電子妖精セイレーン

変異(6)


 −− 妖品店『ミレーヌ』 −−

 奇怪な雰囲気が漂う店の一角で、ミスティがスーチャンに説教をしている。

 「いーい♪ スーチャン。 もうあのサイトのアクセスしちゃいけませんよ♪」  

 「はーい。 アクセスしません」

 「それでよろしい♪」

 「ログオンしまーす」

 「駄目でしょう!!」

 二人は延々とこんな会話を続けていた。 少し離れたところでエミと麻美、そして店主のミレーヌがその様子を見守っていた。

 「スーチャンも粘るわね」 エミが呟く。

 「そのサイトに繋がっていた時、スーチャンはそんなに『ヤバイ』雰囲気だったの?」麻美が尋ねた。

 「身動き一つせずに座っていたわ。 眼を閉じていれば寝ていると思ったかもしれなわ。 でも目を見開いたままだったから、かなり異様に見えたわ」

 エミは言葉を切り、ミレーヌに視線で問いかけた。 ミレーヌは小首をかしげ、小さな声で話し始めた。

 「……確実なことは言えませんが……『スーチャン』は何かに乗り移られたのかもしれません……」

 「乗り移る? 幽霊か何かに?」 エミが問い返す。

 「……ええ……『スーチャン』や『スライムタンズ』のボディは……『魂』の入れ物として作られたもの……そこに、『魔法』で作り出した『魂』を入れ、使い魔

としているのです……」

 「へぇぇ」 感心してみせる麻美に、ミレーヌが冷たい視線を投げかけた。

 「……教えたはずですが……」 ミレーヌが冷たい声で言う。

 「……忘れました……」 首をすくめる麻美。

 エミはスーチャンに視線を向けた。 今は仮面をつけているので、顔は普通の女の子に見えるが、首から下は緑色の半透明のボディが見えている。

 「乗り移られると? 今回みたいに『フリーズ』状態になると?」 エミが尋ねた。

 「……ええ……複数の魂を収めることが出来るボディではありませんから、機能不全を起こします……ただ、いつも同じ状態になるとは限りません……」

 ミレーヌの回答をエミは頭の中でかみ砕く。

 「その『機能不全』は、スーチャンに害を及ぼすことがあるの?」 エミは声を潜めて聞いた。

 「……はい……最悪の場合、二度と目覚めないでしょう……」

 ミレーヌの回答に、麻美が息を呑んだ。

 「ミスティは? 知っているの?」

 「……もちろん……」

 「慌てるわけだ」 エミは息を吐き、まだ話を続けているミスティとスーチャンに視線を向けた。

 
 「駄目ったら駄目です」

 「……んー……どして?」
 

 「……ただ……」 ミレーヌが呟いた。

 「『ただ』、何?」

 「……スーチャンの反応を見る限りでは、『乗り移られた』というほどではありません……」

 「というと?」 エミが首をかしげた。

 「……そう……何かが乗り移ろうとして『入りかけた』ぐらいでしょうか……」

 ミレーヌの言葉に、麻美が途方に暮れ、エミは眉間にしわを寄せる。

 「それは……量的なことを言おうとしているの? 乗り移ってきたのが、『魂』丸ごとじゃなくて、一部だけとか」

 「はぁ?」

 麻美が間抜けな声を上げる。 しかし、ミレーヌは迷いながらも頷いた。

 「……その言い方が近いかと……普通の魂を1とすると、その1/10ぐらいの何か。 それがスーチャンに乗り移ったように思われます……」

 ミレーヌの言葉に、今度こそ麻美は途方に暮れ、エミは額に手を当ててミレーヌの言葉を理解しようと努める。

 「その1/10の魂とはどういうものなの? 例えば誰かの記憶とか、意識の一部とか、そういう事?」

 「……そこまでは……しかし……」

 「なに?」

 「……それがなんであれ、今はスーチャンの中にいません……」

 「そうなの?」

 「……はい……つまり……『それ』はスーチャンの体の中に入り、スーチャンの魂としばらく同居していた……」

 「?」

