電子妖精セイレーン

フェスティバル(3)


 夕闇の迫る空に向け、エミは黒い影となって舞う。

 バサリ

 エミは大きく羽ばたき、実験棟の地下入り口の前に降り立つ。

 「ち……」

 入り口は、黒い鉄の防火扉で閉ざされている。 エミは手に持った『バールのようなもの』で、力任せに扉を叩いた。

 ゴン

 鈍い音がし、得物が弾かれる。 音に気が付いた『ゾンビ学生』達が、群れを成して迫りくる。

 バサッ

 長居は無用と、エミは空に舞い上がった。

 
 ーー正門前ーー

 舞い降りたエミを麻美が迎える。 

 「入れそう?」

 「駄目。 ちょっと電気科部長! 何よあの防火扉は? むちゃくちゃ丈夫じゃないの」

 エミは、学長と相談中だった電気科部長に文句を言う。

 「あの扉を物理的に破壊するのは骨ですよ。 戦車の装甲の試作品を流用したとかで」

 エミが目をむいた。

 「炭素浸透で硬化処理してあるの? 厚みは?」

 「3cm程度です。 壊せなくはないですが、下手な事をすると歪んで開かなくなりますね」

 「ちぃ……」

 考え込んだエミに、生徒会長の大河原が不機嫌そうな声をかける。

 「騒ぎを沈めるはずではなかったんですの? 何事ですかこれは」

 大河原会長は自分の背後を示した。 そこには、エミとミスティが連絡を取った『助っ人』がたむろしている。 いや、たむろしているだけではなかった。

 「だれが縁日をひらけと頼みましたか!!」

 大河原の言う通り、マジステール大学を囲む壁に沿って、『骨喰いの宿』のテキ屋の屋台や出店がずらりと並び、縁日か学校祭のような賑わいになっている

ただ、まともなテキ屋は一軒もなかいが。

 「さぁさぁ、『人魚すくい』はいかが? そこの兄ちゃん、一発ためしてみないか?」

 「綿あめはいかが? ほらほら、お姉さんの形になる不思議な綿あめ、水飴もあるよ」

 「笑うお面はいかが? 他では売ってないよ、夜になると、ひとりでに笑いだす朗らかなお面だよ」

 麻美が天を仰ぎ、エミはげんなりした顔で大河原生徒会長に言い訳する。

 「いや、学校内がこの騒ぎでしょう? こうすれば臨時の学祭に偽装できるかと……」

 「それならそれで、先に相談してくださいますか? それにしても、問題がありそうな屋台ばかりですが……」

 生徒会長の視線の先では、トップレスの人魚の姉ちゃんが、近所の親父に抱き着いている。

 「あはは……」

 もはや笑うしかないエミだった。

 
 「ヤッホー」

 集まった『助っ人』と話をしていたミスティが、スーチャンと戻ってきた。

 「凄いっしょ! 人外部隊の特殊部隊だよ!」

 「バカモノ! それを言うなら外人部隊よ! 第一、特殊部隊と言うのは任務が特殊なのであって、特殊な性癖の者を集めた部隊ではぬわい!!」

 「いやー。 でも結構な戦力になるでしょ。 虎娘ちゃんでしょ、百合ちゃんでしょ、死人茸ちゃん……」

 「知り合いが全員来ているわけではないでしょ? 来なかったの誰?」

 「んとね、『ウロボロス』のセネカちゃんといじけたじいさん」

 「時の彼方と異次元に消えた二人じゃない。 いれば実験棟の中に入れたかもね」

 「『つるの恩返し』のグリンピース星人」

 「退治しちゃたじゃないの」

 「でも返信があったよ。 『この恨みはらさで置くべきか』って」

 「うげ、生き残ってたか」

 「あと『ナイトメア』の謎の存在、『変』のぶずり……あ、でも地蔵様が来てる」

 「地蔵?」

 ゴゴゴゴ……

 重いモノを引きずるような音がして、石でできた地蔵様が歩道をこちらにやってくる。

 「勉学に励むべき者たちが、こともあろうに淫道に耽溺するとは許せん!! 天誅をくわえてやろうぞ……」

 「あ、いえ、学生をすくう手伝いをしてほしいので、攻め滅ぼされると困るんですが」

 いきりたつ地蔵様をエミが宥める。

 「後はみんな来てくれたよ〜」

 「やっぱ荒事向けなのは少ないか……頼りになりそうなのは『牙』の虎娘か……」

 エミの声が聞こえたのか、筋肉質の虎娘が近寄ってくる。 この虎娘は、祖先が大陸から渡ってきていて、青い毛並に黒い縞の変わった毛の色をしている。

 「イクサ! タタカウ!!」

 「争いはできるだけ避けたいんだけど」

 エミが虎娘と離していると、離れた場所い゛電話をしていた麻美が戻ってきた。

 「学校外にいた使い魔で、使えそうなのに招集をかけたの。 直にやってくるわ」

 「貴方の使い魔は、セイレーンの歌に対抗できないわよ?」

 「中はむりでも、外回りの仕事を手伝わせるわ……あ、来た」

 通りの向こうから、二人の獣娘がやってきた。 麻美の飼い猫が変じた猫娘ミミと、動物園の虎を無駄で使い魔にした黄色の夢並みの虎娘のネコ科二人

だった。 それを見た虎娘が毛を逆立てて唸り声を上げる。

 フゥー!! ハァー!!

