電子妖精セイレーン
誕生(4)
琴博士と院生たちは、しばらくの間『セイレーン』に話しかけてはその反応を観察した。 最初のあいだは、笑ったり怒ったりと表情を変えて反応していた
『セイレーン』だったが、次第に表情が変わらなくなり、口数も減ってきた。
「先生どうしたんでしょう」
「うーむ……記録を見せてくれるか?」
琴博士と院生たちは、『セイレーン』への質問、かけた言葉と反応の結果について討議を始めた。 ディスプレイに映る『セイレーン』はそんな彼らを
つまらなそうに見ている。
「あれ? なんか『セイレーン』ちゃんがつまらなさそうだなぁ」
院生の横笛は、『セイレーン』のコンソールの前に座り、『セイレーン』に話しかけた。
「やぁ、調子はどうだい」
”……別に” ぶすっとした顔で『セイレーン』が答えた。
「先生。 『セイレーン』ちゃんが……退屈してるみたいですよ?」
横笛がそう言うと、プリントアウトの束と格闘してい琴博士はる、振り向きもせずに答える。
「んー…退屈しているなら歌でも歌え……」
「はぁ……歌ですか?……」
コンソールに向き直った横笛は、『セイレーン』の耳にあたるマイクを取り上げ、鼻歌交じりで歌い始めた。
「ぽっぽっぽっ〜♪ はとポッポ♪」
”……!?……きゃはははははははは!!”
突然大音量で『セイレーン』が笑い出し、分析に熱中していた琴博士と院生たちが驚いて振り返った。
「な、なんだ」
「横笛君! 何をしたのかね!?」
詰問する琴博士に、横笛はあわてて答える。
「ぼ、僕は何も。 先生の言われた通り、歌を聞かせてあげただけで……」
「歌?」
琴博士は怪訝な表情で横笛と『セイレーン』を交互に見た。 『セイレーン』はさっきまでの無表情から一転、目をキラキラさせてこっちを見ている。
「どんな歌だね?」
「はい。 ぽっぽっぽっ〜♪ はとポッポ♪……」
”きゃはははははははは!!”
再び笑い出す『セイレーン』。 それを見てあっけにとられる院生たち。
「なんなんだ」
「ツボにはまったのか?」
呟く院生たちをよそに、琴博士は腕組みをして考え込んでいる。 そして、やおらマイクを取り上げ、歌い出した。
「さ〜けはの〜めの〜め」
”きゃはっ? きゃはっ!”
「お、また笑った」
「でもいまいち受けが良くないな」
琴博士は歌を止め、少し考えこむと、別の歌を歌い出した。
「こんにちわ、赤ちゃん〜」
”きゃはははははははは!!”
再び大声で笑いだす『セイレーン』。
「受けた……のか?」
「先生?」
「これは……驚いたな」
琴博士は驚愕の表情で皆に振り返った。
「信じがたい事だが……『セイレーン』には自律した感情があるようだ……」
「はい?」
院生たちが戸惑った表情を見せる。
「それは判っていたことなのでは? だって僕たちの表情を笑顔と判定して……」
「反応していたんでしょう?」
琴博士は難しい顔になり、腕組みをしてうろうろと歩き始めた、そして言葉を選びながら自分の考えを口にする。
「さっきまでは『セイレーン』が人の表情を読み取り、そのフィードバックとして言葉を発していると考えていた。 『笑顔』を見て『感謝の言葉』返す……」
院生を代表して横笛がこたえる。
「それが、感情があるということではないのですか?」
「そうではない。 それはあくまでもIUPUTから導かれたOUTPUTで、電卓のボタンを叩いて答えが表示されるのと変わらない」
「はぁ」
「これは時間と手間さえかければ今のAI、いやパソコンにすら可能だ…… しかし、その『時間』と『手間』にかかるコストが膨大になるので『セイレーン』を
開発し…… いや、今問題にしているのはそう言うことではない!」
琴博士は机をたたいた。
「さっき『セイレーン』は横笛君の詩に反応して笑った!」
「そうですが?」