 「……感覚的には、乗り移ったと言うより『訪問』、または『遊びに来た』と言うのが近いでしょうか……」

 「……」

 とうとうエミも黙り込んでしまった。 ミレーヌの説明は、使い魔を作る技術を持たないエミには理解の及ばない世界の事であったから。

 「結論から言うと、今回の事で『スーチャンに害は及んでいない』でいいのかしら?」

 「……はい……」

 「でも次があれば、保証はできない?」

 「……その通りです。 なにが起こったのか、判りませんから……」

 エミは腕組みをして、しばらく考えていた。 そして、顔を上げるとスーチャンとミスティに歩み寄り、二人の会話に割って入った

 「スーチャン、貴女がアクセスしたサイトのURL、私に教えてくれるかしら?」

 「ん? いーけど……」 戸惑った様子で応えるスーチャン。

 「べつにスマホを取り上げたりしないから」

 そう言うと、スーチャンのスマホに表示されたURLを、自分のスマホに写し取る。 すぐにかけるのかと思いきや、エミはスマホをしまった。

 「どーすんの〜?」

 「サイトがどこにあるのか、調べてみようと思ってね」

 「そーお? 頑張ってね〜♪」

 気が抜けそうなミスティの声を背に、エミは妖品店を後にした。

 
 −−1時間後−−

 エミは喫茶店で待ち合わせをしていた。

 「よ、待ったか」

 「2分ほど」

 「相変わらず細かいね」

 エミの前に座ったのは、所轄の酔天宮署の川上刑事だった。 彼とエミは、近所で続発した事件を通じて面識があり、何よりエミの正体を知っていた。

 「それで、何か用かい?」

 「ちょっと調べて欲しいことが……このサイトなんだけど」

 エミは川上にURLを見せた。

 「確か、中堅のレンタルサーバ業者じゃなかったっけ。 個人か団体が、ここのサーバをレンタルしてもらいサイトを開設してるんだろう」

 「そこまでは、私にもわかるは。 相談したいのは、ここを誰が開いているか、調べる方法はないかしら」

 川上は難しい顔をした。

 「業者に問い合わせて教えてもらうしかないが……このサイトに問題がない限り、まず教えてくれないだろうな」

 「問題はあるの」

 「どんな?」

 エミは口ごもり、テーブルに目を落とした。 それから顔を上げて話始める。

 「知り合いの……妹がこのサイトにアクセスしたの」

 「ふんふん」

 「そうしたら、意識不明になったわ」

 「……え?」 川上は目を剥いた。

 「大変じゃないか!! すぐ病院につれていかないと!」

 「幸い、すぐに意識を回復したわ」

 「いや、念のため病院に連れていくべきだ」 川上は険しい顔で言った。

 「そうすべきだと判っているけど、先立つものがないのよ。 知ってる? 保険がないと検査だけでも凄いお金がかかるのよ」

 「し、しかしだなぁ……」

 まだ何か言いたげな川上にエミは微笑んで見せた。 顔を赤らめる川上に向かって、エミは相談を続ける。

 「その子のことは任せて。 それより、問題のサイトの方」

 「うん……そんな問題があるなら……いや待てよ、その妹さんはサイトにアクセスして意識不明になったのか?」

 「ええ」

 「何をどうすると、サイトにアクセスしただけで、女の子が意識不明になるんだ?」

 「そう、それ。 それを調べて欲しいの」

 「ええっ? お、僕が?」

 「そう」

 エミは、川上の手を握った。

 「お・ね・が・い・」

 川上は思いっきり渋い顔になった。

 「なぁ、普通に警察に行って被害届を出せないのか?」

 「無理よ。 意識不明になったといっても、証拠も診断書もなし。 それに警察にはあまりお世話になりたくないし」

 「それで僕に頼ってりゃ世話ないよ」

 川上刑事は盛大にため息をついた。
 
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