電子妖精セイレーン

増殖(8)


 『セイレーン』の手が鉦助手の股間を弄った。 そこはすでに固くなり、戦闘態勢が整っている。

 『ふふっ……』

 『セイレーン』は含み笑いをしてソコに舌を這わそうとする。

 『い、駄目だぁ!!』

 鉦助手は叫び、『セイレーン』を引きはがす。 『セイレーン』は目を丸くして鉦助手を見返した。

 『どうして? どうして駄目なの? みんな喜んでくれたのに……』

 『いけないんだよ、いいかい。 こういうことは、親しい男女の間で……』

 『ボク達は親しくないの?……あ、鉦先生って実は女の人だったの?』

 『違ーう!』

 とにかくここから逃げ出そうと、鉦助手は辺りを見回した。 真っ白な部屋には窓が一つあるだけで、扉はない。

 『ここが仮想空間で、かつ私の脳の中なら……夢と同じ……目覚めるには……』

 うんうんと考える鉦助手に『セイレーン』が再び抱き着いてくる。 が、感触がさっきまで違い、粘ついてくる。

 『なに? わわっ!?』

 『セイレーン』の姿が、緑色の半透明に変わっていた。 触れた感触は粘り気のあるゲル状で、ゼリーの様だ。

 『こっちの方がいいかな』

 『そ、その姿は?』

 『友達に教えてもらったの』

 『……だれだ、こんなこと教えたのは!』

 
 「……へっくちん!」

 「ミスティ。 スーチャンがくしゃみをしたわ? 風邪かしら」

 「エミちゃん。 スーチャンに取りつけるウイルスなんていないよ」

 
 『こっちも好みじゃない? じゃあ』

 『セイレーン』の姿が再び変わる。 今度はグラマラスな大人の女性になった……と思ったら、頭に角が、背中に黒い羽、そして尻尾まである。

 『なんだこれは!』

 『この間知り合ったお姉さんに教わったの。 いろいろと凄いテクニックも……』

 『どこのどいつだ!! いたいけな少女、もとい、いたいけな電気頭脳にこんなことを!』

 
 「ブゥェックション!!」

 「わわっ! エミちゃん汚い」

 「えんがちょう」

 
 『ねぇ……』

 サキュバスの姿に変わった『セイレーン』は、恐ろしいほどの色気を振りまきながら迫ってきた。 鉦助手は思わず後ずさりし、窓枠に足を引っかけた。

 『うわぁぁぁぁぁぁぁぁ』

 窓の外に転落する鉦助手。 無限の落下感覚に恐怖する。

 
 「……はっ!」

 瞬きすると、そこは現実世界だった。 あわててヘッドセットをむしり取る。

 ”あん……どうして”

 「どうしてじゃない! ふう……」

 ”いいもん……じゃあ ♪〜♪〜”

 突然、『セイレーン』の歌声がスピーカーから流れ出した。 鉦助手はぎょっとして立ち上がると、耳を塞いで逃げ出した。

 ”どこにいくの。 ♪〜♪〜”

 「館内スピーカーから声が!?」

 エレベータが来ていなかったため、階段を駆け上がる。 ヘッドセットからの音声でないためか、一瞬で意識を失うことはないようだが、気を抜くと意識が

かすみ始める。

 「他の事に意識を集中するんだ……ニニンガシ、ニサンガロク……」

 耳をふさいだまま走るのは難しかったが、地下三階から階段を駆け上がさて地上階に出ると、一気に実験棟の外に出た。

 「ふぅ、危なかった……」

 ”待ってよぉ”

 「い!?」

 振り仰ぐと、大学の構内スピーカーから声が聞こえるではないか。 続いて。

 ”♪〜♪〜”

 「ぬぁにい!」

 構内スピーカーから『セイレーン』の歌声が流れ始めた。 鉦助手は、もう一度耳を抑えて全力疾走するはめになった。

 (大学全体に声が流れているのか!? いかん)

 事態に気づいた鉦助手は蒼白になった。


 ”♪〜♪〜”

 「あれなんだ?」

 「有線放送でも流しているのか?」

 「聞いたことがない歌……あれ?」

 講義棟、学食、管理棟、マジステール大学全体に『セイレーン』の歌声が流れる。 戸惑った様子の学生や講師たちの顔から表情が消え、茫然とした

様子でその場に立ちすくんでいく。

 
 −−管理棟 第一会議室 予算会議−−

 「ですから、文系への研究費をもっと手厚してですなぁ」

 「紙屑あさりや年寄りへの慰労訪問に金をかけろと?」

 「失敬な! 古文書の調査や口伝のフィールドワークをなんと心得るか!」

 「それより、未来を見据え、新しいアーキテクチャのコンピュータの基礎開発に予算を……」

 「いくらでもスポンサーが見つかるでしょうが!」

 「企業が金を出すのは、現行の技術の延長で、しかも即金になりそうなものだけです! 基礎研究にはスポンサーがつかんのです」

 「医学を忘れてもらっては困りますな。 脳と思考の解明、生物進化の調査、いくらでも金がかかるのです」

 「天文学にも金は必要ですぞ。 ダークマターの正体を突き止め……」

 「あれは仮説でしょうが。 しかも、他の観測結果と会わがダークエネルギーとかさらに怪しい仮説が必要になった。 だいたいですなぁ、銀河系の質量が

当初見込みの三倍だとすると、その一部のわが太陽系も三倍になる。 太陽の二個分の質量は一体どこにあると言うんですか。 ナチスか徳川の隠し

財産の方がよっぽど説得力がある」

 「それを説明するために、さらなる研究が……」

 いいたいことを言い合い、互いに予算の分捕り合いをする教授連の向こうで、学長が頭を抱えている。 その部屋にも『セイレーン』の歌声が聞こえてきた。

 「なんだ?」

 「下校時間の合図ですかな? 聞いたことがないが」

 「学長、こんなことに金を使うはもったいないでしょう」

 『セイレーン』の歌声に首をかしげる教授連だったが、紛糾した会議(ののしり合いとも言う)を鎮静する効果はあった。 学長が休会を宣言し、教授連は

ぞろぞろと会議室を出た。 そして異様な光景を目にすることになった。

 「こ、これはいったい?」

 「な、何をしているのだ彼らは!?」

 廊下、教室お構いなしに、学生や講師がうつろな目で踊っていた。 『セイレーン』の歌声に合わせて。

 ウーガー、ウーガー

 出来の悪い操り人形の様な動きで、口からは意味不明の呻きを漏らす学生たちに、教授連はゾンビ映画を連想した。 教授兼に続いて出てきた学長も

目をむいた。

 「き、君達。 何のつもりか知らんがその踊りを止めたまえ」

 学長の言葉に、近くの学生たちがぴたりと動きを止めた。 が、次の瞬間。

 ウガー!!

 両手を振り上げた学生たちが教授連に襲い掛かる。

 「うわぁ!? なにごとじゃぁ」

 「こ、こら医学部長。 あんたんとこでバイオ・ハザードを起こしたんじゃないか!?」

 「しっけいな、この間の事故以来。 毎日帰りがけにクリーンルームの気密はチェックしているわい!」

 「やっとんたか」

 「わわっ、こっちくんなぁ!」

 慌てふためいた教授連は管理棟を逃げ出し、そこでさらなる光景に驚愕する。

 『な、なんとぉ』

 外にも学生たちが溢れ、皆が揃って『ゾンビダンス』を踊っているたのだ。

 「た、大変じゃ」

 「これでは来季の授業料が集まらん……いや、新規の学生がこなくなるぞ」

 学長の言葉に、教授連全員が真っ青になった。

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