第八話 変

12.変わることを拒み


 ずるり……ずるり……

 それが『ずぶり』の正体なのか、上半身は女で下半身は不定形の生き物が床を這ってくる。 不定形? いや、『ずぶり』の下半身は常に『女』を

想起させる不気味で、それでいて艶かしい『形』を持っていた。

 「ひぃ……」

 床にへたり込んだ黒川、その尻の下で床がさざ波のようにうねっていた。 おそらくそれも……

 ガチガチガチガチガチガチ……

 歯が鳴るほどの震えがとまらない。 それでも下が濡れていないのは、いっそ天晴れというべきであろう。

 「さぁ……」

 『ずぶり』がにじり寄り、黒川が下がった。

 「……い、いやだ」

 『ずぶり』が動きを止めた。 じっと黒川の顔を見る。


 「私を拒むのですか……」

 『ずぶり』の悲しげな声に、黒川は奇妙な罪の意識を覚えた。

 「あ、当たり前だ。 だれが化け物を相手に……」

 ずるり……

 『ずぶり』の下半身が人の形に戻り、余分な肉は床に吸い込まれるように消える。 後には、和服の似合いそうな裸の女性が立っていた。

 「……い、いいか! 女なら誰でも言い訳じゃねぇ、好みってもんがあんだ! こうメリハリがあってだな……」

 『ずぶり』の体系が微妙に変わる。 胸が膨らみ腰がくびれる。 足や手の肉付きも微妙に変化する。

 「……器用だな」

 『ずぶり』の技に感心し、思わず呟く黒川、その彼の目を見据えたまま『ずぶり』は陽炎のように体形を変化させる。

 「……お? 顔も変わるのか」

 体の変化が緩やかになってきたと思うと、今度は顔が微妙に変化していく。 やがて『ずぶり』は、優しい微笑みの中に憂いを湛えた、やや年上の女性の

姿で変身をとめた。

 「……」

 ぽかんと黒川は口を開けた。 彼自身が知らなかった彼好みの、其れがそこにいたのだ。


 『ずぶり』は微かに頬を染め、そっと腕を広げて黒川を誘う。 

 「来て……」

 か細いのに、しっかり耳に届くその声に体が反応する。

 あ……

 黒川は立ち上がって『ずぶり』に歩み寄り、その腕の中に体を預ける。 体に纏いつく女の香りと柔らかな唇の感触に、意識が飛びそうになった。 足がもつれて

自分で自分の足を踏む。

 「……え!?」

 彼は『ずぶり』の腕の中にいる自分を見出し、驚愕した。


 「て、手前何かおかしな真似を……」

 『ずぶり』を罵倒しようとした黒川の声が途切れた。 『ずぶり』の悲しそうな顔に、胸が痛んで声がつまる。

 「……何をしたんだよ……」

 憮然とした声で『ずぶり』に尋ねる。

 「貴方の、望む姿に変わりました。 ただそれだけです」

 『ずぶり』の答えに、黒川は驚いた。

 「馬鹿な!……あ、いや……なんというか、俺の好みに合わせたと……」

 「はい。 ここは『イメクラ』、お客様に望みのものに変わって頂く場所。 ですが、どうしてもそれを望まぬ方には……」 

 「……お前達自身が変わると」

 「はい」 『ずぶり』は微笑んだ 「お客様の、望みの形に」

 『ずぶり』の笑顔が正視できない。 黒川そっぽを向いて尋ねる。 「なぜ? 俺達を捕まえ、こんな手間をかけて……なぜこんな事をする」

 「それが勤めでございます」 『ずぶり』が応えた。


 ふわり…… 

 股間の黒川自身が、柔らかい物に包まれた。 そちらに視線を向ければ、ひざまずいた『ずぶり』が胸で彼自身を包み込んでいた。

 「おい……」

 混乱する黒川に構わず、『ずぶり』は『勤め』を果たそうとする。 柔らかい二つの丘は彼自身を優しく迎え入れ奉仕する。 しっとりした女の肌の感触は、何物にも

変えがたいすばらしい感触。 しかし、それ以上に……

 (しっかりしろ俺! こいつは化け物だ! 俺をたぶらかし、他の連中同様に……)

 『ずぶり』が顔を上げ、黒川と視線を合わせる。 その顔から視線が外せない。 彼の心の奥底から引き出した、彼すら知らなかった彼の好み、その姿をした女性が

彼を求めている。

 (欲しい……いや……愛しい)

 『ずぶり』に対する愛情が沸き起こる。 黒川は『ずぶり』の肩を優しく掴んで、そっと立たせる。 そして顔を近づけて唇を合わせた。

 ん……

 互いの唇を触れさせ、お互いを確かめ合うための口付け。 触れ合った部分から、失った半身が戻ってきたかのような喜びが伝わってくる。

 「きて……」

 『ずぶり』の言葉に黒川の心が震えた。 目の前の女を感じたい、その思いが体を支配する。 黒川は『ずぶり』の背に手を回し、その体を抱きしめた。 やわらかい

乳房が、彼の胸の形につぶれ、白い足が絡みつく。

 「ああ……」

 嘆息しつつ、黒川は『ずぶり』を押し倒し、二人は相手の全てを確かめ合うように、互いの体を愛撫し、舐め、擦りあう。

 ああ…… ひぃ……

 いつ果てるとも知れぬ、互いを求める交わり。 その深い喜びは黒川の知らぬものだった。

 (ああ……たまんねぇ……女とやるのが……はじめて……)


 いつの間にか黒川は、『ずぶり』の中でで果てていた。 それは魂が震えるほどの深い喜びだった。

 (すげぇ……すげぇよ……)

 あまりの心地よさに、黒川は意識が弾けとんだ様な錯覚を覚え、精根尽き果てたように床に突っ伏す。

 『ずぶり』は、そんな彼の体に重なり優しい愛撫を続けていた。

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