 「養殖モノ!!」

 「輸入モノ!!」

 食材が争っているようだ。 虎娘同士の威嚇で辺りの空気が震える。 負け時とミミも、青虎娘に牙をむく。

 「やめなさいって、ああもう……ん?スーチャン?」

 スーチャンがやって来て、エミの袖を引っ張った。

 「お友達が来るって」

 「スーチャンのお友達? はて?」

 エミが首をひねっていると、通りの向こうから女の子が手を振ってきた。 そのまわりを、青灰色のバレーボールぐらい物体が取り巻いている。

 チャチャンチャチャンチャン! チャチャンチャチャンチャン!

 青灰色の物体が、調子のいい音を立てる。 それを聞いたミスティが飛び上がった。

 「ひぇぇぇ!! カニ! ヤシガニがでたぁ!!」

 「ああ、ヤシガニのお姫様と、お付きのヤシガニ・シークレットサービスね」

 南の島で知り合ったヤシガニ姫とスーチャンは、そのも親交を深めていたらしい。 一方、ミスティはヤシガニシークレットサービスにさんざんにやられ、その

敗北の記憶が深く残っていたらしい。

 
 「助っ人は集まった……しかし、困ったわね」

 「なに?」

 「さっき、実験棟まで行ってみたんだけど。 扉が頑丈で入れそうにないのよ」

 「他に入り口はないの? 窓とか、屋上からとか」

 エミは首を横にふった。

 「実験棟の地下部への入り口は防火扉でふさがれているそこだけよ」

 「換気口から入れないの? ほら映画でよくあるでしょう」

 「換気ダクトは人が通るようにできていないわ。 入れたとしても、設計図のない建物だとどこに出るか判らないわ。 同じ理由で下水道から入るのも無理よ。

電気科部長! 扉を開けるにはどうすればいいんですか!?」

 エミが声をあげて電気科部長を呼んだ。

 「中からなら手動でも開くが……今閉じているのは、火災報知機を鳴らせしたためだから、本館の警備室だな。 あそこのスイッチで扉を開くのが確実だ」

 エミは説明を聞き、本館の方を見た。 実験棟とはだいぶ離れている。

 「本館か……あっちなら上から入れるかな? でも、中にも『ゾンビ学生』がうろついてるでしょうね。 人手がいるかな」

 エミが頭をひねっていると、大河原会長が試験をだす。

 「人手が必要なので『助っ人』を呼んだのですよね? 本館に人手を割くと、実験棟に入るための人が足りなくなるのでは? どのくらい必要なのですか?」

 エミは首を横にふった。

 「何人必要という数字は判らないけど……中の『ゾンビ学生』を引っ張り出して、邪魔されない様にするのが4〜5人して、スイッチをきるのが1人?」

 「本館は」

 「同じくらいかしら? ただ『ゾンビ学生』が集まってくると、百人いても足りないでしょうね」

 「本館で扉を開けるのに手間取れば、『ゾンビ学生』が集まって来てどうしようもなくなるということですか」

 エミが首を縦にふった。

 「空を飛べるやのが……私と『羽衣』のクラゲ娘、『病』の死天使スティッキー……ジャンプで移動できるのが『牙』の虎娘……いい加減けんかやめなさい……

あとは、『おんねん』のボケ猫娘。 そうだ、『窓辺』のクモ女! 彼女は糸で移動できないかしら?」

 「それぞれがも他の誰かを抱えていくとしても10人ちょっと。 私や運動部長は『仮性サキュバス』なので、羽はあっても飛べません」

 「残りは地上を強行突破……時間差が出るか……駄目ね。 二手に分けると手が足らない」

 ウンウンと頭を抱える生徒会長とエミ。 その隣で、麻美は正門の中と正門を交互に見ていた。

 「古い監視カメラ……あれで警備室から監視しているんだ」

 「そうでしょうね。 最近はIPカメラですぐ設置できるけど、昔はTVカメラだから設置が大変で……ん?」

 エミが指を額に当てた。

 「……麻美さん、監視カメラのコードがどうなっているか、確認して」

 「え? なにを?」

 「いいから早く! 『骨喰いの宿』のおかみさん! います?」

 屋台のむこうから、下半身が蛇の蛇女がにょろにょろと出てきた。

 「はい、お客さん。 何か御用ですか?」

 「いや、今はお客さんじゃないですけど。 彼女来てます? 和風ホラー映画のパチモン! 井戸から出てくるビデオ娘」

 「ああ、はいはい……一応来てますけど?」

 「彼女を呼びだしておいてくもらえます? 麻美さん、どう?」

 「んー……黒くて丸いビニール被覆のコードが繋がっているけど」

 「TVのアンテナ線と同じ?」

 「よく知らないけど、それっぽい」

 「よし! ならそこにビデオをつなげば!」

 「……ああ、監視室のモニタに」

 「井戸が映るわ。 モニタ経由で井戸娘に警備室に入ってもらい、扉を開けてもらいましょう」
   
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