電子妖精セイレーン

フェスティバル(1)


 −−−大河内会長がエミに電話して、約1時間後−−−

 「来ませんね」

 「え、ええ……」

 大河内会長と麻美は、マジステール大学の大学部正門前でエミを待っていた。 彼女たちだけではなく、大学部学長、教授連、高校部の部長連が集まり、

それぞれで集まって相談している。

 「……あれ?」

 ヤッホーッ

 大学部の前に一台のタクシーが止まり、エミが降りてきた。

 「もっと乗るー」

 「もーちょっと」

 「いーかげんにしなさい」

 エミがタクシーからミスティとスーチャンを引っ張り出した。 どうやら、初めて乗った自動車に大喜びしていたらしい。

 「まったく……ああ、遅れてごめんなさい。 それで?どういう状況なの」

 「まずは大学部の鉦先生の説明を伺ってください」

 そう言うと、彼女はエミたちを伴い、大学部の教授連のところに案内した。 そこでは、琴博士と鉦助手を中心にして、教授連の輪が出来ていた。 二人が

教授たちに責められている様子が見て取れた。

 「鉦先生、被害にあった女の子の保護者の方をお連れしました」

 「えぇ? ああ、君か」

 鉦助手は汗だくになって、教授たちに何か説明していたようだった。

 「先生。 何が起こったのか。説明していただけますか?」

 「『セイレーン』だ! 君の危惧が的中した! 全部、『セイレーン』のやったことだったんだ!」

 興奮気味の鉦助手をなだめながら、エミは説明を求めた。

 「君が言っていた、『セイレーン』という少女が現れるサイト。 あれは『セイレーン』が自分の意思で設置していたんだ」

 「自分の意思!?」

 エミが目をむいた。

 「『電気頭脳』が自意識を持ったと!?……それは凄い……すると、あの少女が『セイレーン』なのですか?」

 「いや、どうやらあれは彼女の分身の様なものらしい」

 「分身?」

 「ああ。 まだ裏付けは取れていないが、彼女は歌声を通じて人間の脳に自分の分身を送り込み、夢を見せていたらしい」

 「夢……『セイレーン』が現れた、あの白い部屋が夢だと?」

 「白昼夢というのが近いと思う。 そして、夢を見せられている人は、その間運動をつかさどる部分や感覚器官を乗っ取られ、あんな風になってしまうらしい」

 鉦助手が背後の正門を振り返った。 その向こうでは、大学部の学生が、ウガーウガーと唸りながら、揃って手を振り上げ、体を揺らしている。

 「なんだか、ゾンビのダンスみたいですけど……ですが先生。 腑に落ちないことがありますが」

 「ん?」

 「『電気頭脳』というのは、人間の感覚をシミュレートするための実験装置だったはずですよね。 とてもじゃありませんが、人間に夢を見せるなんてことが

出来るとは思えないのですが?」

 エミの疑問に、教授連がうんうんと頷く。

 「いくらなんでも……」

 「実験装置に意識が宿るなんて……」

 琴博士と鉦助手は視線を交わし、言いにくそうに続ける。

 「信じがたい事だが、現状から考えて、『セイレーン』には意識があると考えている」

 エミは二人に視線を走らせ、肩をすくめる。

 「まぁ、実験装置が予想をはるかに超える出来栄えを見せた、ということですか」

 「うむ……まぁ」

 「では、そういうことにしましょう。 ですが! 歌声で人間に夢を見せる? 偶然そんなことが可能なものが出来上がるとは、到底信じられないんですけど?」

 「あー、それはだなぁ……」

 琴博士が、ちらりと視線を教授連の一人に向けた。 視線を向けられた当人は、そっぽを向いてしまう。

 「できあいの技術を取り込んだのではないかと……」

 「は?」

 「詳しい話は、医学部の部長に……」

 「ちょっと待て!」

 一人の教授が声を上げた。 彼が医学部長らしい。

 「確かに、音が人間の脳に干渉するか、研究テーマとして取り上げているが、まだ実験段階でとても実用レベルには……」

 「そんなことやっとんたんかい」

 「いや、その目的はだなぁ、音楽や言葉によって、脳に直接的な影響が出るかとか……」

