電子妖精セイレーン

増殖(7)


 『……ん?ここは?』

 鉦助手は顔を上げ、辺りを見回した。 壁、床、天井、全てが真っ白い部屋だ。

 『確か『セイレーン』の処に行って……そうだヘッドセットをつけたんだ』

 『ハーイ』

 『セイレーン』の声に振り返る。 壁の一面に窓があり、そこから大学生ぐらいの若い女の子が手を振っている。

 『君は誰だ?』

 『『セイレーン』だよー』

 女の子はそう言いながら窓から部屋の中に入って来た。

 『ええっ? 君が『セイレーン』?』

 鉦助手は驚いて女の子に触れた見た。 確かな感触が……あるような気がする。

 『エッチ』

 『ご、ごめん……じゃない。 『セイレーン』は電気頭脳だ。 君が『セイレーン』なはずがない。 それにここはどこなんだ?』

 『鉦センセの中』

 『なにぃ!?』

 『正確に言うと、鉦センセの大脳の中に作り出した仮想空間……だったかな』

 『なんだそれは、どこのラノベの設定……まてよ、最近どこかでそんな話を聞いたような……』

 鉦助手は腕組みをして考え込んだ。 すると奇妙なことに、彼でも『セイレーン』でもない人の声が聞こえてきたのだ。

 ”しかし、もしも『第二の意識』が存在したらどうなるでしょう……”

