電子妖精セイレーン

変異(7)


 川上刑事に話をしたその翌日、エミは川上刑事に呼び出された。 昨日と同じ喫茶店で待っていると、川上刑事がもう一人を伴って現れた。 川上と同年代のその男に、エミは

面識があった。

 「お久しぶりですね、谷さん」

 「いやー、覚えていてくれたなんて、うれしいですよ」

 『谷』と呼ばれた男は、満面の笑みでエミにあいさつし、川上刑事と並んでエミの向かいに座った。

 「ところで川上さん? ここに同じ警察署の、それも鑑識の谷さんが来た理由は?」

 口調は穏やかだが、エミの目が笑っていない。

 「谷に協力してもらったんだ。 結果は彼から説明させようと思ってね」

 「他の人を巻き込むなら、一言あってもよかったんじゃ?」

 「そうかもしれないが……頼みごとをしたのは君の方じゃないのか」 憮然とした顔で川上刑事が応える。

 「それはそうですけど」 口をとがらせてエミが言った。

 「了解を取らなかったのは悪かったよ。 しかし、ネットがらみの調査は、しょせんボクじゃ無理。 と、それより……」

 川上刑事は、手帳を取り出して何かを確認すると、エミに手招きした。

 「?」

 首を傾げつつエミはテーブルの上に身を乗り出た。 つられるように、谷が身を乗り出し、川上刑事がそれにならい、彼は小声で話し始める。

 「実はな、少々君らが問題になっているんだ」

 「は?」

 「公園で大学生が暴れて、遊んでいた女の子がいじめられそうになったという通報があってな」

 「!」 エミが身を固くする。

 「山さんが事情を知っていたんで、その通報は警察で把握済みという事で収まったんだが……若い男が不審な行動をとっているという通報が他にもあったんだ。 時間と場所が

違うんで別件らしいから、一度、関係者から話を聞いてみようという事になったんだ」

 「警察がちゃんとお仕事をしてくれるのは有難いんだけど、面倒ごとに巻き込まれるのは、できれば勘弁してほしいな」

 エミの言葉に、川上刑事がむっとする。

 「君は面倒ごとをボクに相談しておいて、自分は嫌だというのは身勝手だぞ」

 「それは自覚しているわ。 ただ公園で被害にあったのは小さい女の子で、うまく事情を説明できないのよ。 私は事が収まってから現場についたので、詳細までは説明できない

わよ」

 「そうか……ちょっと待ってくれ。 公園でいじめられそうになった女の子と、君の相談にあった意識不明になった女の子は同一人物か?」

 「ん……ええ」 エミは頷いた。

 「その女の子は、どこでそのサイトのURLを入手したんだ?」

 「え? ……あ、それ確認していなかったわ」 エミがしまったという表情になった。

 「もしかして、その大学生から教えてもらったんじゃないのか?」

 「それは……判らないわね。 聞いてみるわ」

 自分のスマホでスーチャンに電話をかけるエミ。 その間に、川上刑事は谷と相談を始めた。

 「しかし、大学生が小さい女の子に怪しいURLを教えるか?」 と谷が不審げに言った。

 「それ自体がすでに怪しい行為だな……」 川上刑事が自信を無くした様子で応える。

 「スーチャン? よかった、聞きたいことが……あのURL……え? スマホから?……そう、有難う」

 エミは通話を切ると、二人に顔を向ける。

 「川上さんのカンが当たっていたわ。 意識不明になった子は、その大学生のスマホに表示されていたURLを読み取って、そこにアクセスしてたらしいわ」

 「何?」

 川上刑事の顔が険しくなった。

 「ということは……どういうことだ?」

 テーブルに突っ伏すエミと谷。

 「そのサイトが怪しいって事だろう! そこから薬物でも手に入れたとかそういうことじゃないのか?」 谷が突っ込む。

 「大学生の方なら、そうも考えられるさ。 だがも女の子の方はどうだ? 幼稚園に通うぐらいの年齢だぞ」

 「そ、それは……」

 「女の子が意識不明になったのは、大学生と接触があったその日の内だ。 時間的にみても、サイトにアクセスするのがせいぜいだろう。 アクセスしただけでおかしくなったり

意識不明になる。 そんなサイトがあり得るのか?」

 「むむむ……激しい点滅映像でてんかんの発作を起こすとか、気分が悪くなったという実例はあるが……催眠術の映像か何かとか……」

 「可能なのか?」 重ねて問う川上刑事。

 「判らんが……可能とは思えんな」 両手を上げる谷。

 「私もそう思う」

 エミも谷に同意した。 しかし、頭の中では別の事を考えていた。

 (ミスティなら……あの子、携帯電話で魂を転送して日本に来たって聞いたことがあった……それなら、サイトを使って同じことが……)

