電子妖精セイレーン

増殖(3)


 −−マジステール大学付属高校 生徒会室−−

 「書記の如月麻美です。 入りますね」

 麻美は律儀に挨拶してから、生徒会室の扉を開けた。 一度に20人が会議できる広い生徒会室の中には、生徒会長の大河内マリア一人だった。

 「会長? 何か仕事がありましたか?」

 生徒会の仕事は季節によって増減する。 お祭り大学の異名があるマジステール大学では、毎月のように催し物があるが、高等部は四半期に一度、

それでも結構仕事はあるが、先日行われた学祭の後処理が終わったばかりなので、今は暇なはずだった。

 「仕事ではありませんが……如月さん。 貴方のプライベートな交友関係で、少し聞きたいことがあります」

 ギクッ

 麻美が目に見えて動揺する。 『赤い爪の魔女(新米)』である麻美は、男の精を魔力に変えて魔法の力を行使する。 そのため、ボーイフレンドとの間で

定期的に肉体関係を持っているのだが、これが明るみに出ればよくて停学、悪くすれば退学処分は免れない。

 「プ、プライベートな友人関係ですか? 生徒会に関係があるようなことは何も……」

 「失礼、知人と言うべきでした。 貴方の知人にエミさんと言う方がいますね。 一度、鷹飛車先生ががおかしくなられた時に、貴女を通じてお話をした

(マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜の一件)」

 「え? ああ、彼女の事ですか…… あ、あのまた何か?」

 「……貴方も知っていると思いますが、最近学外で問題を起こす生徒が増えています」

 「ええ、まぁ……統計処理は私達の仕事ですから」

 「そのうちの一件で、被害にあわれた方のお名前が『エミ』さんという方だったのです」

 「え!……あ、でもよくある名前ですし……」

 「『黒服の美人で巨乳のエミ』さんだそうです」

 「……多分、私の知人です……」 麻美は下を向き、そっとため息を漏らした。

 「また、彼女に何か依頼でも?」

 「いえ、そうではありません。 ただ、当校の生徒が『エミ』さんの被保護者にご迷惑をかけた訳ですから、お会いしてお詫びをしたいと思いまして」

 「はい?」

 麻美が目をぱちくりさせた。 生徒が迷惑をかけたからと言って、生徒会長が謝りに行くなど聞いたこともない。

 「か、会長。 私には良く判りませんけど、そう言うのは被害をかけた生徒のご両親とか、学校の校長先生や教頭先生のお仕事なのではないでしょうか」

 「ええ、普通はそうでしょう」 大河内生徒会長が認めた。

 「お詫びに行くと言うのは建前です。 さっきも言った通り、最近大学部、高等部の生徒が問題を起こし、苦情が増加しています。 苦情の一つ一つは、

生徒個人の素行の問題なのですが、学校全体で増えているとなれば見過ごせません」

 「はぁ」

 「原因を調べようと思ったのですが、苦情の原因となった生徒に聞き取りをしてみても、要領得ない回答しか返ってきません」

 「それで被害者の『エミ』さんに聞き取りを? でしたら他の方でも良いのではないでしょうか。 彼女、あまり人付き合いの良い方ではないのです……」


 麻美は浮かない顔で生徒会長に翻意を促す。 生徒会長は忘れているようだが、彼女と『エミ』は一度会っているのだ。 ただし、その時生徒会長には

尻尾と角と羽が生えていたのだ。 その後、生徒会長から付属品は消え失せ、ついでにその時の記憶も、きれいさっぱりなくしたのだが。

 
 「正直に言うと、他の方たちはマジステール大学に対して、よい印象を持たれていない様なのです。 私としても、そのような方たちに会って頭を下げるのは

嬉しい事ではないのです」

 「それは、良く判ります……判りました。 『エミ』さんに連絡を取ってみます。 どこでお会いになられます?」

 「有難う。 会う時間と場所は、先方の希望に合わせます。 私の方がお詫びする立場ですから。 それと、この件は職員の方には内密にお願いします」

 「いいんですか?」

 「構いません。 知れたら、きっと止められるでしょう。 でも私は、今のうちに事態を把握しておく必要があると思っているのです」

 「そうですね……彼女も同じことを言ってましたし……」 麻美が呟いた。

 「え?」 大河内生徒会長が麻美へ視線を向けた。

 「あ、いえ、すみません独り言です」 誤魔化す麻美。

 「と、とにかく連絡を取ってみます」

 「お願いしますね」

 
 生徒会室を出た麻美は、学食に行き、端の方に座ってスマホを取り出し、エミに電話した。

