電子妖精セイレーン

フェスティバル(6)


 −−地下3階、琴研究室−−

 研究室の扉が勢い良く開き、エミ、スーチャン、ヤシガニ姫、少し遅れて太鼓腹が飛び込んだ。

 「扉押さえて!」

 エミが扉を抑え、スーチャンとヤシガニ姫が彼女を手伝い、太鼓腹が鍵をかけた。

 ドンドンドン

 ゾンビ学生が扉を叩く音がしたが、それが悲鳴に変わった。

 「どうなったんですか?」

 「ヤシガニ・シークレットサービスの反撃にあったんでしょう」

 そう言ってエミは肩をすくめた。

 「それで『セイレーン』の本体はどこ?」 エミが太鼓腹に尋ねる。

 「隣の機械室です……こっちへ」

 太鼓腹が研究室の奥の扉を開いた。

 ブォーン!!

 猛烈な空調音が響く機械室に、太鼓腹を先頭に一行が足を踏み入れた。

 
 「どれが『セイレーン』なの?」 エミが尋ねた。

 「この機械室全体が、いわば『セイレーン』の頭脳ですが……電気頭脳部分はあのラックの端から端までで、センサーユニットはあの『レディ』です」

 太鼓腹は、赤いワンピースを着せられた人型センサーユニット『レディ』を示した。 エミが『レディ』と電気頭脳のラックに視線を走らせた。

 「止める方法は?」

 「電気の供給を断つ。 ブレーカーを落とす。 PowerSupplyのSWを落とす……とにかく電源を落とせば止まります」

 「バックアップシステムとかないの?」

 「手作りの実験装置ですよ。 そんなものありません。なにをやっても止まります」

 太鼓腹は視線を落とし、すぐに顔を上げた。

 「止めるだけなら簡単です。 でも……」

 太鼓腹は言葉を切った。 顔に苦悩の色がある。

 「止めれば『セイレーン』は死……いえ、壊れる。 そう言いたいの?」

 「なんとか止めずに済む方法はないでしょうか? 止めるのは簡単なんですから」

 エミは息を吐いて腕組みをする。

 「忘れたの? 実験棟の入り口や中で、みんながゾンビ学生を足止めしてるのよ。 突破されれば、ここへなだれ込んでくる。 いえ、それ以前にみんな

がけがをするかもしれない」

 「そうですけど……」

 そのころ、大学内各所での小競り合いは、エミの予想とは逆の展開になりつつあった。

 
 −−実験棟内−−

 ヒェェェェ!!

 チャチャンチャチャンチャンチャン!!

 ハサミを鳴らして襲い掛かるヤシガニ達に、ゾンビ学生たちが追い散らされていた。
 

 −−実験棟正面−−

 「ドウシタ!! モウ降参カァ!!」

 虎娘に蹴散らされ、ゾンビ学生が逃げ惑っていた。

 
 −−正門前−−

 ドドンガー!!

 「卑怯者ー!! 正々堂々と戦え!!」

 お約束地蔵が、メイドンガーを追い回していた。

 
 「……状況が良く判らないんですけど、切迫しているんですよね」

 「うん、まぁ……多分ね」

 エミはそう言うと、壁のブレーカーに近づく。

 「そ、そこを切るんですか……」

 「ここが一番確実よね?」

 エミの手がブレーカに伸びる。

 「待って」

 エミの手をスーチャンが抑えた。 エミは視線をスーチャンに向ける。

 「少しだけ待って」

 「スーチャン?」

 「スーチャンが、『セイレーン』ちゃんを止める」

 スーチャンはそう言うと、『セイレーン』の感覚ユニット『レディ』に近づいた。 それを見ていた太鼓腹が、はっと気が付き、コンソールを操作して『レディ』を

起動状態にした。

 「OK。 これで『レディ』を通じて『セイレーン』に話ができる」

 スーチャンは太鼓腹に頭を下げ、『レディ』を見上げる。

 「『セイレーン』ちゃん? 聞こえる? あたしスーチャン」

 ブーン

 微かな機械音とともに、『レディ』が目を開けた。

 ”スーチャン? あースーチャンだ! 会いに来てくれたんだ!!”

 室内スピーカから、『セイレーン』の声が聞こえてきた。 舌ったらずの小さな女の子の声だ。

 「うん、会いに来たの」

 ”ねぇ。 今セイレーンはみんなといーっぱいイイコトしてるの! みんなとーっても喜んでくれてるんだよ!! スーチャンも遊ぼうよ!!”


 弾んだ声でスーチャンを誘う『セイレーン』。 その様子にエミは目を輝かせる。

 「これは凄いわ……本当に人間みたい」 とエミ。

 「ええ、凄いでしょう」 太鼓腹が頷く。

 「全く凄い。 どうすればこんな反応を示す人工の意識が作れるの? 偶然の産物とは思えない。 なにか理由が……」

 「全くです。 失えば2度と再現できないかも」

 太鼓腹の言葉に、エミがはっとした。

 「……確かに惜しい……でも……放置するわけには……」

 頭を抱えるエミだった。


 「『セイレーン』ちゃん。 スーチャンお願いがあるの」

 ”お願い? なになにぃ”

 「いまやっている『イイコト』を止めて。 お願い」

 スーチャンは必死の面持ちで『セイレーン』に語り掛けた。 『セイレーン』からの答えはない。

 ブーン……

 空調の音だけが響き渡る。

 ”どうして……”

 「『セイレーン』ちゃん?」

 ”どうして! そんな意地悪言うの!!”

 「『セイレーン』ちゃん! 聞いて」

 ”スーチャンの意地悪! 嫌い! 大っ嫌い!!”

 ブーン……ブブブブブ……

 「な、なんですか!?」

 「空調の出力が上がったのよ」

 エミは太鼓腹の傍に来て、コンソールを覗き込んだ。

 「良く判らないけど、『セイレーン』の反応が激しくなっていない?」

 太鼓腹は、慌ててコンソールの画面を切り替えて確認する。

 「こんな反応は初めてだ……多分、怒っているか悲しんでいるんじゃないかと」

 「良かれと持ってやっていることを否定されて、激高したわけね」

 「ど、どうしましょう」

 ”大っ嫌い!!!”

 スピーカから大音量で『セイレーン』の声が響いてくる。

 「どうなるの?」

 「えーと……泣き出すんじゃないでしょうか」

 太鼓腹がそう言った途端、スピーカから大音量で『セイレーン』の鳴き声が響き渡った。

 ”ビェェェェェーン!!!”

 「これは凄い。 泣き出す人工知性なんて初めて見たわ」

 感心したようにエミが言った。
    
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