電子妖精セイレーン

増殖(4)


 エミは、大河内会長と会った翌日、例のHPにアクセスしてみた。 すると『URLが見つかりません』とのsorryメッセージが表示された。

 「HPがない?」

 首を傾げ、URL、サイト名を使って検索をかけてみる。

 「規約違反で削除?……ははぁ、そっちから攻めたか」

 スマホを取り出し、麻美に『放課後会いたい』とのメールを打つ。

 
 放課後、喫茶店でエミと麻美は顔を合わせていた。

 「そう、大河内会長の差し金だって」 麻美が言った。

 「レンタルサーバの管理会社に通報するとはね。 管理会社も責任とらされるのは嫌でしょうし」

 エミは頷きながらコーヒーを口に運ぶ。

 「でも別のレンタルサーバで復活すれかもしれないわね」

 「それを心配していたわ。 学校側から通達を出して、同様のHPへのアクセスは禁止にしたけど」

 「高等部はともかく、大学の方は実効性がないでしょうね。 さて、こちらはどうすべきか……」

 エミはコーヒーを見つめ、考える顔になった。 そんなエミを見ながら麻美が尋ねる。

 「エミさん、これ以上関わることないんじゃないかしら。 学校側が問題として認識したし、警察沙汰になりかけたんでしょう? 『極力目立たない様に』が

エミさんのモットーじゃなかったの」

 エミは視線を上げて麻美の顔を見つめ、苦笑した。

 「そういう看板を掲げている訳じゃないけど……私達の問題じゃない、のは確かね。 でも放置できる問題でもないと思うわ」

 麻美は小首をかしげた。

 「放置していると、何かまずいことになるの?」

 「私や貴方の近くで事件が起きていることがまずいのよ。 私や貴方は今回の当事者じゃないわよね?」

 エミはコーヒーにクリームを追加し、クルリとかき回した。 白黒の渦が出来る。

 「当り前じゃない。 スーチャンは完全に被害者だし、エミさんの実験で、私ももう少しで被害者に……」 怨みごとを口にする麻美。

 「ああ、ごめんなさい。 あれは私の配慮が足りなかったわ。 ただ私たちは、この『セイレーン』騒動に責任がない事を知っているけど、じゃあ警察や

学校はそのことを知っていると思うの?」

 「それは知らないでしょう。 でも、ちゃんと調べたら……あ」

 麻美が口に手を当てた。

 「そう、『調べられたら』どうなると思う?」

 「正体がばれるかも……でもでも、魔女やサキュバスや悪魔だのがいるなんて、誰も信じないわよ」

 麻美の取り繕いに、エミは無情な追い打ちをかける。

 「そこまでは考えていないわよ。 私が言懸念しているのは、もっと下世話な事なの。 具体的に言うと、ボーイフレンドとの不順異性交遊。 大っぴらに

されちゃまずいでしょう」

 「あーうー」

 「それにね、学校や警察から調べを受ける立場になるだけでもまずいのよ。 想像してご覧なさい。 貴女が職員室に呼び出される。 翌日貴女が登校

したら、クラスメイトがさーっと離れ、何人かが固まってあなたを見ながらヒソヒソと話している光景を」

 麻美が真っ青になり、喉の奥で獣のような唸り声をあげる。

 「じょ、冗談じゃないわよ!」

 「もちろん冗談じゃないわ。 そうならんないためにも、『セイレーン』の正体を調べ、火の粉が降りかからない様にする必要があるの」

 「『セイレーン』の正体が判れば手の打ちようがあるの?」

 「正体不明のままじゃ、『セイレーン』に振り回されるだけよ」

 
 しばらく話をした後、エミと麻美は店を出て、別々の方向に分かれた。

 「さてと……あの子には悪いけど、生徒会の動向を見てもらう以上のことは期待できないわよね。 となると『セイレーン』の事をどこから……あれ?

『セイレーン』って名前どこかで聞いたような……」

 エミは立ち止まり、額に手を当てて考える。

 「……そうだマジステール大学の鉦先生が研究していた『電気頭脳』。 あれも『セイレーン』て名前だったはず。 なんで忘れていたかなぁ」

 エミは頭をかくと、スマホで鉦助手にメールを打つ。

 『セイレーンについて、尋ねたいことがあります。 お時間頂けないでしょうか?』

 「我ながら、間の抜けた話……麻美さんに笑われるわね」

 メールの返答がいつ来るかと考えながら、エミは夕闇の迫る街の雑踏に姿を消した。

 
 同時刻、マジステール大学の講義室。 数名の学生が講義を終えて雑談していた。

 「おい、琉特。 教えてもらった女の子のHP、削除されていたぞ」

 「ええっ!?」

 琉特と呼ばれた学生は、慌ててスマホを操作し、友人の言を確認した。

 「ほんとだよ……なんてこった」

 「噂だと、高等部の生徒会から働き掛けがあったらしい」

 一人がそう言うと、残りが憤懣やるかたない様子で口々に文句を言った。

 「なにぃ? 生意気な後輩連中が!」

 「ひとつシメに言ってやろうか!」

 息まく連中に、別の一人が冷や水をかけた。

 「今の生徒会長は大河内だぞ」

 「大河内?……ってあの大河内か?」

 「そう、一年の時にセクハラ教師を告発して……」

 「学校が動かなかっかったから、裁判沙汰にして……」

 「学長と理事長が退任するきっかけを作った……」

 全員が顔を見合わせた、意気消沈した様子で口をそろえた。

 『仕方ないか』


 琉特は、学校を出て学生アパートに戻った。 スマホを机の上に置き、メールが届いているのに気が付いた。

 「知らないアドレスだな? 大学の関係者らしいけど」

 メールを見ると、『セイレーン』の署名とURLが記載されている。

 「おおっ? 移転通知……ってこれ大学内じゃないか?」

 スパムかフィッシングかと警戒したものの、大学内のURLならば大丈夫だろうと都合よく解釈し、机上のPCでアクセスしてみた。

 ”うふん。 来てくれてうれしいわ”

 「おおっ『セイレーン』ちゃん」

 琉特の『セイレーン』は、年上の色っぽいお姉さんタイプだった。

 「よかった! もう会えないかと」

 ”貴方の為ならどこへでも行くわ……さぁ……早くきてぇ……”

 蠱惑的な肢体の『セイレーン』が、画面の中から琉特を誘う。 琉特は誘われるままにヘッドセットを装着する。


 琉特は白い部屋で我に返る。

 『どこなんだろうな、ここは。 コンピュータの中なんだろうか……』

 『ハーイ♪』

 振り向くと、窓から『セイレーン』がこっちを見て手を振っている。

 『おじゃまするね』

 窓を乗り越え、『セイレーン』が部屋の中に入って来た。 今日は赤いワンピース姿だ。

 『やぁよかった。 何があったのさ。 HP閉鎖なんて』

 『さぁ? ボクはよく知らない。 それより、来てくれなくて寂しかった……』

 そう言いながら『セイレーン』が彼にしなだれかかって来た。 しっとりとした女体の感触が、ワンピースの布地越しに伝わってくる。 彼女の重みに押され、

琉特は床に横たわった。

 『せっかちだね』

 『そう?』

 するりと赤いワンピースを脱ぎ捨てる『セイレーン』。 形の良い胸と、見事なプロポーションが露になった。

 『……』

 こらえきれなくなった琉特は、無理やり上体を起こし、かぐわしい香りが誘うの胸の谷間に顔を埋めた。

 『あ……』

 『セイレーン』の両腕が琉特の頭を抱きしめた。 白い部屋の中が、若い喘ぎ声で満たされる。
 
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