電子妖精セイレーン

増殖(1)


 『マジステール大学付属高校日本校』

 マジステール大学に隣接するこの高校は、成績上位者がマジステール大学へ無試験で進学できることから人気があった。 また、マジすテール大学は

ヨーロッパに本校がある国際大学で、その整った留学制度を利用すれば楽に留学できるとあって、政治家や高所得者の子女の比率も高かった。 その

生徒会長ともなれば、将来の人脈形成の見地からすれば、極めて魅力的な役職に間違いなかった。

 「……なんて言葉を鵜呑みにした私が馬鹿だったわ」

 生徒会室で書類の束と格闘しながら呟いたのは、現生徒会長の大河内マリアだった。 書類の中身は、校舎設備が古くなった、蛍光灯が切れた等の

些細な依頼から、近隣住民からの苦情まで幅広い。

 「生徒会の仕事じゃないでしょう、こんなこと」

 大河内生徒会長の言い分は正しい。 依頼や苦情を言い立てる人が、それをどこに持っていけば良いか、知っていれば生徒会に見当違いの相談が

持ち込まれることはないはずだ。 しかしだ、生徒や教職員ですら『正しい窓口』と手続きを熟知しているものは少ないだろう。 まして、外部の人間が知る

はずもない。 自然と、苦情は目立つところに集まってくることになる。 

 「生徒会では仕分けして、しかるべき部署に回すだけなんだけどね……学校が大きいのも考えものね」

 マジステール大学付属高校には、高校への苦情以外に大学に対する苦情も持ち込まれる。 当然逆のケースもあるのだが、自由度の大きい大学の方が

圧倒的に苦情が多く、割を食うのは付属高校の側だった。

 「会長、これが学校の窓口から生徒会に回されてきた書類です」

 「こんなに学校の問題が、生徒会にまわってきたの? 随分多いようだけど」

 「学外の生徒の素行についてのことのようです」

 大河内生徒会長は、眼鏡をかけなおして書類に目をやった。 それは、マジステール大学とその付属高校の生徒とおぼしき男子、または女子が、近隣の

公園、飲食店で奇行に及び、近隣住民に通報されるケースが増えているというものだった。

 「奇行?……『ゾンビの真似をして子供を追いかけた……』、『深夜の公園で怪しげなダンスを踊っていた』……」

 大河内生徒会長は、書類をパラパラとめくって眉をしかめた。 この手の苦情は、学園祭や催し物が近づくと増えるものだが、今はそのような時期ではない。

  「通報があり、注意を受けた大学生が8名、高校生が2名……通報件数はその3倍……」

 「先月から急に増えているみたいです」

  報告しているのは1年生の書記で、舌ったらずなしゃべり方に幼さを感じることもあるが、生徒会活動で確実に成長し、大河内も期待を寄せている。

  「先月から増えた?」

 「はい。 学外からの生徒に対する苦情全体からすると、件数自体はそれほど変わっていません。 ただ、『奇行』による通報に絞ってカウントすると、先月

までは月に1件あるかないかでした」

 「正確には『学外での奇行』ね」

 マジステール大学、および付属高校のクラブ活動は多岐にわたり、同好会も含めると軽く百を超える。 その中には怪しげな儀式を行って、超常現象の

発生を試みるなどというものもあった。

 「学校内で、監督者立ち合いでなら、大抵のことは許可が下りるはずよね。 ダンスの練習、パフォーマンスの特訓……」

 「悪魔の存在証明のために、悪魔の召喚を試みるなんてのもありましたよね」

 「ええ。 確か大学の空き教室で、珍しい香木で焚火をして……」

 「ひどい悪臭が立ち込めたものの、ついに悪魔は現れなかったそうですが」

 「まぁ、その実験の事はともかくとして。 ゾンビダンスの練習ぐらい、許可を求めるまでもなく学校の中でやればよいのじゃなくて?」

 「はい、私もそう思います」

 「この人たちは、わざわざ校外で、苦情が出そうなことをやったのかしら」

 「会長。 今この人たちと言いましたけれど。 これ全部、単独犯……じゃなくて、個人でやったことのようです」

 「ん?……ほんとうね。 これ、流行っているのかしら」

 「ゾンビダンスが流行っているんですか? 聞いたことがありませんけど」

 「いえ、思い付きを口にしただけ……?」

 書類をめくっていた大河内会長の手が止まった。 公園で大学生が、小さな女の子を追いかけていたという警察からの注意文だった。 女の子たちの

