沼の娘

5:惨劇の沼


「起きろ!」
夜明け近くになって、キャンプ地にボスの声が響いた。
寝ぼけ眼で置きだしてきた一行は、見張りがいなくなった事に気がついた。
「ボス!…見張りはいったいどこに?…」
「わからん!」声が大きいのは怯えている証拠だろう。
「いいか、このまま夜が明けるまで待つ!明るくなったら直ぐに出発する」
「も、戻らないんですか?」怯えた様子の部下。
「今から戻るより、先に行ったほうが早いはずだ…第一戻ったら『やつ』がいるんだぞ!」
「じゃが、様子のわからない道を行くより、戻ったほうが…うがっ…」教授が殴られた。
「黙れじじい!リーダーは俺だ!」ボスが怒鳴る。
それ以上反論できる雰囲気ではなかった。

それから小一時間して、辺りが見通せるほど明るくなる。
人数が2人少ない。闇にまぎれて逃げ出したようだ。
「教授…我々も逃げたほうが良かったですかね?」とコットン助手。
「いや、弱い者は固まっている方が安全じゃ。とにかく此処から離れないと…」教授が答える。

一行は出発する。人数が減ったので、教授とコットン助手も荷物を持たされている。
「教授…大丈夫ですか?」コットン助手が教授を気遣う。
「心配するな…フィールドワークは慣れておる」教授は以外に元気だ

出発して30分程行くと、一行は沼の辺に出た。
迂回しようにも、来た方向以外全てが沼だ。どうやら、今まで歩いてきた密林の中にも、川というより水路になって続いている様だ。
沼の水蒸気の為だろう、靄が掛かっていて見通しは良くない…視程30mぐらいだろうか。
不気味な雰囲気に、皆声も出ない。

「…『カン…』い、いや…」教授が何か言おうとすると、ボスがギロリと睨み、銃口を向けてきた。
「よし!ここを渡れば『やつ』もついて来れない。そうだな!」ボスは、沼から『やつ』が来た可能性を故意に無視する。
一行は荷物からゴムボートを取り出し、渡河の準備を始めた。

30分程で準備が整う。
残ったメンバーは総勢12人、3人ずつ4つのゴムボートに分かれる。
当然、教授とコットン助手は別々のボートに乗せられ、漕ぎ手をさせられる。

ジャバジャバ音をたてボートが進む。それ以外は静かだ。
「エイコーラ…いてっ」「やかましいっ」やけくそで掛け声をだすコットンを山賊がどつく。

15分程進んだ時、部下の一人が声をあげた。
「ボ、ボス…出、出た…」
部下の一人が指差す方、20mほど離れた沼の中に人の頭が見えた…茶色い肌の美女の顔が…。

「『カンツェーラ』!」誰かが叫んだ。
ボスは銃を向け、撃つ。自動小銃の乾いた銃声が沼に響きわたる。が、女はすばやく身を翻し、潜ってかわす。
「ボス、あそこ!」「あっちにも!」「撃て!撃ちまくれ!」
男達は次々銃を取り出し、撃つ。しかし女達は素早い。

いきり立った一人が立ち上がる。「いかん、立つな!」教授が止めたが、遅かった。
ゴムボートの一つがひっくり返る。ダッパーン!
「コットン!」教授が叫ぶ。
コットンと山賊の二人が沼に落ちた。
コットンは素早く泳ぎ、教授のゴムボートにたどり着く。
教授と山賊が協力して、コットンをボートに引き上げる。

他の一人は、ボスのボートに。最後の一人は…見当たらない…
「どこだ、どこにいった!」「ボス…あそこ…」
みると、20m程離れたところでアップアップしている…
「い、いかん助けに…あっ!…」教授が息を飲む。
アップアップしていた男に茶色い女が取り付いていく…女達の下半身に尾びれが…人魚?…
「た…助けて…うあぁぁぁぁ…あぁぁ…あああ…」
助けを求める声が途中で途切れ、悦楽の喘ぎに変わっていく…
女達は、男に取り付き、服を剥がして、その体を支えながら、ヌルヌルした体と、水掻きのある手と、長い舌で愛撫している…
男の表情が恐怖から悦楽に変わっていく…必死で振っていた手を下ろし…沼の水面に漂い女達の愛撫に身を任せる…
「ああ…いい…いい…溶ける…溶ける…蕩けるぅ…」

その声を聞いた一行の体に、言い知れぬ恐怖が走る…
あの女達に捕まってはならない…捕まればああなる…何をされているのか判らないが命が危ない…そう直感する。

驚愕しながらも、教授は女達を観察し、その正体を探っていた。
(色はブラウン…泥水の色…む、腹側は白い、人魚というより、半漁人…髪はないがなかなか美人揃い…美魚かな)
(魚…しかし皮膚の質感は鱗ではないな…クサフグみたいな柔らかい感じじゃ…)
(北極の『白い人魚』とは形態が違う、別種族だろうが…歯がないようだな…な、なんだ)
愛撫されていた男が高みに達したて、射精を始めた…噴き出している物がピンク色だ?…

「教授…いったいあれは…」コットン助手が首をひねる。
教授が震えている…「教授?」
「確実ではないが…彼女らは人間を溶かしているのかも…」
「!」一行が教授を向く…
「ば、ばかな…そんな生き物が…」
「珍しくは無い…消化液は肉を溶かす…マムシの毒は消化酵素の一種じゃ…バクテリアにもそういう症状を起こすものがいる…激しい苦痛を伴うはずじゃが…」
しかし、落ちた男は快楽に喘いでいる。
「教授…苦痛どころかよがってます…」
「うむ…他に麻酔効果のある毒も…いや麻薬のような毒かの…それを使って獲物が逃げられないようにして、溶かして食べてしまうのでは…」
「あ、あ、悪魔だ…い、嫌だ…喰われるのは…」うめくように山賊が言う。

沼に落ちた男は、女達の愛撫の虜になってしまったようだ…呆けた表情で呟きつづける…
「もっと…もっと…蕩ける…蕩けてしまう…」
バチャバチャと男に大小の『カンツェーラ』が群がり、男を舐め愛撫し続ける…トロトロとピンクの液体を噴き出す一物を、長い舌でペチャペチャ舐めている…
「エサ…エサ…」「ダセ…ダセ…」「溶ケロ…溶ケロ…」
愛撫されながら、男は何処かに運ばれていく…

沼には、まだ多数の『カンツェーラ』がいる…男一人では足りないのは目に見えていた…
ゴムボートの近くに、次々と『カンツェーラ』達の頭が現れる。
「畜生!喰われてたまるか!」ボスが銃を構えるが、弾が出るより速く『カンツェーラ』達は水に潜ってしまう…
タタタン、ボチャボチャ…乾いた銃声と水音が響く…それだけだ、何も起こらない…
「あっ、教授、後ろです!」コットンが叫ぶ。
見ればボスが撃ったのと反対側の水面に、ズラリと茶色の女の顔が並んでいる…
ボスが泣きそうになりながら、反対を向き引き金を引く…弾が出ない…
他の男達は恐怖に震え、銃を撃つ事すら思いつかない…
『カンツェーラ』達がボートに近寄ってくる…

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