沼の娘

2:白い道


そして二日後、一行は密林を進んでいた。
しかし様子がおかしい…教授とコットン助手は元気の無い様子で、一行の中ほどを歩いている。
二人は、後ろから銃を突きつけられていた。
「教授…真に恐ろしいのは人間でしたね…」コットンがひそひそとしゃべる。
「うむ…」さすがに教授も元気が無い。

何の事は無い、青年の仲間達は村の人間ではなく、反政府ゲリラという奴であった。
しかも、政府を倒す為ではなく、自分達が生きる為のゲリラ…早い話が山賊である。
どうやら、教授とコットンを道楽探検家か何かと思い、身代金をとるつもりらしい。

彼らは今、『カンツェーラの沼』に向っていた。
万一の追跡を撒く為である。彼らのアジトは沼の向こうにあるらしい。
「結局、噂の元はゲリラのことだったのか…」教授が嘆く。
「いや、言い伝えがあるのは本当。俺達もここ始めて」律儀にあの青年が答える。
「何?そうなのか?」
「村の者、ここより先に行かない。だから、この先にアジト作った。でも、今回は回り道してる余裕ない」
「我々を連れてでは、ここを近道するしかないのか…」
「心配ない、底なし沼があるから近寄らない。それだけのはずだ」
「ふぅ」教授はがっかりする…
(この分ではまた無駄足か…今回は生きて帰れるかどうか…家に残してきたシェーラ(教授の娘の人魚姫)が気がかりだが、信用のおける同僚に頼んである…万一でも大丈夫だろう…)
早くも自分が死んだ後の事を考えている。

とぼとぼ歩くうちに、一行は密林が奇妙な帯状に途切れた所にでた。
地面が白っぽく、草も生えていない。
それが幅30mほどの帯になって左右に伸びている。密林の中を白い道が走っていて、その道端に出たような感じだ。
『白い道』の反対側は、また密林になっている。
教授は好奇心をおこし、地面に顔を近づけ、土を舐めた。かなりしょっぱい。
「塩か…塩を多量に含んだ土が層を成している。む、密林との境には粘土の層も、それで此処だけ…」
「おい、止まるな。進め」
男の一人が教授を銃でつつく。
一行は、『白い道』を横断する。

「そこから先が『カンツェーラの森』…これで村からの追跡は来ない」
(これほどはっきりした境界があるとは…確かに何かいると思えて来る…)
歩きながら、教授が考える。

1時間ほど進む内に、雰囲気が変わってきた。
「教授、変です」コットン助手。
「うむ、何かおかしい…静か過ぎる…」
「無駄口叩くな」後ろの男が苛立たしげに小突く。
「変じゃ、鳥の声がしない」
「わかっている!」声を荒げる男。
皆気が付いているのだ、異様な気配が辺りに満ち始めているのを…

最後尾の男が、後ろに気を取られている内に一行から離れてしまった…
密林は視界が利かない、だから離れてはいけないのだ。
男は皆に追いつこうとあわてて駆け出す。
結果、完全にはぐれてしまった。
銃を構えて、不安げに辺りを見回す…気まぐれな風が草を揺らす音以外聞こえない…ガサガサと…風なのか?…

足元の草がガサリと揺れる、はっとして銃を構えなおす。
足に何かが触った。厚いズボンの布地を貫き、足に何かが刺さった。
チク…かすかな痛みがあったが、それだけだった。
「へ、蛇か?い、いかん…う?…」
辺りの景色がゆがむ…力が抜ける…足腰に力が入らない、男は草むらに倒れる。
立ち上がろうともがくが、身動きできなくなっていく。
ガサガサ…何かが草むらの中を近づいてくる。
男の顔が恐怖でゆがむ…


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