第八話 変

7.獣に


 ガフッ……

 黒狐は、息を塊にして吐き出して、地に伏し、闇垂が変じた孤は、勝利の声を月に聞かせる。

 オーン……

 オーン……

 彼を称えるように、獣の声があちこちから上がった。

 ガッ……ガッ……

 黒狐はよろめきながらもなんとか立ち上がり、その場から去っていく。


 オン……

 妖しい声が彼を呼んだ。 振り向く闇垂の前で、銀色の妖孤が立ち上がる。

 オ……

 妖孤は月影をまとうが如くに舞い、人に、いや狐女に転じた。 銀の長い髪から狐の耳を飾りの如くに生やし、豊かな胸を惜しげもなく

さらけ出した狐女は、あでやかな裸体で闇垂を誘う。

”来やれ……”

 音のない言葉で妖孤が闇垂を誘い、彼は一歩前足を踏み出し止まる。

 ’いいのか?’

 闇垂の心に不安と疑念が満ちる。 

 ’本当にこの『女』は俺を欲しているのか? 何か企みがあるのでは?’ 疑い出せばきりがない。 どす黒い疑いの感情が心を蝕む。 

 フッ……  妖孤が笑う。 不思議と邪気を感じさせない『女』の微笑み

 フワリ…… 妖孤が舞う。 優雅に腕を滑らせ、何かを投げるように。

 ’おっ?’

 闇垂の鼻腔に、甘い香りが絡みつく。 その香りは、彼の疑いを拭い去り、彼自身を奮い立たせる。

 ”疑いは人の心。 獣の体を得たならば、欲するままに来るがよい”

 ’ああ……’

 妖孤の放つ甘い匂いに誘われ、闇垂は妖孤のもとに駆け寄った。

 ”さ、おいで”

 差し招く二つの腕に体を預けると、茶色い毛皮からさらさらと毛がこぼれ落ち、闇垂は狐男とでも呼ぶべき異形に姿を変える。

 ”愛しい……”

 赤い唇が闇垂の口に吸い付き、魂を奪われそうな熱くやわらかい感触が彼の口を犯し、濡れぼそる淫靡な肉の時が始まった。


 ’ああ……ああ……’

 妖孤はしなやかな腕を彼に巻きつけ、白い女体を摺り寄せる。 双丘が闇垂の胸に吸い付き、甘くしっとりとした感触で彼を幻惑する。

 ”おいで……”

 押さえの利かなくなった彼自身を妖孤の花弁が包み込み、熱く濡れた女の奥に誘った。 荒れ狂う女獣の欲望に闇垂は翻弄される。

 ”さぁ、あなたも……”

 闇垂の中の獣が膨れ上がり、股間になだれ込んで、妖孤の中を押し広げた。

 ”あぁぁ!……”

 妖孤の歓喜の声に、闇垂の獣が応える。 押さえが利かなくなくなった闇垂は、妖孤の戒めから抜け出し、逆に彼女を抱きしめると、欲望を

腰に集めて荒れ狂う。

 ”もっと! あぁ!……”

 ’うおぉ!’

 闇垂が吼えるごとに、妖孤もまた獣と化す。 熱い花弁は獣の顎と化して闇垂自身を激しく締め上げ、それに応えるために闇垂のモノも牙の様に

硬くなり、彼女を攻める。

 ’あ……あ……’

 妖孤の肉襞が彼の牙を研ぎ澄ます度に、彼の心は喜びの高みに上りつめる。 そして熱い喜びの蜜が、彼の魂を洗いあげる。

 ’いい……いい……!’

 ”もっと!……もっと!……”

 二人は文字通りの獣と化し、その交わりに全てを注ぎ込んだ。 そして二つの獣は喜びの雄たけびを上げ、地に沈んだ。


 ト……ト……

 軽い足音が、一つ、二つ……闇垂は薄目を開ける。 横倒しの視界の中に、獣の足が見えた。

 ’……’

 体を起こすと、獣の姿の妖孤たち……おそらくは『ずぶり』が転じたものだろう。

 ”もはや言葉は不要……”

 妖孤が香りを放つ。 男、いや『雄』を誘うあの匂いを。 闇垂はすっくと立ち上がり、手近の妖孤を抱き上げる。

 ”主様……”

 彼の腕の中で妖孤は狐女に転じ、彼に絡みつく。 そして、闇垂は彼女に応える。

 ”我も……”

 ”我も……”

 妖孤たちは、次々と闇垂を求めて群がってくる。 闇垂はもはや言葉を発することもなく、ただひたすらに妖孤たちと交わり続ける。


 「人であれば、互いの心を疑う事もありましょうが、獣なれば……」 『ずぶり』の女将は呟いた。

 「時のはつるまで、ゆるりと獣のときを過ごされませ……」

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