豆娘は囁いて、彼に手足を絡み付かせた。 ツルが二人を絡め取り、豆さやが二人を中に閉じ込める。 そして豆さやは

不気味な蠕動を始める。

 
 ”あれはいったい何をしてるだ?”

 ”……御覧なさいませ……”

 豆さやの中では、恐ろしいことが起きていた。

 うねるツルが抱き合う二人に絡み付き、ヌルヌルの得体のしれない液体で愛撫している。

 「ふぁ……」

 ”あふぅ……”

 陶然とした面持ちの二人は、知らず知らずのうちに互いを求め、抱き合い……そして溶け始めた。 溶けてまじり

あい始めた

 「蕩けそうだぁ……」

 ”あん……蕩けちゃう……”

 トロトロトロトロ……トロトロトロト…… 

 緑と肌色の塊は、次第に複雑な縞模様の塊になっていく。

 「あん……うふ……はぅ……」

 形を失いながら、その塊は喘ぎ声を漏らして、より深く交じり合おうとしていた。 そして……

 トロトロトロトロ……ポコポコポコポコ……

 溶け合った二人は、端の方から小さな塊に変わり始めた。

 ”ありゃ……豆か?……”

 夢うつつでゴンベェは呟いた。

 ”ええ……あれは『豆』。 命の『豆』。 暗き死の淵を超えて、命の息吹が遠き新天地に辿り着くための……”

 ”……なんだべぇ?”

 ツルの言葉をゴンベェは理解できなかった。


 ”ぬし様御覧なさい”

 ゴンベェは見た。 地の上で起きた異変を。 畑、田、森、草原、川…… ありとあらゆるところから、豆のツルが

生え、豆さやを実らせていた。

 ”生きとし生けるもの、すべてが命の『豆』となるのです”

 豆さやが開き『豆娘』達が、いや娘だけではない。 鳥が、獣が、魚が、草木が、豆さやから現れ、命を持つ者

たちと交わり、『豆』に変わっていく。

 ”おお……”

 ゴンベェは嘆息する。 彼の娘達が、世界を変えていく様に。

 ”すべての生き物が『豆』となりましょうぞ。 約束通り、ぬし様は世界で一番幸せな、世界でただ一つの生き物

となるのです……”

 ゴンベェの背筋を、熱い快感が貫く。 世界の端々まで張り巡らされた『豆』のツル、そこを通じてすべての快楽が

彼のものとなる。 およそ人の身で、耐えられるものではなかった。


 ”ひへぇ、ひへぇ……”

 目がいってしまったゴンベェが、奇妙な踊りを踊りだした。

 ”あほれ、ゴンベェが種まく、カー公は……もういねぇでほじられねぇ。 あ、そーれゴンベェが種まく” 

 ”ゴンベェが種まく……”

 ”ゴンベェが種まく……”

 ツルが、『豆娘』達が唱和する。

 地を這うツルが踊りだす。 ツルは踊りながら『豆さや』を打ち出す、空高く。


 ”ゴンベェが種まく……”

 ”ゴンベェが種まく……”

 『豆さや』が飛んでいく。 雲を抜け、天を抜け、暗き死の深淵を突き進む。

 緑のツルで覆われた、緑の星から『豆さや』が、他の星目がけて飛んでいく。

 ”ゴンベェが種まく……”
 ”ゴンベェが種まく……”
 ツルがうねり、踊り狂う。 いつまでも、いつまでも。

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 「あ、ほーれ。 ほっほっほっ」
 ほっかむりの女性は、奇妙な調子で踊っていた。

 「……あー、婆さんよ」 滝はつばを飲み込んだ。 「怪談にしちゃ、風呂敷を広げすぎだな。 それじゃぁ世界が

なくなっちまう」

 ほっかむりの女性は、ピタリと動きを止め、上目づかいにゆっくりと顔を上げていく。

 「おら、この星の事だなんて、言ってねェべ」

 ほっかむりの下から緑色の顔が、瞳のない黒いアーモンド型の目玉が、滝たちを見ていた。

 「……」

 ひきつる二人に、女は軍手に乗せた豆を差し出す。 豆はカタカタと震えていた。

 ”ネェ、私ヲマイテ。 私ヲ育テテ。 恩返シスルカラ。 キット、幸セニシテアゲルカラ”


 滝たちは、気を失ってひっくり返る。 はずみで滝の足がロウソクを蹴り、空色のロウソクが倒れて消えた。

<第九話 ツルの恩返し 終>

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