電子妖精セイレーン

フェスティバル(2)


 実験棟の地下に廃棄された原子炉があると聞き、エミは完全に逃走モードに入ってしまった。 そんなエミを見て、麻美が首をかしげる。

 「原発なんて、あっちこっちにあるじゃない。 急いで逃げ出さないといけないようなものなの?」

 麻美の問いに、エミは額を抑え、噛んで含めるように答える。。

 「設計図も残っていない、数十年もたった古い原子炉だから危ないのよ。 いい? 原子炉を運転すると、放射線を出す核物質が残るの。 だから原子炉

の壁はこの放射線を遮蔽するように作ってあるんだけど、原子炉が壊れると放射線が外に漏れるのよ」

 「それは聞いたことがあるわ。 でもちょっと電気を止めたぐらいで原子炉って壊れるの?」

 「電気が止まると、原子炉を制御する装置が止まるのよ。 一番まずいのは、冷却装置が止まること。 放射線を出す核物質は、放射線と一緒に熱をだすわ。

冷やし続けないと、オーバーヒートで原子炉自体が溶けることもあるの」

 エミの答えに、麻美は納得できない様子で、質問をつづける。

 「そうだとしても、『セイレーン』が止まったら、すぐに電気を流せばいいんじゃないの? 止まってすぐに溶けるわけじゃないんでしょう?」

 麻美の二番目の質問に、エミは頷いた。

 「その通りよ。 ちゃんと管理され、整備されているならね。 でも設計図もなく、恐らく設計寿命を超えている原子炉よ。 冷却装置を一度止めると、その後

動いてくれる保証はないの。 いえ、古くなくても原子炉の冷却装置の設計に問題があって、一度停止した後で動かなかった例が実際にあるのよ」

 「その通りだ」 電気科の教授エミの説明を補足する。

 「スリーマイル島の原子炉でそれがおこった。 冷却水不足でポンプを停止し、冷却水が循環しなくなり、炉心が崩壊した。 ここの原子炉は設計図すらない。

 一度冷却装置を止めると、その後ちゃんと動いてくれる保証はない」

 麻美はまだ理解しきれない様子で、ミスティ、スーチャンにいたっては、何のことやらと言った顔をしている。 流石に大河原生徒会長は、事態を理解し、

青い顔になっている。

 「ということであれば、実験棟への電気を止めるのはリスクが大きいので不可と言うことですか、学長?」

 「んむ……うむ」 学長が難しい顔で頷いた。

 「では、どう対処するのが良いでしょうか? 『セイレーン』を熟知しているのは、琴先生、鉦先生ですが、何か良い方策はありますか? 私はコンピュータ

に詳しくないのですが……例えば外部からネット経由で『セイレーン』を強制停止する手段とかはないのですか?」

 「『セイレーン』本体は実験的に作られたハードウェアだ。 外部から止める手段は用意していない」 と琴博士が答えた。

 「あの『歌』を止めればいいんでしょう? 構内放送を止めればいいじゃない」 と麻美。

 「そうだな……いや『セイレーン』はネットワーク経由で『歌』を送っている。 構内放送が使えなくなったと知れば、別の手段を探すだろう。 大学どころか、

ネットワークに繋がっているあらゆる端末、スマホ、放送システムから『歌』を流すかもしれん」

 鉦助手の答えに、その場の全員(ミスティ、スーチャンを除く)が真っ青になった。

 「では大学のネットワークを止めよう! そうすれば『セイレーン』は、外部への通信手段を失う!」

 「いえ……」申し訳なさそうに声を上げたのは、学生の太鼓腹だった。

 「『セイレーン』には無線ルータを経由して、インターネットへ直結できる経路を作ってあります……」

 それを聞いた鉦助手が声を上げかけた。 が、思いとどまって太鼓腹に質問する。

 「その直結経路で『セイレーン』を止められないか?」

 「無理です……時間をかければ、何か思いつくかもしれませんけど……」

 「そんな時間はないわね」

 そう言ったエミに、その場の全員の視線が集まる。

 「さっきの話から、『セイレーン』が学校外に『歌』を流し始める恐れがあることが判ったわ。 そうなったら事態を収拾するのは一層困難になるわ」

 「確かに」 学長と大河原会長が頷いた。

 「その前に『セイレーン』を確実に停止させる必要があるわ。 となると……実験棟に入ってスイッチを切る。 これが最も確実だと思うんですが?」

 エミが琴博士と鉦助手を見る。

 「その意見には同意する。 しかし、構内には『セイレーン』の『歌』が満ちている。 実験棟に近づく前に、『ゾンビ学生』の仲間入りだ」

 「それなんですが、『歌』について予備知識のあった鉦先生はともかく、学長以下の教授会の方々と大河原会長をはじめとした高校部の部長の方々は

何故逃げ出せたのですか?」

 エミの質問に、学長、教授連、生徒会長、部長連が考えこむ。

 「落ち着きと見識のある我々は」

 「うむ自分を見失うことがなかったのでは」

 教授連が自分に都合のいい考えに落ち着きかけた時、医学部部長が声を上げた。

 「そうだ! 研究中の催眠音波は可聴周波数ギリギリの高音で発信する必要があったはずだ!」

 「……つまり?」 エミが先を促す。

 「年配の我々は高音を聞く力が衰えていた。 その結果催眠音波が聞かなかったと……」

 「あ、めまいが……」 「なんか変な気分に……」

 「いまさら遅い。 つまり教授たちは年を食っていたぶん、耳が遠くなって催眠音波の効力がなかった……じゃあ部長さんたちは?」

 「さぁ?」

 首をひねっていると、ミスティが突然声を上げた。

 「エーミちゃん♪ なんかこの顔ぶれ、見た記憶がある♪」

