電子妖精セイレーン

フェスティバル(7)


 ”ビェェェェェーン!!!”

 マジステール大学と付属高校の構内スピーカーから大音量の泣き声が響き渡る。

 ウガー……ウガッ?

 構内をうろついていたゾンビ学生たちが、戸惑ったように動きを止めていく。

 「……えーと」

 「……あれ、『セイレーン』ちゃんは?」

 我に返る学生たち。 校門から構内の様子を伺っていた大河内生徒会長が、その様子を見て息を吐く。

 「どうやら、騒ぎは収束しそうね……まぁ」 大河内会長は呟いた。

 ”ビェェェェェーン!!!”

 「あれが止まればだけど」

 
 「『セイレーン』ちゃん、誰も君を責めているわけじゃないよ。 ただ色々と……」

 ”ビェェェェェーン!!!”

 太鼓腹がコンソールから『セイレーン』に呼びかるが、彼女が泣き止む様子はない。

 「さて、どうしたものかしら」 エミが耳を塞ぎながら呟いた。

 「どうやら『歌』はやめてくれたみたいですけど……」

 太鼓腹が言うと同時に、エミのスマホが着信音を鳴らす。

 「……はい、エミです?」

 ”エミさん? 麻美です。 みんな正気に返ったみたいです”

 「ほんとう? よかった」 エミはほっと息を吐いた。

 ”ですけど、お地蔵様と虎娘さんがまだ暴れていて……あああ、男子学生がヤシガニに追いかけられててるぅ”

 「……見てないで止めなさい。 歌がやんだなら、貴女の使い魔の獣娘達も構内に入れるでしょう」

 ”努力します……”

 エミはほっと息を吐いてスマホを切る。 太鼓腹に視線を戻すと、スーチャンが一緒になって『セイレーン』を説得している。

 「『セイレーン』ちゃん、お願い」

 ”ビェェェェェーン!!!”

 困り果てた様子の太鼓腹に、エミが尋ねる。

 「このままだとどうなるの?」

 「わかりません。 普通の女の子なら、疲れて泣き止むでしょうが、『セイレーン』が泣き疲れるかどうか」

 エミは親指を口元に当て、難しい顔になった。

 「直接『セイレーン』ちゃんと話せないかなぁ」 唐突にスーチャンが言った。

 「今、話してるじゃない?」

 「うん。 ただなんていうか、前に『セイレーン』ちゃんと遊んだ時と違って、スマホ越しに話してるみたいで……うまく言えないけど」

 言いたいことをうまく言葉にできない様子のスーチャンだったが、エミは彼女の言いたいことを察した。

 「コンソールからだと、『セイレーン』ちゃんに貴女の思いが伝わらない。 そう言いたいの?」

 スーチャンはコクンと頷いた。

 「なるほど……しかし、アニメみたいに『電脳世界にダイブ』なんてできないし……」

 「待ってください。 その人形!」

 太鼓腹が興奮気味に言い、椅子に座っている『セイレーン』の感覚器官を指さした。

 「それは『セイレーン』の感覚器官なんです! それを使えば『セイレーン』に直にアクセスできます!」

 太鼓腹の言に、エミが首をかしげた。

 「直にアクセスって、話しかけるとか? でも……今やっている事と変わらないわよね?」

 「そうですけど……なにかいい手が……」

 言いよどむ太鼓腹の脇で、スーチャンが顔を上げた。

 「やってみる」

 そう言ってスーチャンは『セイレーン』人形に近寄り、彼女の膝によじ登った。

 ”ビェェーー……”

 スーチャンは『セイレーン』の膝の上に横座りし、全身で彼女をハグした。 『セイレーン』人形のは大人の体格で、スーチャンの倍以上の身長があるので、

ちょっと見た目には『セイレーン』人形がスーチャンを抱いているように見えるが。

 ”ビェェーー……ヒック……”

 「『セイレーン』ちゃんのやさししさは、みんな判っている……だから泣き止んで……」

 囁きながら、スーチャンは『セイレーン』人形の頭を撫でる。

 ”ヒック……ヒック……”

 「『セイレーン』ちゃんはみんなを喜ばせたかったんだよね? ……」

 ”ヒック……”

 「誰も『セイレーン』ちゃんを責めてない……」

 ”……スーチャン……”

 「大丈夫。 みんなも『セイレーン』ちゃんが大好きなんだから」

 ”……どうすればいいの?……”

 スーチャンはエミを振り返った。 エミはにっこり笑っていった。

 「『ごめんなさい』。 そう言ってみんなに謝って。」

 ”うん”

 そして……

 ”ごめんなさい!!!!!”

