電子妖精セイレーン

成長(1)


 太鼓腹がセイレーンをネットに接続してから1か月後……

 マジステール大学近くには、学生向け賃貸しアパートが点在している。。 大学の一日が終われば、学生たちは勉学意欲に燃えてアパートに戻り、

その日の講義について真剣に討議し合う……といいなぁと、大学の教授たちは思っていた。


 さて、そんなアパートの一つに、大学に在籍する学生の一人が戻ってきた。 照明をつけると、布団も寝間着も散らかし放題の部屋が目に入る。

 「さて……と」

 青年は机の前に座り、ノートPCを開いた。 1分ほどで青い画面に目玉のイラストが現れ、顔認証が始まり……『認証できませんでした。 コードを……』と

表示される。

 「またかよ」

 ぶつぶつ言いながらキーボードでコードを打ち込むと、ようやくアイコンだらけのデスクトップ画面が表示された。

 「整理しないと……」

 呟きながら左上のブラウザアイコンをクリックして、ブラウザを表示した。

 「さーて……何が出るかな」

 青年はスマホを取り出して、なにやら探しだした。 目的のモノを見つけ、画面を拡大する。

 「まーったく直接アドレスを送りゃいいものを、なんでメモ画像を送りつけるかな、あいつは」

 メモ画像に書かれたURLを、ポチポチと言う感じで入力する。 どうやら、友人から教えてもらった怪しいサイトにアクセスしようとしているらしかった。

 「……これで間違いないか……」

 青年は、メモ画像を送ってきた友人のメール本文をちらりと見た。

 『ここ、面白いモノが見れるぞ』

 「……変なサイトへの誘導だったら怒るぞ」

 リターンキーを押す。

 ……

 …………

 ………………

 …………………… クスッ

 「ん?」

 …………………… クスクスッ

 「な、なんだ?」

 ブラウザの画面には何も出ず、真っ白なままだ。 ただ、ノートPCから微かに笑い声が聞こえる。

 「やっぱ……やばくね?」

 青年はブラウザを閉じようと、マウスを動かした。

 ”あん、ちょっと待ってよ”

 「おおっ?」

 はっきりとした声が聞こえた。 女の声だ。

 「だ、だれ?」

 『わたしよ……わ・た・し……』

 白いままのブラウザの画面に、若い女の子の顔が映し出された。 どうやら、それが声の主らしい。

 「……なんだい? これは?」

 ちょっと見にはビデオチャットの画面のように見えた。 しかし、女の子の背景は真っ白で、何より女の子の耳が尖っている。

 「CGかよ……」

 『んふ……まぁCGと言えばCGね……』

 ニコッと女の子が笑った。

 (CGにしては、妙に生々しいなぁ……でも声は人間だな。 ここまで自然な声は作れないよな)

 青年は、CGの女の子に話しかけてみた。

 「これはなんなんだ? 有料のビデオチャット・サービスか?」

 『そんなんいじゃないわ。 それより、貴方のこと聞かせて』

 「え? お、おれの事?」

 『そう、好みのタイプとか、好きな事とか……やっぱりあれ? Hな事?』

 「あー、うん。 まぁね」

 青年はあいまいに答えながら、心の中で舌打ちした。

 (こりゃ、あれだな。 あとからメールで使用料請求するアダルトチャットか、さもなきゃセミナーの会員募集とか……)

 「好みのタイプとか……グラマーな金髪美人なら大歓迎だけど……」

 『ふーん……こんな感じ?』

 画面の女の子がそう言うと、彼女の髪が金色になり、顔しか映っていなかったのがバストショットに切り替わる。 女の子は赤いワンピースを着ていたが、

その胸がはち切れそうに膨らんでいる。

 「え?……へぇ、こちらの希望でCGが変わるのか……随分と手が込んでるな」

 青年は素直に感心した。

 『どう?』

 「そうだな……目が青で、もうちょっと大きくて……」

 ものは試しと、青年はこまごました要求を女の子に伝えた。 驚いたことに、彼の要望を受けて女の子の姿がリアルタイムで変化していく。

 「おお、俺の好みにぴったり」

 画面の中の女の子は、彼が伝えた通りの姿に変わっていた……ただ耳は尖ったままだったが。

 「面白いサービスだなこれ。 それで? 次は何を見せてくれるんだ?」

 『歌を聞かせてあげるわ』

 「歌?」

 青年が女の子の言葉に戸惑っていると、女の子がニッコリと笑って続ける。

 『そう、歌。 ヘッドホンをつけてくれる?』

 「ヘッドホン? まぁいいけど……」

 机の脇に下げていたヘッドホンを取り上げ、頭からかぶる。

 「VRゴーグルは?」

 『そんなものいらないわ……うふふ……』

 女の子は意味ありげに笑うと、画面の中でくるりと身をひるがえした。

 『じゃあ……聞いて……歌を……』

 女の子が口を開き、ヘッドホンから『歌』が流れ出した。


 「……!?」

 それは『歌』なのだろうか……ヘッドホンから流れ出してくる音は、水の様に濃密で、電気の様に彼を痺れさせる。

 (なんだ!?……)

 振動が鼓膜を通り抜け、脳を揺さぶる。 体が動かなくなり、目で見ているものが意味をなさなくなる。

 くうっ……

 漏らした呻きが、他人の声の様だ……


 ……

 …………

 ………………

 『うふふふ……』

 「え……あれ?」

 耳元の笑い声に青年は我に返った……つもりだった。

 「……こ、ここは!?」

 彼は、真っ白い部屋の中にいた。 部屋は真四角で、窓も、扉もなかった、そして……

 『来ちゃった……』

 「き、君!?」

 あの赤いワンピースの女の子。 彼女が目の前にいた。

 「ここは? ここはどこ?」

 戸惑い、辺りを見回す青年に、赤いワンピースの金髪の少女が抱き着いてきた。

 「き、きみ?」

 『ね? しよう?』

 「し、しようって……」

 『好きなんでしょ? 気持ちいいこと……』

 女の子は、彼をゆっくりと押し倒した。 白い部屋の床は柔らかく彼を受け止める。

 「こ、これは? 夢なのか?」

 戸惑う青年に、女の子が囁く。

 『好きにしていいの、貴方が喜んで、気持ちよくなってくれると、私もうれしいの』

 青年は女の子の方を見た。 彼女の声は、脳に沁みとおる様だった。

 『さぁ……しよう』

 そう言われると、女の子としたいと気持ちで頭が満たされていく。 青年は、女の子が自分に跨ってくるのを受け止め、その胸に手を這わせた。

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