電子妖精セイレーン

プロローグ(2)


 エミはクイっとコーヒーカップをあおり、残りのコーヒーを一気に飲み干した。 コーヒーの苦みを舌の奥に残したまま、支払いを済ませて表に出る。

 ヒタヒタヒタッ……

 背後に複数の足音が迫り、小さな声がした。

 「ソージューキ……」

 「(スライムタンズ)リーダーね、私についてきて」

 エミの背後に立った影が小さくうなずいた。 エミは振り返りもせずに、ハイヒールの靴音を響かせて夜の街へと姿を消し、いくつもの影がそれに続いた。 

先に店を出た川上刑事がそれを見送り、小さくため息を漏らす。

 「妙な女が出没するって噂に、間違いなくあいつらも一枚かんでいるんだろうな……」

 川上刑事が嘆くのも道理、エミは黒いテンガロンハットに黒いサテンのコート姿、『怪しい女』のステレオタイプそのもので、それ付き従う『影』がそっくり

おんなじ格好だったのだ。 そんな女が12人も一列になって歩いていくのだ。 通り過ぎる通行人が目を剥くか、顔を伏せて見て見ぬふりをするのも無理

からぬことだろう。

 「……帰るか」

 背中を見せて、川上刑事はその場を立ち去った。

 
 30分後、酔天宮公園。

 「全くでぇ! 研究成果がそんなん簡単に出るかってんだぁ」

 一人の酔っぱらいった中年男性が公園に足を踏み入れた。 目的は生理現象の解決だった。

 「ふいー」

 落書きだらけの公衆トイレで用を足した男は、手を洗って外に出た。

 シクシクシクシク……

 「ん?」

 どこからともなく泣き声がする……とよく見れば、滑り台に小さい女の子が座って手で顔を覆って泣いていた。

 「怪談……にしちゃありきたり……まさか児童虐待!?」

 酔いが一気にさめていくのを感じた彼は、恐る恐る女の子に近づき声をかける。

 「お嬢ちゃん、どうしたのかな? お母さんに怒られたのかな」

 女の子は顔を伏せたまま、ふるふると頭を横に振り、顔を上げた。

 「!!」

 男は凍り付いた。 女の子の体は少女なのに、彼女の顔が大人の女の顔だったからだ。 思わず後ずさる男の背後から、何者かがとびかかってきた。

 「おわぁ!?」

 「やーいひっかかったぁ!」

 「おじさん、遊んでぇ!」

 とびかかってきたのが、金髪の幼女達だと言うことに気が付く間もなく、男は押したおされていた。

 
 「この辺りに出没するって話だったけど……」

 エミは、辺りを見回しながら夜の住宅街を歩いていた。 そこに誰かの悲鳴が響いてきた。

 ……おわぁ!?

