電子妖精セイレーン

変異(3)


 スーチャンは、『セイレーン』の姿をあたらめて観察した。 年は自分と同じぐらいだろう。 しかしいきなり泣き出すところなどは、自分より幼く感じられる。

 (ハムちゃん達より幼いかも……)

 スーチャンは年上としてふるまおうと考え、エミやミレーヌが自分に接するときの言葉や態度を思い浮かべる。

 『えーとね……スーチャンはスライム少女なんだよ』

 『セイレーン』はキョトンとした顔でスーチャンを見ている。

 『すらいむしょーじょ?……よく判んない』

 『こうドロドロドロ……って』

 『どろどろ……あーっ、判った! ひゅーどろどろどろ……』

 『それは幽霊……『セイレーン』ちゃんって、ほんとに子供? スーチャンより賢そうだけど?』

 『うん、ボクらはコンピュータから知識を持って来れるんだ。 だから賢いんだよ』

 えっへんと、ない胸を張る『セイレーン』。 スーチャンは言葉での説明をあきらめ、自分の体で説明を試みることにした。

 『今からお面を取るよ。 いい? びっくりしないでね』

 『う、うん……』

 不安そうな『セイレーン』の前で、スーチャンはお面を外し、再びスライム少女の地顔をさらした。 『セイレーン』は、今度は泣き出さなかったが、不安と

興味が入り混じった表情になる。

 『ホラ、怖クナイカラ』

 スーチャンは、『セイレーン』の手を取り、自分の顔に触らせた。

 『ドンナフウ?』

 『んー……ちょっと冷たくて……ヌルっとしてる?』

 スーチャンは頷いてお面をつけると、今度は手を差し出した。 『セイレーン』の視線が、半透明の緑色の手に注がれる。

 『スーちゃんの様なスライム少女は、自分の形が変えられるんだ。 やってみせるよ、いい?』

 『うん……』

 『セイレーン』が頷くのを確認したスーチャンは、手をモミの木の葉っぱの様に変えてみせた。

 『わ……わわっ! 大変だあ! スーチャンの手が木の葉っぱに!』

 騒ぎ出した『セイレーン』を、スーチャンが慌てて宥める。

 『大丈夫だよ、ほら』

 スーチャンが手を元に戻すと、『セイレーン』が落ち着きを取り戻した。 しかし、よほどびっくりしたのか、ペタンと床に座り込込み、窓に寄りかかる。

 (んー……知らないことを見るとパニくるのかなぁ)

 スーチャンは、エミから色々なことを教えてもらった時のことを思い出す。

 (確か……たとえとか、実例とか……相手が知っていることに置き換えるとか……)