 『麻美さん? 貴方から電話とは珍しいわね』

 麻美は、エミに大河内生徒会長が会いたがっている旨を伝えた。

 『……生徒の奇行の苦情が増えているという事は、大学部と高等部の両方に、あのHPの情報が広まっているようね』

 「大河内さんは、まだそこまで掴んでいないは」

 『どうかしら。 彼女は学校の中、生徒の近くにいて、権力も持っている。 もうHPの事も調べ上げているかも知れないわ』

 「そうかしら? 私にはそんなことは一言も言わなかったけど」

 『……まぁいいわ。 学生さんと夜遅く会うのは良くないわね。 学校の前のチェーン店の喫茶店で、放課後……明日の18:00ぐらいでどうかしら』

 「その時間なら多分問題ないと思う。 大河内さんに伝えて、また連絡するわ」

 麻美はスマホを切った。

 
 エミは切れたスマホを操作しながら、大河内生徒会長の事を考えていた。

 「迂闊な事を言えば、勘ぐられるでしょうね……いっそ、全部話した方が良いかしら」

 麻美は、大河内会長が詫びついでに、生徒の奇行調査をするつもりだと言っていた。

 「前の一件では、彼女、麻美さんを通じて、私たちを動かした。 そんな彼女が、ただ情報収集のために、外部の人間に会いに来るかしら?……彼女の

立場では、今頻発している問題を収束させたいはず……だから原因を探っている……」

 エミはスマホのブラウザの履歴を表示させる。

 「このURLを入手……したとして……アクセスしてたみのかしら?」

 エミはじーっとスマホを見つめる。

 「こちらで持っている情報を開示し、あとはあちらに任せる……それとも、とぼけて何も情報を出さない。 こちらは勝手に対処する……さて、どうすべきか」

 
 翌日、マジステール大学近くの喫茶店で大河内生徒会長と麻美、エミが顔を合わせていた。

 「初めまして、マジステール大学付属高校の生徒会長で大河内マリアと申します」

 「エミと申します。 本名ではありませんが、ご容赦ください」

 二人の後に麻美が改めて自己紹介をしその後、大河内生徒会長がエミに謝罪する。 これで、大河内マリアがエミに会う要件は完了したことになる。

 「ところでエミさん。 お尋ねしたいことがあるのですが」

 「お答えできることでしたら」

 「当校の生徒は、どの様なふるまいをしたのでしょうか? エミさんの被保護者の方たちの話では、ゾンビの真似をして、その方たちを脅かした、とのこと

ですが」

 「その通りです。 唸り声をあげ、手を振り上げ、子供たちを歩いて追いかけたようです。 私が直接見た訳ではないですが」

 「他には何か?」

 エミは無言で首を横に振った。 大河内はしばらくエミにいろいろと尋ねたが、10分ほどで質問を切り上げた。

 「どうもお忙しいところをすみませんでした」

 「いえお、わざわざお詫びしていただいて。 うちの子たちにも伝えておきます」

 そう言ながら、エミはスマホをテーブルの上に置いた。 ブラウザを開いて、例のURLの文字が見えるようにしている。 それを大河内生徒会長がちらりと

見る

 「うちの子たちは、『お兄ちゃんに遊んでもらった』と言っていましたから、私としては苦情を申し立てるつもりはありませんでした。 ただ、近所の方が

心配し、念のために警察に連絡したようです」

 「そのようですね」

 「子供たちは、このURLをお兄ちゃんのスマホから写し取ったようです。 子供とはいえ、そのような事をしてしまったのですから、私どもも同罪です」

 「いえそんなことはありません」

 「ところでこのURLのHP、うちの子らがアクセスしてしまいまして」

 「はい?」

 「しばらく人事不省に陥りました」

 「ええ!?」

 立ち上がりかけた大河内を、エミは制した。

 「すでにご存じかとは思いますが、このURLへのアクセスはやめたほうがよろしいと思います」

 大河内はエミの顔をじっと見ていたが、やがて頭を下げた。

 「ご忠告、痛み入ります。 このURLへのアクセスを禁止する旨、学内に通知を出してもらいます」

 「よろしくお願いします」 そう言ってエミは頭を下げた。

 
 「エミさん。 あれでよかったんでしょうか」

 「あのHPへのアクセスを禁止すれば、事態の進展は防げると思うわ」

 「でも、禁止になったHPだから、かえってアクセスする人が増えるんじゃ」

 エミは肩をすくめる。

 「そこまでは面倒見切れないわ」

 大河内を見送りながら、エミは呟いた。
 
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