電子妖精セイレーン

変異(2)


 「それで?君はこの子たちと遊んであげていただけだと?」

 中年の巡査が太鼓腹に質問し、ひきつった顔の太鼓腹が勢いよく首を縦に振る。

 「ぼ、僕はこの子たちと、そのお鬼ごっこをしていただけで……」

 「そうですか……ああ、山野辺警部補。 ちよっとこちらに」

 『山野辺警部補』と呼ばれたのは、小太りの私服警官だった。 彼は、ハムスター幼女達を庇うように立っているエミとなにやら話していたが、中年の

巡査によばれ、そちらに歩み寄る。

 「なんだって?」

 「『鬼ごっこをで遊んであげていた』と供述しています」

 「そうかい」

 山野辺警部補は、おどおどした様子の太鼓腹と、ハムスター幼女達に話しかけているエミを交互に見た。

 「通報してきたのは? 近所の人?」

 「は、公園に隣接した民家の住人で『若い男が女の子を追いかけまわしている』と」

 「ふーむ」

 山野辺警部補は頭をがりがりとかきむしり、太鼓腹に近づいた。

 「君。 あの子たちと知り合い?」

 「い、いいえ……でも……」

 「あ、いや。 確認したかっただけだよ。 あの子たちは『ゾンビのお兄ちゃんと遊んでた』と言ってるしね。 まぁ、そのゾンビの真似が、ちっとばかし真に

迫りすぎてたんで、うちに通報が来たみたいなんだ。 念のため、氏名と住所、教えたもらえるかな」

 「あ、はい……学生証は……」

 「学生さん? マジステール大学の?」

 「は、はい」

 山野辺警部補は、太鼓腹の学生証をあらためると、巡査に後を任せて自分はエミの方に歩いて行った。

 「よう。 その子たちはお前さんの?」

 「いえ、知り合いの子供たちです。 今日は私が代理で引き取りに来ました」

 「あ、そう……」

 山野辺警部補は、エミとハムスター幼女達を交互に見た。

 「お前さんの知り合いか……明日でいいから、署の方に来てもらえるか? 書類つくらなきゃならんのでな」

 「仕方ないですね」

 エミはそっとため息をつき、ハムスター幼女達を促して公園を後にする。

 
 「こんにちわ」

 ハムスター幼女達を連れたエミは、妖品店ミレーヌへとやってきた。 中ではミレーヌと麻美が顔を見合わせている。

 「……ご苦労様です……」

 「その、ごめんなさい」

 ミレーヌと麻美がエミに声をかける。 エミは口を開きかけたが、何も言わずにカウンター前に置かれた椅子に腰かけた。

 「本当に、ごめんなさい」

 もう一度が謝罪した麻美にエミは微笑を返した。

 「謝られるようなことじゃないわ。 面倒ごとには違いないけど、あの子たちが悪いわけじゃない。 ちょっと変な学生が、あの子たちと遊んであげていた。 

それを誰か、おせっかいな人が警察に通報した。 それだけよ。 それよりスーチャンは? 流石にあの子を警官に会せるわけにはいかないから、先に

帰らせたんだけど」

 「ミスティのアパートに戻ったって聞いてるわ」

 「そう……私は明日警察に呼ばれているから」

 「け、警察!?」 麻美が声を上げた。

 「大丈夫よ。 ちょっとして行き違いで通報が警察に行っただけだし、こちらが何かしたわけじゃないから」

 「……お願いします……」 ミレーヌが深々と頭を下げる。

 「ええ。 麻美さん、ハムちゃんたちは任せるわ。 私はちょっとミスティの処ところに行ってくるから」

 「スーチャンに会うの?」

 「ええ、公園で何があったか、ちゃんと聞いておかないといけないから」

 そう言いのこし、エミは妖品店を後にした。

 
 「んー……」

 スーチャンは部屋の中で唸っていた。 公園でハムスター幼女達と一緒になって、ゾンビ太鼓腹と鬼ごっこをしていたのだが、エミがすっ飛んできて帰る