 『『セイレーン』ちゃんはテレビとか映画とか見たことないかな?』

 『映画?……映画……スクリーンや受像機に表示される、フィクションやドキュメンタリの画像を見る娯楽のこと?』

 『え……そ、そう……その中で……確か……そう「マクドナルドが危ない」とか知らない? 赤くてドロドロしたのが出てくる……』

 『「マクドナルド」……ハンバーガ?』

 『違った……マック……マッキン……マックイーンだっけ』

 『……邦題「マックイーンの絶対の危機」?』

 『ああ、それそれ』

 『……んー……「アメーバ」?』

 『セイレーン』が窓に寄りかかってブツブツと呟くようスーチャンに応えている。 スーチャンは、彼女がときどき窓の外に目をやるのに気が付いた。

 『外に誰かいるの?』

 スーチャンも窓すら外を見てみた。 白い部屋の窓から見えるのは、青い空と緑の草原で、それ以外は見えない。 スーチャンは首をかしげながら窓を

開け、何の気なしに下を見た。

 『えへへ、見つかっちゃった』

 『あれ?『セイレーン』ちゃん?』

 振り返ると、部屋の中にはもう一人の『セイレーン』がいる。 その『セイレーン』が口を開いた。

 『ボクらは一人じゃないんだ。 ボクはスーチャンの相手をする『セイレーン』そした……』

 『ボクはコンピュータから情報を取って、中の『セイレーン』に教える『セイレーン』だよ』

 『へぇ……スライムタンズお姉ちゃんみたい』 スーチャンが感心したように言う。

 『誰なの? 「スライムタンズお姉ちゃん」って』

 『スーチャンのお姉ちゃん。 合体すると1人だけど、分裂すると11人になるんだよ』

 『へー……そのお姉ちゃんもスライムなんだ』 今度は『セイレーン』感心する。

 『うん、それでね……』

 スーチャンは2人に増えた『セイレーン』ズと会話を続け、なんとかスライム少女について『セイレーン』ズに説明できた。 そして自分の体を使い、どんな

ことが出来るか実演して見せた。

 ドロドロドロ……

 頭を残し、体が溶け崩れて床に広がる。 ネバネバのスーチャンの体を、最初はこわごわと触っていた『セイレーン』ズだったが、慣れて平気になって

くると、粘土細工みたいにこねたりし始めた。

 『あいたっ。 駄目だよ、そんな乱暴に扱っちゃ』

 『駄目なの?』『駄目なんだ』

 『そんなことしちゃ痛いでしょ』

 『痛いの』『痛いんだ』

 スーチャンは、年下の子供たちに遊び方を教えるお姉さんみたいに、これはだめ、もっと優しくなどと色々と教える。

 (コンピュータとか変なことはよく知っているのに、知らないことも多いんだ)

 ドロドロの形から、人の形へとスーチャンは体を戻した。

 『おー』『おぉ』

 『セイレーン』ズは感心した様子で、パチパチと拍手する。

 『ね、それどうやるの』『教えて』

 『え? どうやってて……スーチャン最初からできたけど……教えてって言っても……』

 『教えて教えて教えて』

 『セイレーン』ズが迫って来て、スーチャンは後ずさりした。

 『仕方ないなぁ……スーチャンはね、こう体の力を抜いて』

 『ふんふん……』

 『ふわーっと床に広がるような感じで……』

 『こう?』『こうかな』

 『セイレーン』ズは両手を広げて、床に這いつくばった。 が、それだけだ。

 『できない……』『できなぃぃ』

 バンバンと床を叩く『セイレーン』ズに、スーチャンは困った顔になる。

 『んー……練習すればできるように……』

 『なるの?』『なるの!?』

 『なるかも……』

 声を絞りだすスーチャン。 と、その時だった。 部屋の中にミスティとエミの声が響いてきた。

 ”スーチャン!? しっかりして!!”

 ”ミスティ。 ミレーヌにみてもらうのが良いと思うわ”

 『あ、ミスティだ……ね、帰りたいんだけど』

 スーチャンが言うと『セイレーン』ズは不満げな顔になった。

 『また、遊びに来るから』

 『きっときてね』『きっとだよ』

 『うん。 約束する』

 『わかった』『じゃあ、バイバイ』

 『セイレーン』ズがそう言うと、スーチャンの周りの景色があいまいになっていく。 スーチャンは眠くなるような、それでいて目が覚めていく様な、奇妙な

感じにとらわれた。

 
 ”スーチャン!? スーチャン!!」

 「……ミスティ?」

 スーチャンは、自分がミスティに抱きかかえられていることに気が付いた。 ミスティの向かいにエミが座り、スマホを握りしめている。

 「おはよう」

 ミスティとエミの表情が強張った。 安堵と怒りがないまぜになったような表情だ。 ミスティの手がすっと高く伸びた。

 (ぶたれる)

 スーチャンは身を固くし、目を閉じた。 しかしミスティは手を下ろし、スーチャンを抱きしめて呟く。

 「よかった……」

 「……」

 二人を見ていたエミは、大きく息を吐き、その場に座りなおした。

 「取りあえずはよかったわね。 スーチャン、貴女は目を開けたままそこに横たわっていたのよ。 ミスティが呼びかけても反応もしない。 それで私が

呼ばれて……」

 「呼びかけているうちに、スーチャンが目を覚ました……」

 ミスティが後をつづけた。 いつものお気楽な調子が影を潜め、深刻な表情をしている。

 「何があったの? 話して」

 「……んーとね……」

 
 『できない』『できないね』

 モソ……モソモソモゾモゾ……グチャ!!

 『できた!!』

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