第八話 変

13.ずぶりに呑まれる


 「さぁ……愛しき方……」

 床に横たわる黒川、その右手を『ずぶり』が胸に導く。 吸い付く感触に力がこもる。

 「あぁ……」

 わずかな力で指が乳房に食い込み、指の間からソフトクリームのように乳房がはみ出す。

 「す、すまない」

 思わず手を引こうとする黒川。 しかし『ずぶり』は手首を離さず、今度は左手を乳房に誘った。

 「……」

 再び『ずぶり』の乳房が黒川の手の中で形を変える。 乳房が手のひらに吸い付き、乳輪が指の股をくすぐり、そして乳首が手のひらを転がる。 

乳房が彼を誘っているかのようだ。

 「……」

 黒川はそっと指に力を込め、両手で『ずぶり』の乳房を愛してみる。 別の生き物のように乳房は蠢き、彼の手の中で悶え、彼の手に擦り寄る。

 「感じてくださいまし……」

 「ん?……お……」

 『ずぶり』に触れている手のひらが疼く。 くすぐったいような、切ないような感触。 戸惑いが手を止める。

 「……ん……」

 しかし『ずぶり』の乳房に誘われるように、自然に手が動きだす。 今度は黒川の手が、別の生き物となって『ずぶり』の乳房を愛しだす。

 「あ……あぁ……」

 手の疼きは、次第に甘い痺れとなっていく。 不思議な快感が黒川を酔わせる。

 「良い心地でしょう……存分に……気をやってくださいませ……」

 ブニブニと蠢く女の乳房とクネクネ這いずる男の指は、異質の性器となって互いを貪る。 黒川は半ば手に引きずられ、『ずぶり』との不思議な交わりに

引き込まれる。

 「ああー……」

 甘酸っぱい絶頂感に黒川の体が反り返った。 『ずぶり』の乳房に埋もれた手が、ヒクリ、ヒクリ……と痙攣する。

 その黒川を『ずぶり』は悩ましげな視線で見つめていた。


 「ぬしさま……」

 『ずぶり』の手が黒川の顔を這い、まぶたがヒクリと震えた。

 「お前……いや、あんた達は……なんなんだ……」

 不思議そうに言う黒川、しかしその口調は柔らかい。

 「われらは『ずぶり』、それで宜しいではないですか……」

 『ずぶり』の手が黒川の体を這い、それを追うように快楽の疼きが黒川の体を横切る。

 「うぁ……」

 震える黒川を優しく抱きしめる『ずぶり』。

 「あぁ……」

 「愛しい方……望むままに貴方を愛しましょう……」

 柔らかくしなやかな『ずぶり』の体が黒川に絡みつく。 『ずぶり』の甘い抱擁に、黒川は身を震わせた。


 ああ……ああ……

 うっ……うっ……

 『ずぶり』の体は、どこまでも深く黒川を受け止める。 薄紅色の秘肉は、天女のように舞って黒川に絡みつき、極楽の宴に彼を誘う。

 あぁ……

 黒川が果てた。 しかし『ずぶり』が力を失った黒川自身をひと撫ですると、その力が蘇る。

 「はむ……あむ……」

 二つの白い宝玉に唇を這わせ、軽く歯を立てる。 宝玉は喜ぶように震え、一回り膨れて彼の顔をくすぐる。

 「うわ……」

 頬を撫でる乳房の感触に、顔が火照り頭がくらくらした。 黒川は子供のように乳房に顔を突っ込み、夢中で舐める。 舐めるほどに乳房は膨れ

彼の視界を覆っていく。

 「もっと……もっと……」

 「こうか……こうだな……」


 フニフニフニ……

 白いフワフワした乳房の谷間、黒川はそこで夢を見ていた。 白く甘い匂い『ずぶり』の谷間で、全てを忘れて白一色の夢を。

 ああ……ああ……

 ここは『ずぶり』の中、『ずぶり』の世界……そして彼も……

 「蕩ける……」

 次第に深くなっていく快楽の中で、愛しい『ずぶり』に包まれ、黒川は次第に動かなくなっていった。


 巨大な乳房の谷間の中で、彼はまどろむように快楽の波を楽しんでいる。

 (このまま……ずっと……)

 『愛しい方との最高の交わり……如何でしょう……』

 『ずぶり』の問い。

 「ああ……ずっと……ここに……」

 黒川が呟いく。 すると、手に柔らかな違和感、手だけではない、足、胸、腹、そして彼自身が……粘っこい感触に包まれていく。

 「ん……」

 視線をやると、胸の辺りで白い乳房と彼の胸が溶け合っている。 そして……

 フワリ……

 「ほぅ……」

 深い快感が体の中に流れ込んでくる。 その快感に、黒川の意識は溶けていく。

 「あ……あ……」

 黒川の体は、『ずぶり』の胸に溶け込むように消えていく……。 そして『ずぶり』自身、いや『イメクラ カーラ』と呼ばれていた建物も

いやその周りの景色も闇に溶ける様に消えていく。

 あぁ……

 いい……

 密やかな男女の喘ぎとともに、『ずぶり』とそのイメクラは、そして彼らはこの世から消えうせた。

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 シャン……

 乳白色の靄の向こうで錫杖の音がした。 話が終わったとの事らしい。

 滝は長いため息をついた。

 「妙な話だったな。 その『ずぶり』ってのは……結局なんなんだ?」

 「世に人あり。 人は死した後、罪の報いを受けん。 罪を償いて人は再び地に戻る。 これ転生輪廻の一理なり。 されど『ずぶり』は

罪を償う人を哀れみて輪廻の輪より外し、己がもとにとどめ、まどろみの中にて時のはつるを待つものなり」

 「あ? 地獄に落ちた人が可愛そうだから、乳繰り合って世の終わりを待つ? それはなんとも……」

 「それが、ずぶりの勤めなり」

 滝と志度は顔を見合わせた。

 「転生輪廻って大事だよな。 んじゃ『ずぶり』って神か仏……」  

 不意に風が吹いて靄を流し、人影が見えた。 それは、小さな石の地蔵だった。

 「な!?」

 すぐに靄が立ち込め、地蔵を隠す。 靄の向こうから声がする。

 「我は『お約束地蔵』。 『ずぶり』との約定を見定めるものなり」

 「約定? なんだそれは?」

 「地に罪人溢れしとき『ずぶり』もまた……」

 ゴロゴロゴロ……

 重々しい音が響いて、声が遠ざかっていく。

 「おいまて!」

 「我は『お約束地蔵』。 『ずぶり』との約定を見定めるものなり」

 もう一度、同じ言葉が繰り返され、靄の中から錫杖が鋭く突き出される。

 シュッ

 錫杖の先端が芯を切り飛ばし、ロウソクは消えた。

<第八話 変 終>

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