白い人魚

2:我々は信じられない物を目撃した


「なるほど、これが『光る海』というわけか…」
港を出て1昼夜、氷山が所々浮いていて、決して安全とはいえない海の真中にそれはあった。
遠くからは全くわからない、真上まできて初めて、海の中が半径100mほど淡い光で光っている事がわかった。
「む、下に何か光るものがあるようだ…いったいこれは…」

ここに来るまでに、船長から、この辺りでは魚があまり取れない事、そして遭難する船が異様に多い事を聞いた。
理由がわからないため、一種のタブー…というより皆近づかなくなったらしい。
もっとも、地元では人魚の話は有名ではなかった…
いや、怪しい生き物の目撃情報は飛び交っていたのだが、目撃した物体が人魚、飛ぶ鯨、クラーケン、シーサーペントなど海の怪物総出演という状況で…ようするに信用できる話ではなかったのだ…
教授の得た情報は、噂の1つに過ぎなかったようで、教授はがっかりしたが、目的地に着いてみると思ったより神秘的な雰囲気で、また探究心に火がついたようだ。
もっとも、目撃情報を入念に分析していれば、意外に早く正解にたどり着いたたも知れないが…

船に装備してある魚群探知機では、海底まで50m程度と出ている、かなり浅い。
コットン助手は水中カメラの準備を始めていた。
教授は、これから自分が行うであろう世紀の発見を想像して、興奮し、海に向かって演説を始めた。
「みよ、あの雄大な氷山を、ここは人間が支配している場所ではない!ここにならどのような神秘が見つかっても不思議ではな〜い!、そして私がその第一発見者としての栄誉を…」
船の反対側で、カメラをチェックしていたコットン助手が、突然声をあげた。
「教授、見てください!あそこに人魚らしきものがいます!」…人魚第一発見者・コットン助手…
「あーコットン君、何か言ったか?…」ジト目でコットン助手をにらむ教授。
「あそこに…あの、教授?」たじろぐコットン助手
「な・に・か・い・っ・た・か・」身を乗り出して詰め寄り、一字一字、言い聞かせるようにしゃべる教授…
「教授、あそこに何かいます…」訂正するコットン助手
「どれどれ、おお、あれこそ人魚かもしれん!間違いない!」…人魚第一発見者・ランデル教授…(やれやれ)

教授達が発見したものは、海の上に、頭から胸のすぐ下までを斜めに突き出し、すべるように泳ぐ裸の人間の女性であった。
”下半身は見えないが、陸から遠く、氷山の浮く海で水泳をする女性がいるとは思えない、従ってあれは人魚の可能性が高い。”
これが、教授の判断であった。

「よーし捕獲するぞ、船を回せ!」
船長「半速前進、とりかーじ、15…もどーせ…よーそろ…目標との距離、およそ3000…」
コットン「3000?教授、あの…」
教授「なーにかね、コットン君、わしゃ捕獲の準備で忙しいんじゃ!」
コットン「いえ、我々そんなに目がよかったですかね?…3km先の人の形が見分けられるほど…」
教授「…」

10分後、一行は信じられない光景を目撃していた。
人魚が海中から空中に躍り上がり、海に落ちる。
ダッパーン、小山のような波が船に迫る。
船長「注意しろ!乗り切るぞ!」
船首を波に向け、機関全速で波を乗り切る。

確かに人魚だった、銀色の長い髪、上半身は人間の女性型の白い肌、下半身はイルカのような海生哺乳類のような感じで、色は上半身とわずかに異なる乳白色。
問題は、スケールだ、目測で全長約50m、シロナガス鯨と見まごうばかりの巨体であった。
人魚が背泳で教授たちの目の前を横切っていく、ちょっとした丘ほどもある乳房に思わず生唾を飲み込む。乳首だけでも人間の頭より大きい。
目撃情報が、人魚以外は巨大な怪物ばかりであったのは、こういうことだったのだ。

「うーむ…さすが人魚、我々の常識なぞ通じんか…」
「教授、網に入りそうもありません…どうしましょう…」
教授は思案する。
”生態のよくわかっていない全長50mの生物を生け捕りにする方法はない、薬物などは相手の生理情報が不明の場合は、効かなかったり、効きすぎたりで使用できない。”
”仮に、捕獲の方法があったとしても、1、000人単位の人手と大量の物資、多数の船が必要だろう。”
”殺してもいいのなら、いくらでも方法はあるが…”
”写真で…いや証拠にならん…”

「教授!人魚が潮を吹いています!」…どこから?…腹を上にしているということは…
ザー、なにか降って来る。
「うは!人魚の尿か…全く」ぶつぶつ言いながら傘をさす教授。しかし…
「…む?…匂いが違う…なんだか頭が…誰かに呼ばれているような気が…」
次第に陶然とした表情になる3人


「…教授…人魚がおいで…おいでをしています…」
教授「…うむ…船長…」
船長「…わかっている…いかねば…いかねば…」
あっさり呪縛される3人。

オロシャ号はとろとろ進み、人魚の前で停止する。

人魚は3人を見つめ小首をかしげる。しばし考え込み、3人を次々に指差す。
”誰にしようかな…”そんな感じだ。
ピタッ、ランデル教授で指が止まる。
ランデル教授は呆けた顔をしている。

人魚は巨大な手をのばし、ランデル教授を摘み上げる。
あーんと口を開き、教授をぱくっと呑み込む。
そして、体を翻し、海に潜る。

ドッカーン、はずみでオロシャ号が吹っ飛ばされた…

翌日の新聞の小さな記事
「マジステール大学のランデル教授一行を乗せた漁船オロシャ号が遭難しました。助手と船長は港まで泳いで帰ってきました。元気な方達です。教授は行方不明…なお、助手は錯乱していて、しきりに人魚がどうとか言っています…」
オロシャ号は2度と帰ってこなかったが、助手と船長は生還した。そして教授は…


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