 エミは肩をすくめ、琴博士に視線を戻す。

 「平たく言えば、医学部で催眠音波の研究をやっていた。 その成果を『セイレーン』が取り込んだと?」

 「そうらしい。 セキュリティログから……」

 「はぁ……どうやら『セイレーン』は、マジステール大学の研究から自然発生したモンスターということですか」

 エミの呟きに、スーチャンが異を唱えた。

 「『セイレーン』ちゃん、お友達。 モンスター違う!」

 「……そう?……じゃあ……妖怪……いえ、妖精でどうかしら」

 「妖精?」

 エミが頷く。

 「そう、泉や森に要請が住み着く様に、電子の世界に住み着いた妖精、『電子妖精セイレーン』」

 「うん!」

 スーチャンが大きくうなずいた。 その後ろで鉦助手も頷いている。

 「……そう言えば死んだ子供の魂が妖精になるとかいう伝承があったような……」

 「え?」

 「あ、いえ、なんでもないです。 はい」

 慌てて誤魔化す鉦助手。 その背後で大河内会長が声を上げた。

 「電子妖精でも、精霊でも構いませんが。 とにかく、実験棟に巣くったそれを何とかして、この騒動を納めないと」

 一同は、改めて正門の向こうに目をやり、ゾンビダンスを踊る学生たちを見て渋面を作った。

 「どうにかするもなにも、『セイレーン』は実験棟にあって、電気で動いているんでしょう」 と麻美。

 「ええ」

 「では、実験棟に行ってスイッチを切ればいいんじゃないですか」 と麻美が提案した。

 「いや、構内には『セイレーン』の歌声が流れている。 実験棟に着く前に、ゾンビの仲間入りだ」 と鉦助手。

 「それに、火災報知機を作動させたろう。 実験棟の鉄扉が閉鎖されているはずだ。 あれを操作するには、本館の警備室にいかないと」 と琴博士。

 「非常事態よ。 大学への送電を止めましょう」 エミが提案した。

 「そんな乱暴な! 大学の設備がみんな止まるし、コンピュータが壊れてしまう」 と、教授の一人が反対した。

 「コンピュータは停電時に安全にシャットダウンするように、蓄電池が設置されているはずでしょ」 とエミ。

 「データサーバはその通りだ。 しかし、実験装置類はそこまで保証されていない。『セイレーン』だって壊れてしまう」 と鉦助手。

 「『セイレーン』ちゃん、死んじゃうの? そんなの駄目ぇ!」 とスーチャンが涙目で訴える。

 「スーチャン。 ほかに手段がないのよ。このまま放置していれば、『セイレーン』の影響が校外にまでひろがるかも。 そうなるまえに、事態を収拾しないと」

とエミが諭した。

 それぞれが、口々に意見を述べあっているとき、電気科の教授がはっと顔を上げた。

 「だ、だめだ! 外部からの送電を停止してはいかん!」

 皆の視線が電気科の教授に集まる。

 「何か問題が?」

 「実験棟の地下だ」

 「『セイレーン』のある?」

 「その隣だ……あそこには……リアクターがある」

 「リアクター?」

 「原子炉だ」

 『……なにぃ!』 一同が目をむいた。

 学長が青い顔でうなずいた。

 「そうだ、実験棟の地下には、旧日本軍が実験用に設置した原子炉の試作品が設置されている」

 「そんな古いモノ、どうしてそのままにしてあるんですか!」 とエミが詰め寄る。

 「終戦時に、原子炉の設計図を廃棄してしまい、解体が難しくなったらしい。 日本軍、米軍、政府と所有者が変わり、管理責任をたらいまわしにした挙句、

大学の建設用地として払い下げ、ついでに管理も押し付けたというシロモノだ」

 「なんでそんなものを引き取ったんですか!」

 「用地代金を半額にして管理費も支給するから、解体のめどがつくまで管理するという条件で引き取った……らしい」

 エミは深刻な顔で何やら考えていたが、スマホを取り出し電話をかけ始めた。

 「おお、何かいい考えが?」

 「もしもし、夜逃げや運送さん? 大至急引っ越したいんだけど……」

 「こら逃げるな!」
  
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