「その場合INPUTに対するOUTPUTはなんだ?」
「INPUTが歌ですから、笑い声がOUTPUT…… いやまてよ?」
横笛院生と何人かが考え込む風になった。
「笑い声は自己の感情の発露……だとしたら……あの歌を『楽しい』と感じた……『セイレーン』が?」
横笛院生の顔に、驚きの表情が浮かんできた。 が、半数の院生はそれがどうしたという顔をしている。
「考えすぎではないですか?」
「そうですよ。 我々の質問に対して応答していたように、歌に対して笑い声を返したのかも、機械的に」
院生たちの意見に琴博士が頷いた。
「そうかもしれん。 いや、そうであってほしいものだ」
「?」
浮かない表情の琴博士に院生たちが首を傾げた。
「先生はどうしたんでしょうね……?」
横笛がそう言って鉦助手を振り返り、首を傾げた。 鉦助手も琴博士同様に浮かない表情だったからだ。
「とにかくだ、『セイレーン』は予想以上の反応を示している。 実験には慎重を期さねばならん」 琴博士が言った。
「はい」院生たちが頷く。
「まずは『歌』に対する反応を確かめてみよう。 みなでいろいろと歌を聞かせてあげ……いや歌を入力してみよう」
「はぁ?」
院生たちが面食らったような表情になったが、琴博士は構わず続けた。
「あまり過激な歌詞の歌は良くないな……」
「先生。 童謡が良いのでは? それてテンポの緩いクラシックとか」 鉦助手が助言した。
「そうだな、それが良いだろう…… 君達、よく聞いてくれ。 『セイレーン』の扱いには注意して……そう『赤ちゃん』を扱うつもりで接するように」
「あ、赤ちゃんですか?」
「まぁ、生まれたばかりなわけだし……そうするとあの顔は大人っぽすぎるな」
院生の一人、太鼓腹がコンソールを操作する。 すると、『セイレーン』の顔がみるみる若くなっていき、5歳ぐらいの女の子の顔になった。
「赤ん坊じゃないぞ」
「ボーカロイドだぞ。 赤ん坊の顔が用意してあるもんか」
わいわい言う院生たちを横目に、琴博士はディスプレイに映る『セイレーン』の顔へ視線を移す。
「……」
「先生じゃ早速」横笛がマイクを取り上げる。
「ん? あ、ああ頼む。 いいかね。 これは実験だ、歌った歌の内容と『セイレーン』の反応は細大漏らさず記録するように」
『はい』
院生たちが頷き、横笛が童謡を歌い始めた。
「お〜たまじゃくしはかえるのこ〜♪」
”……きやはっ……きゃはははははははは!!”
「おお反応がいい……「これは『教育』しがいがあるなぁ」 太鼓腹が軽口をたたく。
「きょ、教育?」
なぜか太鼓腹の軽口に鉦助手がぎょっとしたようだった。
−−数日後−−
「喉がかれちまったよ」
「右に同じ」
「それになぁ……」
院生たちは浮かない表情だった。 彼らは琴博士の指示に従い、入れ替わりで歌を歌い、クラシックのCDをかけ、『セイレーン』に聞かせていた。 最初の
内こそ面白半分ではあるが、意欲的に取り組んでいたのだが……
”ねぇねぇ……ジャジャジャジャーンってなに?”
「そ、それはね『セイレーン』ちゃん。 かのベートベン先生がだねぇ……」
幼女になった『セイレーン』は、中身まで幼な子になったのかのように、歌についての質問を連発するようになったのだ。
「最初こそ、『凄ぇ!』と思ったけど……」
「これじゃあ、本物の子供の相手をしてるみたいだ……」
歌を歌わされ、その後質問攻めにしてくる『セイレーン』の相手にかかりきりになり、院生たちはうんざりしていた。
「そうだ、いいことがある」太鼓腹が言った。
「なんだよ」
「『セイレーン』の記憶域のサーバをネットに直結して、『セイレーン』が自分で検索できるようにするんだ。 そうなりゃ、質問攻めから解放されるぞ」
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