 マジステール大学の構内スピーカーから響き渡った大音量の『ごめんなさい』で、実験棟のガラスが全部割れた。

 
 −−週間後−−

 エミはコンビニで買った新聞を見ながら、呆れたように言う。

 「これ、生徒会長がやったの? 『世界初の人工意識。 大学の危機を知らせる』

 「ええ、『セイレーン』ちゃんを悪者にしないための方便だそうです」

 「ふむ。『マジステール大学で開発された電気頭脳、改め人工意識『セイレーン』は大学内に廃炉状態の原子炉が存在し、それが危険な状態であることを

察知した。 彼女は学生たちを構内に退避させようとした。 しかし、会話能力が十分でなかったため、誤った情報を流してしまい、学生たちがパニックに

陥いった……』 真実なのは原子炉があったという事だけじゃない」

 「そうですね。 でもこれで『セイレーン』ちゃんは人間に害をなすものではない、と言うことになったわけです」

 「はぁ……」 エミはため息をついた。

 「ところで、その原子炉ですけど。 撤去のために国が動いてくれるようです。 国が大学に販売した土地に、廃炉状態の原子炉が残っていたという事で」

 「責任の所在はどうなったの?」

 「大学は把握しておらず、国も占領軍から説明を受けておらず、当時をしる関係者はすべて他界。 という事でうやむやに」

 「ひどい話ね」

 エミは、麻美と一緒にマジステール大学の門をくぐった。

 「ところでエミさん。 あの『人外部隊』の方たちへの報酬は?」

 「『暴れてすっきりした』、『若い男がよりどりみどりだった』と言ってから、まぁ不満はないんじゃない。 それと、学長に話を通したから」

 「話? なんです?」

 「『人外部隊』が聴講生として大学に出入りするのを認めさせたのよ」

 麻美が足を止め、目を丸くした。

 「いいんですか? そんなことして」

 「貴女の為でもあるのよ」

 エミは片目をつぶって見せた。

 「この先、使い魔の獣娘たちが活動し続ければ、正体を隠し続けるのは難しくなるわ。 でも……」

 エミが言葉を切り、校門の方を見た。 マントの様なものを羽織った青い肌の虎娘が校門から入ってくるところだった。

 「ああも堂々と『変な奴』が出入りしていれば、ね?」

 麻美は呆れた顔で言った。

 「エミさんにしては、アバウトすぎませんか?」

 「隠し続けるのが難しくなってきた、そう思っていたのよ。 姿を隠し続けて生きるのが無理なら、堂々と姿をさらし、いつか社会に居場所を確保する……」

 エミはばさりと新聞をたたんだ。 その時、彼女が微かに眉を寄せたのに麻美は気が付かなかった。

 「……先生も同じことを考えているのかしら」 エミが呟いた。

 「え?」 麻美が聞き返した。

 「なんでもないわ。 じゃこれで」

 エミは講義棟の入り口で麻美と別れ、講義棟の中に入っていった。


 「スミマセン」

 後ろ呼び止める声がし、エミは振り返った。

 「ホ……ホ……本館ハ、ココ?」

 薄手のマントのようなモノを羽織った女性が立っていた。 日本人ではないエキゾチックな顔立ちとの美人だったが、どこの国の人か見当がつかない。

 「ここは講義棟ですよ。 本館はここを出て、左隣の建物です」

 「オオ、アーリガトウゴザイマス」

 そう言って、女は握手を求めてきた。 エミは彼女の手を握手しながら尋ねる。

 「留学生の方ですか」

 「ハイ、ヨーロッパ校ノ、プロフェサー・ランデルハウス研究室ノ、『キキ』イイマス」

 そう言ってにこりと笑った彼女の瞳は、鳥のように真ん丸だった。

<ミスティ・7 【電子妖精セイレーン】 終> (2020/03/01)

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