 「……遅かったか」

 額を抑えたエミは、声の方に駆け出し、同じ格好のスライムタンズが一列になってその後に続いた。

 
 ひゃははは! くすぐったい……

 「えいむいちゃえ!」

 「くすぐっちゃえ!」

 「きゃははは!」

 公園に駆け込んだエミが目にしたのは、地面に押し倒された男が、金髪の少女たちに押し倒され、服を向かれてくすぐられているという、頭の痛くなる

ような光景だった。

 「あんたたち、なにしてるの!」

 「え? あ、おねーちゃんだ!」

 「わーい、遊ぼ!」

 「遊ぼうじゃない! スライムタンズ。 この子たちを取り押さえて」

 「リョーカイ、ソージューキ」

 「コラコラ、ニゲルナ」

 エミに続いて公園に駆け込んできたスライムタンズが、男の上から金髪の少女たちを引きはがして捕まえた。 その間にエミは地面に倒れた男を助け

起こしていた。

 「な、なんなんだこの子らは! あんたの子か!?」

 「いえ違います。 違いますけどね、これには深いわけがありまして……この子たちは親を失い、国を追われて……」

 エミが口から出まかせで男をけむに巻いている間に、スライムタンズは金髪少女たちを全員取り押さえ、スライムタンズ・リーダーが滑り台に座っていた

少女、スライム少女のスーチャンを捕まえていた。

 「わーい、おねーちゃんズだ」

 「すーちゃん、コンナヨフケニナニシテル?」

 「聞くも涙の物語で……リーダ、その子たちを連れて帰って」

 男に話をしていたエミは、話の合間にスライムタンズ・リーダに指示を出した。 彼女はエミの言葉に頷き、スーチャンと金髪少女達を公園から連れ出して

去っていった。

 「おいおい……まったくもう」

 地面に押したれていた男は、ほこりを払って服装を整えるてエミに向き直った。

 「行くところがない女の子たちをあんたらが世話してるって? それにしたってなにもこんな夜中に遊ばせることもないだろうに」 「すみません。 でもあの

通り金髪の女の子たちなもので、人の目が気になって。 私たちがこういう商売なこともありまして」

 頭を下げるエミに、男もそれ以上文句は言えなくなった。

 「……そう言えば滑り台に座っていた子は大人の顔立ちだったようだが……まぁ、いろいろ事情もあるか」

 言いたいことを呑み込んだ男は、エミの連絡先を聞いた。

 「服を汚されたことは不問に付すが、夜の公園で騒ぎを起こしたんだ。 後でお互い面倒なことになっても困る。 一度連絡をもらえないか」

 「は、はい」

 やむを得ず、エミは携帯の電話番号を伝え、男はその番号にTELして彼女が着信することを確認した。

 「明日の夕方辺りで話をできないか?」

 「はい、連絡します」

 男はエミに軽く会釈をし、その場を去っていった。

 「ふぅ。 あんまり怒ってなかったようだし、悪い人じゃなさそうだれど……どう片をつけたものか」

 溜息を吐いたエミは、頭を掻きながら公園を後にした。

 
 −−20分後、妖品店ミレーヌ−−

 「あんたらねぇ……」

 怒りを隠しきれない様子で、麻美が金髪少女達を睨みつけている。 この金髪少女たちは、麻美の通う学校の保険教師が作り出した使い魔で、ゴールデン

・ハムスターを人間化した使い魔たちだった。

 「真夜中の公園でなにをやってるのよ!!」

 「お散歩」

 「うんお散歩お散歩」

 悪びれた様子もなく答える少女達に、麻美の額に青筋が浮かぶ。

 「あー、ハムスターは夜行性だし、毎日ケージから出して散歩させるそうだから……その習慣で遊びに出たのかもね」

 エミが解説を入れ、スーチャンへ視線を送る。

 「それで? スーチャンがなんで一緒に行動していたの?」

 「ハムちゃんずが『お散歩行く!』っていうから、勝手に行動させちゃいけないと思ったの」

 「それはそうだけど、貴方のご主人様はどうしたのよ?」

 スーチャンは、小悪魔ミスティの使い魔のスライム少女で、主人であるミスティの許可なしに行動できない……はずなのだが。

 「んーとね、『お外に行ってきます!』って言ったら『いってらっしゃーい』って言ってた」

 「ぐぅぅぅぅぅ」

 エミが頭を抱え、麻美は怒りに満ちた表情で固まっている。 そんな二人を見ながら、妖品店の主人ミレーヌがため息を吐いた。

 「……スーチャンの行動はミスティが管理すべきです……麻美さん、貴方はハムちゃんずの行動を管理なさい……」

 「わ、判ってますけど……」

 怒られていたはずのハムちゃんずは、説教に飽きたのか妖品店の中をあちこちうろついて、怪しげな古道具をおもちゃにしている。 「この子たちをどう

しろと?」

 途方に暮れた様子の麻美を見て、エミが助け舟をだす。

 「この子たちはもともとハムスターなんだから、ハムスターを飼育するつもりで世話しみたらどう?」

 「ハムスターのつもりで?」

 「そう、確かケージに入れて、回し車をつけて、餌をあげて散歩をさせる。 そんなところじゃなかったかしら」

 「えええー!! この子たちを檻に入れて飼うの!?」

 金髪少女が集団で檻に入れられ、飼育される光景を想像し、麻美は恐怖の声を上げた。

 「人型の時じゃないわよ。 貴方の使い魔たちは、人型と獣型を交互に繰り返すんでしょう? 獣型の時にきちんと世話をすれば、言うことをきくように

なるんじゃないの?」

 エミに言われて、麻美は納得した様だった。

 「なるほど! 動物を調教する要領でやればいいわけね」

 「そうその通り」

 得たりという感じのエミだったが、その背後でミレーヌがぼそりと呟いていた。

 「……策と言うものは、上手くいかない場合を想定すべきだと思いますが……それに、猫一匹調教できない麻美さんに、ハムスターの調教が出来るもの

でしょうか……」

 「できないんじゃないかとスーチャンは思うんだなぁ」

 ミレーヌの隣で、スーチャンがうんうんと頷いていた。
  
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