保護者が問題にしなかったため、学生への口頭注意にとどめた旨の記載があった。 そこには保護者の署名もあった。

 「『エミ』?……あの?」

 「会長? 何か?」

 「いえ、知った名前を見つけたの……ね、貴女。 書記の如月麻美さんをご存じ?」

 「2年の如月先輩ですか? もちろん知っています。 今月の当番ではありませんが。 ご用ですか?」

 「ええ、ちょっと呼び出してもらえないかしら?」

 「はい?」

 首を傾げた書記の女の子だったが、会長に言われるままに如月麻美を呼び出しに行った。 後に残った生徒会長は、背を椅子に預けため息をついた。

 「今のうちに、次の生徒会長引き継げないかしらねぇ」

 
 同時刻、高等部3年の教室。 すでに放課後になっているので、一部の生徒が残り、スマホでオンラインゲームに興じていた。 そこに、隣のクラスの

生徒がニヤニヤしながらやってきた。 教室をぐるりと見渡し、探していた友人の傍へとやって来た。

 「おい長號……手に入れたぞ」

 「何をだよ」

 「大学部で噂のアレ」

 「……アレか!? 理想の女の子とできるという!!」

 「おお、ソレよ」

 「お、教えろ!」

 「ただじゃやだね。 結構高かったんだぜ」

 『2年生の生徒会書記、如月麻美さん。 生徒会長がお呼びです。 生徒会室にお越しください……』

 校内放送に気が付く様子もなく、二人は何やら取引を始めた。

 「じゃあ、この鉾でどうだ! これだってレアだぞ」

 「それだけじゃなぁ……」

 「……ケチめ、じゃあいいよ!」

 「あ、いや……仕方ないか」

 取引が成立し、二人はスマホのデータを交換した。

 「じゃ、先に帰るぞ」

 「ああ……またな」

 
 家に帰った長號は、自室に鍵をかけるとさっそくスマホを操作した。

 「……これで……」

 『ハーイ、ボク……あれ初めてだね、きみぃ』

 スマホの画面に映し出されたのは、黒髪のボーイッシュな少女だった。

 「は、初めまして……んー、もっとお姉さんポイのが出てくると思った」

 『君は年上の人が好みなんだね。 大丈夫だよ。 じゃあイヤホンを……』

 
 ……『わぁ? 何だこの部屋』

 白い部屋に導かれた長號少年は、ソファに座っている自分に気が付いた。 頭を巡らしてあちこちへ視線を巡らす。

 『はぁーい、よいしょっと』

 部屋の窓から、黒い髪のグラマラスな女性が入って来た。 顔立ちはスマホで話した少女によく似ていたが、スマホの子は長號と同年代だったのに

対して、この女性は20代に見えた。

 『あ、さっきの子のお姉さんですか? ここはいったい』

 『んふ、どこだっていいじゃない。 ボクは『セイレーン』。 君は?』

 『な、長號っていいます』

 『長號君か。 かっこいい名前じゃない』

 『そ、そうですか』長號

 照れる長號の横に、『セイレーン』は体を摺り寄せる様にして座った。 薄手のシャツとズボンがはち切れそうなボディが、少年の手の届くところに収まる。

 『わっ』

 真っ赤になって下を向き、もじもじする長號。

 『あれ、どうしたの』

 『あ、あの……ボク……経験なくて……こういうの』

 『え? あはっそうなんだ。 大丈夫、この『セイレーン』お姉さんにまっかせなさい……と、これでよかったけ』

 『え?』

 『あ、ああ。 独り言だよ、オッケイ、オッケイ』

 『セイレーン』はやたらに明るい口調で、長號に話しかけ、体を摺り寄せてくる。 ムッとするほどの女の匂いに、少年の大事なところがしゃちほこばる。

 『そんなに固くならないで……っと、わぉ。 ここはかたくなってるんだ』

 『セイレーン』が長號のズボンを無遠慮に撫で、長號はどう反応すべきか判らず、一層身を固くする。

 『あ、あの』

 『うふふ。 いーい? 男と女は言葉じゃなくて、ここで語るの』

 そう言いながら、『セイレーン』はズボンの上を弄った。 若いソレが身もだえするように、ビクビクと震える。

 『え、えーと』

 『じゃあ、じっくりと教えてあげる……女を』

 『セイレーン』は長號の顎をくいっと持ち上げ、赤い紅の引かれた唇で奪う。

 『ん……』

 長號はどきまぎし、『セイレーン』にされるがままになる。

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