電子妖精セイレーン

増殖(9)


 『それ』が起こった時、マジステール大学付属高校の大河内会長は、他の生徒会役員たちと共に会長室で執務を取っていた。

 ”ザリッ……♪〜♪〜”

 唐突にスピーカーから流れ出す美しい歌声。 部屋の中にいた生徒会役員は顔を上げ、首を傾げる。

 「会長、これなんですかね?」

 「さぁ……声楽部の練習かしら……?」

 首を傾げた大河内会長は、めまいを感じて頭を振った。

 (根を詰めすぎたかしら?……え!?)

 生徒会役員たちが、麻美と大河内を残してパタパタと倒れてしまった。

 「なに!?」 「皆さん!?」

 麻美が悲鳴を、大河内会長が驚きの声を出す。

 「麻美さん! 皆を楽な姿勢に」

 そう言った大河内会長は、自分も生徒の一人に駆け寄り、ソファに寝かせる。 麻美も彼女に倣い、床にへたり込んでいる女の子を横に寝かせた。

 「服が汚れるけど……ごめんなさい」

 「会長、どうしましょう」

 「先生方に知らせて。 それから救急車を呼んでくださる?」

 「そ、そうですね」

 外に出た麻美が再び悲鳴を上げる。

 「如月さん?」

 「大変です会長! 廊下でも人が倒れています!」

 麻美の後を追って廊下に出た大河内会長は、廊下で生徒が倒れたりへたり込んでいるのを目撃した。

 「な、何が……ガス漏れでしょうか」

 「原因究明は後回しよ、人を呼ばないと……」

 助けを呼ぼうと校庭に面した窓を開けた大河内会長は、校庭でも生徒が次々に倒れるのを見た。

 「……これはいったい……」

 ”♪〜♪〜”

 その時、大河内会長は校庭のスピーカからも美しい歌声が流れているに気が付いた。 つい耳を澄ますと、めまいに襲われた。

 「こ、この声のせいなの?」

 「会長!?」

 「如月さん! 火災報知器を鳴らして!」

 「ええっ! 火事なんですか?」

 「いいから鳴らして!」

 麻美は大河内会長の剣幕に驚き、廊下の火災報知器のボタンを押した。

 ジリリリリリ!!!!

 非常ベルの音が構内に鳴り響き、自動放送が流される。

 ”火災が発生しました。 落ち着いて、屋外に退避してください”

 「あ、アキちゃんたちが目を覚ました」

 「ベルの音でこの声の影響が薄れたのね。 如月さん、皆さんと郊外に退避しましょう」

 大河内会長と麻美は、意識を取り戻した生徒会役員たちと外に出た。 しかし、大半の生徒たちはその場にうずくまり、動こうとしない。 そして……

 ゥゥゥウガー!!

 「きゃあ!?」

 「なんなの?」

 うずくまっていた生徒たちが立ち上がり、ウガーウガーと唸りながら踊り出した。

 「か、会長……」

 「……正気を保っている人だけでも外へ。 それから善後策を考えましょう」

 
 −− エミのマンション −−

 エミは夜の女である。 このところは騒動続きで、昼間に出歩き、人と会ったりしていたが、昼は寝て夜に活動するのが正しい生活パターンだった。 

という訳で……

 グァーッ

 ぐっすりと寝ていた。

 ムーッ!!ムーッ!!ムーッ!!

 枕元でスマホが唸り出す。 エミは動く気配を見せなかったが、スマホは無情に鳴り続ける。

 「……誰よ」

 もそもそと動き、スマホの画面を確認する。

 「麻美さん?……なんだってのよ……もひもひ」

 ”エミさん!! 高校が大変なことに!!”

 「落ち着きなさい……ゾンビでも攻めてきたの?」

 ”知ってたの!?”

 「ああ、当たりだったの……え?」

 エミは布団から上体を起こした。 寝起きで乱れた髪がばさりと顔に被る。

 「ゾンビ?」

 ”スピーカから歌が流れて! みんなが倒れて! 起きたと思ったらウガーウガーって!!”

 「……事態がさっぱり判らないんだけど……歌ってどんな歌?」

 ”綺麗な声で……そう! ネットカフェにエミさんと行った時! ヘッドフォンから漏れていた歌にそっくりだった!!”

 「……」

 エミは起き上がり、スマホを持ち直した。

 「あの歌と同じ歌? それがスピーカーから? 確かなの?」

 ”そんな感じがするの! それより、高校のみんながおかしくなって、ウガーウガーって”

 「みんなって? あなた以外の全員なの?」

 ”生徒会のみんな無事。 会長のおかげよ……あ、何人か出てきた。 運動部の部長たちだ……無事なのは2,30人ぐらいよ!”

 「……となりの大学は?」

 ”……ここからじゃ判んない……あ、消防車が来た”

 「火事になっているの!?」

 ”会長の指示で火災報知機を鳴らしたよ、きっとそれだわ。 本当の火事じゃないわ”

 「……厄介なことになっている事だけは判ったわ。 警察も来るでしょうから、言動に注意して余計なことは話さないで」

 ”判ったけど……エミさんは?”

 「私にどうしろと? 高校の問題でしょう?」

 ”でも大騒ぎになっているのよ! このままだと大変なことに…あ、会長と代わるから”

 「ちょち、ちょっと待ちなさいよ」

 ”もしもし、マジステール高校会長の大河内と申します”

 「あー……これはどうも……如月さんの知り合いで、エミと申します」

 ”お噂はかねがね伺っております。 ぶしつけなお願いで恐縮なのですが、こちらまでご足労願えませんでしょうか”

 「……私にどうしろと?」

 ”失礼しました。 如月さんより、エミ様はその筋の知識が豊富な方と伺っております。”

 (どの筋よ)

 ”如月さんよりお話があったと思いますが、ただいま当校において不可解な事態が発生し、放置すると学校のみならず、付近住民になんらかの被害が

生じる可能性が予見されます。 早急な対処が必要なのですが、どの様に対処すればよいか、知見を持つものがこの場におりません。 そこで、エミ様より

ご意見など伺えないかと思い、如月さんに連絡を取ってもらいました”

 「ご希望は承りましたが、私はその……不可解な事態の専門家という訳ではありませんし、そのような職を生業にしている訳でもありません……お役に

立てることはないかと」

 ”それは残念です……このままですと、警察が介入する事態になりそうなのですが……確か、エミ様の被保護者も大学部の生徒から被害を被ったとか……”

 「判りました。 わたしも警察沙汰は困ります。 これからそちらへ伺います」

 ”よろしくお願いいたします”

 スマホを切ったエミはため息をついた。 身だしなみを整えて、玄関を出る。

 「やっほーエーミちゃん」

 「ヤッホ みねーちゃん」

 玄関前にミスティとスーチャンが待っていた。

 「あんたたちも何をしているのよ」

 「そろそろ出番と思って」

 「マッテタ」

 エミは盛大にため息をついた。

 「こういうカンはよく働くんだから。 言っておくけど、なにがあっても知らないわよ」

 「りょーかい♪」

 「リョーカイッ」

 黒髪のサキュバスは、ピンクの小悪魔と緑のスライム少女を連れてマンションを後にする。 向かう先は……

 『お祭りだぁ!!』
 
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