 『そうだこれだ! この間のオープン講義で聞いた……えっ? なんだこれは』

 声だけではなかった。 壁の一面に、オープン講義の時の『映像』が映っていたのだ。

 『これは……まさか僕の記憶?』

 あっけにとられていると、『セイレーン』が壁の映像を見て、手を叩いて笑い出した。

 『うわぁ、面白い。 こんなことが出来た人は初めてだ。 さすが鉦センセ』

 『……信じられない……本当に僕自身の頭の中なのか?』

 呆然と立ち尽くす鉦助手。 すると、『セイレーン』が彼を押し倒した。

 『わあっ?』

 『んー。つまんない、つまんない、つまんないいっ!』

 口をとがらせて文句を言いながら、『セイレーン』が彼に体を摺り寄せてる。 『セイレーン』は薄い布地のワンピースを着ているが、それの向こうにある

女の子の体の重みに、鉦助手は赤面した。

 『『セイレーン』、何をするんだ』

 彼女の肩を掴んで引きはがす。

 『SEX』

 ひねりのない単刀直入なセリフが返ってきた。

 『ちょちょっと待て。 ここは僕の頭の中で……』

 『そうだよ……いいじゃない……笑顔になれれば』

 『は?』

 『セイレーン』の言葉の意味を掴みかね、首をひねる鉦助手。 その隙に、彼女は鉦助手の服と下着を脱がせて、いや消してしまった。

 『こ、こら』

 『ほら……ねぇ……』

 『セイレーン』も裸になると、彼に体を重ねて来た。 若い女体の感触に、遅ればせながら彼の男性自身が反応する。

 『ちょ、ちょっと』

 体(?)は素直に反応するが、鉦助手は流石に大人だった。 状況に流されず、冷静な対応を取ろうと『セイレーン』を制止する。

 『落ち着きなさい『セイレーン』。 どうしてこんなことをするんだ』

 『セイレーン』を引きはがして上体を起こし、彼女を自分の上からどかす。

 『なんで? だっと楽しいじゃないSEX』

 『い、いや待ちたまえ。 あれはお互いをよく知ってから……じゃない! なぜこんなことをする? ひょっとして太鼓腹君が教えたのか? だとしたらなんて

ことを……』

 鉦助手は腹が立ってきた。 その様子を見ている『セイレーン』の表情が曇ってくる。

 『ねぇ、どうてそんな顔をするの。 何か悪い事をしたの……』

 悲しげな声で聞いてくる『セイレーン』を、鉦助手はなだめる。

 『いや、君が悪い訳じゃないよ。 ただ、何も知らない女の子をおもちゃにした連中に、腹を立てているだけだよ』

 鉦助手は『セイレーン』を慰めながら、実験装置のはずの『セイレーン』に、人間のように話しかける自分がおかしくなってきた。 つい笑みを漏らす。

 『あ! 笑った!』

 『ん?』

 『よかった笑ってくれて』

 嬉しそうに言い、無邪気な笑顔を見せる『セイレーン』。

 『僕が笑ったのが、そんなに嬉しいのかい?』

 『うん! 笑ってくれると、ボクの気分がいいんだ!』

 『そうか』

 頷き返した鉦助手は、『セイレーン』の反応が幼児の情緒反応に近いのではないかと考えた。

 『信じられないけど、『セイレーン』はまるで人間の幼児の様に反応している。 どうしてこんなことが可能なのか』

 『ん?なあに』

 『あ、いや……独り言だよ……おかしいぞ、考えたことが口に出ている? まてよ……ここは僕の頭の中だから、考えが言葉になっているのか?』

 『そうじゃないの? だから隠し事をしようなんて無理だよ』

 そう言って、『セイレーン』は再び鉦助手に肌を重ねてくる。

 『『セイレーン』それは……』

 『ボクがきらい?』

 『嫌いじゃないよ。 ただ……』

 『だったら……』

 『セイレーン』は鉦助手に軽く口づけした。

 『いいじゃない……現実じゃないんでしょ』

 『それは……』

 『ね……』

 『セイレーン』が手を重ね、指を絡めてくる。 女の子と言うより、動物がなついてくるような仕草だ。 鉦助手はためらいながら、彼女をあやす様にあしら

おうとした。

 『ね……』

 下から見上げて来る『セイレーン』に胸が鳴る。 とおもったら彼女の唇を奪っていた。

 『そんなつもりじゃ……いかん、抑えがきかない』

 考えたことが言葉になる様に、『好意』が『行為』になってしまう。

 『『セイレーン』……』

 彼女がいとおしかった。 琴博士と鉦助手は、彼女を設計し、組み立て、命を吹き込んだ。 いわば彼らの愛しい娘だった。

 『娘! あ!』

 突然、鉦助手が叫んで立ち上がり、『セイレーン』があっけにとられる。

 『な、なに?』

 『ま、まさか鼓教授が行った『アレ』が……そんな……いや、ありえない……あるわけが……』

 宙を睨み、ぶつぶつと大声で独り言を言う鉦助手。 その背後の壁には異様なものが映し出されていた。 そして、室内に声が響く。

 ”教授! なんですこれは! いったい何を……”

 ”これは娘の……脳だよ。 安置されていた遺体から、摘出したんだ。 これを『電気頭脳』の中心に据え付け、信号線を繋ぐ”

 ”教授……娘さんは亡くなったんです。 ご心中お察しします。 ですが、こんなことをしても何にもなりません”

 ”ああ、そうだろう、そうだろうとも……電気頭脳に繋いだからと言って、娘が生き返る訳はない……だがひょっとして、何かの軌跡で、娘の魂がこれに宿

るかもしれん、試してみる価値はあるだろう?”

 ”教授……あなたは正気を失っておられます……さ、お休みになってください”

 ”離せ! 離さんか!”

 壁の画像の中で、琴助教授と鼓教授が激しくもみ合い、そして画像が消えた。

 『教授が装置の中枢に脳の標本を設置し、中枢回路で包み込んでしまった……教授はそのまま病院に収容され、残った我々では装置から脳の標本を

取り外せなかった。 やむなくそのまま実験装置を電気頭脳として完成させた……』

 『ふーん、そんなことがあったんだ』

 はっとする鉦助手。 『セイレーン』が彼を見上げている。

 『『セイレーン』、君は』

 『ボクはボクだよ』

 にこりと笑う『セイレーン』。

 『なに? その娘さんの脳がボクだって? そんなの判んないよ』

 するりと立ち上がる。 白い裸身が生々しい。

 『それより……ね、笑って』

 『セイレーン』は鉦助手に抱き着いた。
 
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