 「はぁ? あんたと、高校部の部長連に面識があるはずが……待て待てっ」

 エミは人差し指を額に当て、何か考え込む。

 「確かに、この面子はどこかで……あーっ!!」

 エミが大声を上げた。

 「なになになによっ。 びっくりするじゃない」

 麻美の文句を無視し、エミは生徒会長と部長連を呼び集め、少し離れたところに引っ張っていく。

 「なんですの? エミさん」

 「あんたら……尻尾と羽と角、隠してない?」

 ギクギクギクッ

 全員が視線をそらし、そっぽを向く。

 「やっぱり……この面子は、この間のサキュバス化騒動(悪魔と魔女とサキュバスと)の時の!」

 腰に手を当て、目を反らす一同を睨みつけるエミ。

 「ミスティのウィルスでサキュバス化は治ったんじゃなかったの!?」

 「いやー記憶はあいまいになってたんだけど……」

 「しばらくしたらいろいろと思い出して……」

 額に手を当てて首を振るエミ。

 「それでいいのか、あんたらは」

 「まぁ、ほどほどに抑えて……」

 「デートの時も、ほら、彼が喜んでくれるし……」

 「行くとこまで行って、真正のサキュバスになっても知らないわよ」

 エミは首を振りながら麻美とミスティの近くに戻ってきた。

 「ミスティの言う通りだったわ。 彼女達はそう……仮性サキュバスとでもいう体になっているみたいね」

 「仮性サキュバス? なにそれ?」

 「半分人、半分魔物のどっちつかずな状態かな。 多分そのせいで『歌』に抵抗力があったみたいね」

 エミの言に、麻美が驚いた様子で応じる。

 「じゃあ、私やエミさんやミスティちゃん……それと使い魔たちも抵抗力が?」

 エミは首を横に振った。

 「貴方の使い魔たちはどうかしら。 獣から人型になった獣人娘。 人と変わらないんじゃないかしら」

 「うん♪ スーチャンですら魂が抜けかけたんだよ♪ 使い魔娘は抵抗できないよ〜♪ あ、主人の力量もあるけど」

 ミスティの物言いに、麻美がムッとする。

 「力量不足で悪かったわね。 まったく……」

 「怒らない怒らない」

 エミは麻美をなだめると、大河内会長を呼んだ。

 「なんですの」

 「貴方たちは『歌』に対して抵抗力があるらしいわ。 それに私とこの娘達も」

 エミが麻美とミスティを示す。


 「この面子なら、実験棟まで行ってスイッチを切ることができると思う」

 「……不本意ですけど、他に人がいませんわね」

 大河内会長が部長連を呼び、エミが学長と教授連に話をする。

 「理由ははっきりしませんが、大河内さんたちは『歌』に抵抗力があるようです。 多分、催眠音波の効き目に個人差があるんでしょう」

 「難聴ではないのかね」 と医学部長が言い、女子部長連全員に白い目で睨まれた。

 「とりあえずこの面子で、実験棟まで行ってスイッチを切ってきます」

 「まてまて、学長としてだなぁ、学生を危険にさらすことは……」

 「部外者ならよろしいので?」

 「……あー、生徒会長と部長君たちの熱意に対して、学長として最大限の感謝を……」

 うだうだと続けるが口用を放置し、エミは麻美、ミスティ、生徒会長、女子部長連を伴って大学部正門の前に移動する。


 ウガー、ウガー……

 中では相変わらず『ゾンビ学生』たちが、ゾンビダンスを踊っている。

 「……噛みついてこないかしら」

 「犬じゃありせんわよ。 ところでエミさん。 こんなに人数が必要でしたか? スイッチを切るだけですのに」

 「まだ何があるか判りません。 それに私は実験棟に入ったことはないんです」

 「それは私たちも同じ……」

 大河内会長が言葉を切り、エミの顔を見つめた。

 「……何か?」

 「いえ……『大学構内に入ったことはない』とは言わないのですね」

 「……」

 エミは知らんぷりを決め込むと、先頭に立って門をくぐる。 ところが。

 ウガー!!

 「わぁ!」 「襲ってきたぁ!!」

 踊っていた『ゾンビ学生』が、いっせいにエミたちに襲い掛かって来た。 慌てて退散する一同。

 「ど、どういうことよ!」

 「どうも、仲間以外の人間に襲い掛かるようね……」

 『ゾンビ学生』たちは、正門の外までは追ってこず、またゾンビダンスに戻っている。

 「どうしましょう」

 「会長、この人数じゃあそこを突っ切るのは無理だよ」

 正門から見えるだけでも、『ゾンビ学生』はざっと数百人。 構内全体では千人を超えるだろう。

 「多勢に無勢ね……」 唇をかむエミ。

 「……んー……なら、助っ人を呼ぼうよ〜♪」

 ミスティが言うと、エミが首をかしげた。

 「助っ人? 使い魔たちは『歌』に抵抗できないんじゃないの? あのアフロと金髪の二人組を呼んでも焼け石に水……」

 ミスティはエミの言葉に構わず、ピンク色のスマホ(バージョンアップしていた)を取り出して、電話をかけ始めた。

 「もしもし〜♪ ああ、百合ちゃん〜? ちょっと手伝いに……」

 「あんた……まさか」エミが目をむいた。

 「もしもし〜♪ ああ、死人茸ちゃん〜? 今、お暇〜?」

 「せめて、もう少し戦闘力のある娘から声をかけなさいよ」

 エミはそう言うと、自分のスマホで電話をかける。

 「もしもし、虎娘(ウーニャン)? お願いがあるんだけど……」

 「……百鬼夜行、いえ怪獣総進撃……」

 麻美は思わず手を組んで、天に祈った。

 「どうか、学校が無事残りますように……」
   
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