様に言われたのだ。 スーチャンはミスティの使い魔だったが、エミの命令には従う様に言われおり、彼女に命じられた通りご主人さまのミスティのアパートに

帰ってきたのだった。

 「ミスティいなーい……」

 エミに帰れと命じられたので、ミスティかエミから次の指示がないとスーチャン部屋から出られない。 仕方なくスマホをいじっている。 この辺りはそこらの

子供とやることは変わらない。

 「……そだ。 スマホの女の子」

 スーチャンは、公園にいた太鼓腹のスマホに映し出された女の子の事を思い出した。 写し取ったURLにアクセスしてみる。

 「……お」

 ”ハァーイ♪ あれ? 女の子?”

 「おー、女の子だ。 スーチャンはね『スーチャン』って言うんだよ」

 スーチャンは、スマホに映った『セイレーン』に自己紹介する。

 ”……ああ、Process18562が会った子なんだ……”

 「"Process18562"? 何?それ?」

 ”んーボクらのPIDだよ。 それより、ね、遊ぼうよ”

 「うん。 何して遊ぶ?」

 ”まず、ヘッドセットつけて。 そして歌を聞いて”

 「ヘッドセット?……これ?」

 スーチャンは、ミスティのヘッドホンを持ってきて、スマホに映っている『セイレーン』に見せる。

 ”そうそれ。 それを繋いで、頭にかけて”

 「こう?」

 スーチャンはヘッドホンをつけて見せた。

 ”そう、それでいいよ……じゃあ……♪♪♪♪♪♪”

 「わにゃ!?」

 『セイレーン』の『歌』がヘッドホンから流れ出し、スーチャンの頭を満たす。 スーチャンは意識が遠のいていくのを感じた……

 
 『ありゃ?』

 スーチャンは、見慣れない部屋にいる自分に気が付いた。 窓が一つある小部屋で、壁、床、天井はすべて薄緑色だ。 部屋の中を見回していると、窓に

『セイレーン』が現れた。

 『やぁ……あれ、緑色?』

 『あゃ、スマホっ子だぁ』

 『スマホっ子ってボクのこと? ボクらは『セイレーン』て言うんだ』

 『『セイレーン』ちゃん?』

 『そ。 じゃ、お邪魔するね』

 そう言って、『セイレーン』は窓から部屋の中に入って来ると、スーチャンの前に座り、彼女をじろじろと見る。

 『『スーチャン』って変わってるね。 顔以外は緑色なんだ。 絵具かなにか塗ってるの?』

 『うんうん? こっちがほんとの色だよ……ホラ』

 『スーチャン』は顔からお面を外した。 スーチャンは元来スライム状の使い魔で、その体は半透明の緑色をしている。 普段は人間に見える様に魔法の

お面をつけているが、面を外すと体同様、緑色の半透明の顔が現れる。 それを見た『セイレーン』は目を丸くし、固まってしまった。 そして……

 『……ビェーン!!!』

 『セイレーン』は大きな声で泣き出してしまった。 このリアクションにスーチャンが慌てる。

 『アアアア、ゴメン、ナカナイデ……ほら』

 お面をつけなおし、『セイレーン』を宥める。 スーチャンがお面をつけると『セイレーン』はぴたりと泣き止んだ。

 『あれ? へー……』

 興味深そうにスーチャンの顔を覗き込んでくる。 切り替わりの速さに戸惑いながら、スーチャンはにっこり笑って見せた。

 『あはは。 笑った! スーチャンが笑った!』

 何が嬉しいのか、スーチャンの笑顔を見た『セイレーン』がきゃっきやっと喜んでいる。

 『あははは……』

 ひきつり気味に笑い返しながら、スーチャンは『セイレーン』って、いったいどういう子はなんだろうと考えていた。

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