 
 「できないよ〜♪」

 「え?」

 川上刑事、谷の両名と別れたエミは、その足で妖品店ミレーヌを訪れ、そこにいた小悪魔ミスティに、ネット経由で『魂の転送』が可能か尋ねた。 が、彼女は言下にそれを

否定した。

 「ネットどころか、今となっては携帯でも無理〜♪」

 「え? どうして……」

 「全部、デジタル化されちゃったもの〜♪」

 「???」

 目を丸くするエミに、ミレーヌが説明する。

 「……デジタル通信では、送信側でデータを分割し、受信側で組み立てます……しかし、ミスティの『魂の転送』を行うには、送信側と受信側が直接つながっている必要が

あるのです」

 「それって、『呪紋』の制限と同じこと? 一筆書きで『呪紋』を書かないといけないってあれ」 麻美が尋ねた。

 「……そう、連続した線でなければならない……『呪紋』術を電波に乗せるには、アナログであることが必要……」

 「アナログというか、アナクロ電話でないと無理なのか」

 「そう〜。 まぁ、催眠音声や催眠画像は作れるけど」

 「それはできるの? ならスーチャンは……」

 「でも〜スーチャンの体に送り込まれたのは、魂かそれに似たもの〜」

 「……私たちの『呪紋』とは別の技術なら可能かもしれませんが……いえ、これは当て推量の域を出ません……」

 エミは考える。

 (ミスティやミレーヌが『できない』というからにはできないのでしょうね……そうなると……)

 「エーミちゃーん?」

 「……アクセスしてみましょう」 エミが呟いた。

 「!?」「……それは」「んー♪ 危ないかも♪」 麻美、ミレーヌ、ミスティが異口同『意』で反対を唱える。

 「リスクが大きいのは判っているわ。 でも……」

 「でも?」「……」「んー?♪」

 「興味があるじゃないの」

 麻美、ミレーヌ、ミスティがため息をついた。

 
 「ここで本当に大丈夫?」

 「何かあったら逃げれぎいいの」

 エミと麻美は、隣町のネットカフェに来ていた。 隣町まで来たのは、ここまで来ないと二人用の個室がなかったのと、何かあった場合に身元を隠せると考えたからだ。

 「エミさんらしくないわ。 危険なんでしょ?」

 「危険なのはわかってるわ。 でも、このまま何もわからないまま流される方が危ないと思うわ。 それに……」

 「それに?」

 「これからアクセスするサイトは、ミスティたちが出来ないことをやっているのよ。 凄い技術じゃないの!!」

 エミの目が輝いているのを見て、麻美はため息を吐いた。

 (こーいうところがついていけないのよ)

 「なに?」

 「なんでも……それより、これからアクセスするサイトの正体、その谷さん情報でなにか判っていないの?」

 「どこにあるのか、判らなかったってことだけよ」

 「URLが判ったら、調べられるんじゃないの? 公開されてるんでしょう、情報は」

 「URL自体は、ただのレンタルサーバだったの。 そこから別の場所に繋ぎなおされてているらしいわ」

 「別の場所って日本?」

 「日本なのは間違いないらしいけど……ただ、応答時間から考えて、案外近くらしいって言ってた」

 「判るんだ」

 「応答にかかる時間だけは誤魔化せないから……おっと繋がったわ」

 エミがそう言うと、麻美はカメラの死角に移動した。 その間に画面に『セイレーン』が映り、エミに向かって話しかけてきた。

 ”あれ珍しい、女の人?”

 「ええ、私はエミ。 よろしく、お嬢ちゃん」

 ”わーい、女の人とお友達だぁ……ねぇ、こちっにはきて遊ぼうよ”

 「そっちに? どうすればいいの?」

 ”ヘッドセットをつけて”

 「これね?」

 エミは、緊張していることを悟られない様、笑顔のままヘッドセットをかけた。

 ”〜♪”

 ヘッドセットから『セイレーン』の歌声が流れ出し、エミがビクリと身を震わせる。
  
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