ガールズ イン ア ボトル

Part15:ダム湖


 ……教授……教授!……教授!!
 
「……う……うーん。 怒鳴らんでも聞こえておる」

 耳元で怒鳴られ、ランデルハウス教授は文句を言いながら目を開けた。 コットン助手の心配そうな顔が視界いっぱいに広がる。

 「おお、コットン君。 元気だったかね」

 「何を言っているんですか」

 やや呆れた様子でコットン助手が手を差し伸べてくれ、それに捕まって教授は体を起こした。 体を覆っていたレイシアの触手が、

教授の体から力なく滑り落ちていく。

 「サティ?……」

 教授は振り返ると、自分同様に触手の中に埋もれていたサティの手を掴み、引っ張り出した。

 「ランデルハウス教授……」

 弱々しく彼の名を呼ぶサティを、教授は優しく抱きとめた。

 「彼女が自分から飛び込んだのですが……一体何が?」

 問いかけるコットン助手を制し、教授は触手の塊の中心にいる筈のレイシアに、声をかける。

 「クー・レイシア。 君が『創造主』の使命を果たせなかった事を気の毒に思う」

 「貴殿のせいではなイ……私の力が足りなかっタノダ」 レイシアがくぐもった声で応える。 

 「君は私の望みを叶えてくれた。 今度は私が君の望みを叶える番なのだが……何か望みはないだろうか」

 「特に……ナイ」

 「そうか……取り合えず私達と来ないかね? 君たちは、この星の様子も判らないだろう」

 「デハ……サティ・アレックスを、我が同胞を頼む……私は……」 ザワリと触手が動いた。 「まもなく寿命を迎える」

 辺りの空気が凍りついた。


 「なんだって……」

 ランデルハウス教授は、レイシアを、次にサティを見た。 サティは項垂れ、教授の方に力なく寄りかかっていいる。

 「サティの再生に立ち会ったのだロう? 私達は長い宇宙旅行に耐えるために、水分を放出し『乾燥睡眠』が可能な体で作られたノダ」

 ずるずると触手の塊が蠢き、だんだんと低くなっていく。

 「『乾燥睡眠』は過酷だ。 目的地についた後で、再生できる確率は高くない。 事実、サティと私以外の同胞は再生できなかった」

 触手の塊が横たわる。

 「そして、私は『創造主』の『記憶』を受け入れるために、脳が大幅に増量されている。 複雑な脳を完全に再生する代償として、私の

再生後の寿命はきわめて短いものとなった……」

 触手の塊から、レイシアの手が弱々しく差し出され、サティがひざまずいてその手を取る。

 「レイシア……姉さん」

 「サティを……妹を」

 ランデルハウス教授はサティの傍らにひざまずき、レイシアの手に自分の手を重ねる。

 「クー・レイシア。 私の命ある限り、サティを守ろう」

 ……頼ム……

 レイシアの手から力が抜け、サティが顔を覆う。

 異星から来た『記憶』の『継承者』の、それが最後だった。


 チョロチョロチョロ……

 微かな水音にコットン助手が気がついた。 慌てて辺りを見回すと、洞窟の奥から細い水が流れてくる。

 「教授、水です」

 「水?」

 コットン助手とランデルハウス教授は顔を見合わせ、レイシアの側を離れようとしないサティを残して洞窟の奥に向かった。


 「こ、これは……」

 「これが……宇宙船ですか? なんだかでっかい植物の種の様に見えますが」

 二人の眼前には、黒々とした異形の物体が横たわっている。 コットン助手の言った様に、大きな種のようにも見える。

 「うーむ、一種のカプセルだろうか……」

 熱心に観察を続けるランデルハウス教授の顔めがけ、壁から水が迸る。 

 「うわっ!?どうして急に水が」

 壁に亀裂が走り、そこから水が噴出してきた。 どんどん勢いが増してくる。

 「詮索は後回しにして逃げましょう! 危険です!」

 「しかしこれは貴重な……」

 未練がましく調査を続けようとする教授は、コットン助手に引きずられてその場を後にする。


 「サティ、奥で出水している。 この場を離れよう」

 「行って下さい。 私はここに……」

 教授はサティを立たせて首を横に振る。

 「君がクー・レイシアの立場だったらどう思う? 死ぬことはいつでもできる。 いまは生きることを考えたまえ」 

 サティは力なく頷いた。

 その間にも水の量は増え続け、辺りは浅い水溜りに変わりつつあった。

 三人は、倒れているパパーウとデル、吉貝教授を抱えて洞窟の外に運び出す。

 泥まみれの三人が、ようやく洞窟の入り口まで達したとき、ヘリコプターの爆音が聞こえてきた。


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 「吉貝教授の要請していた救助隊が、ようやく到着したのだ。 そして私達は救助された」

 教授はそう言って、教室を見回した。

 「出水の原因は、地震とダム工事のせいで地下水脈の水位が上昇したためだった。 もともとあの辺りは川の底で、地下水脈の

上にあったのだ」

 「で、では宇宙船は?」 学生の一人が尋ねた。

 「今はダム湖の、それも洞窟の奥だ。 ダイバーに調査してもらったが、再び落盤があったようで洞窟は完全に塞がれていた」

 「宇宙船があるのならば、水を抜いて掘り返して調査すべきでは?」

 「現地政府に要請はしてあるが……多額の費用が掛かる。 何よりも、証拠が……私とコットン君以外の体験者は、全員記憶を

無くして精神病院に入院してしまった。 私に残されたのは……」

 その時、教室の扉が開いて褐色の肌の美女が飛び込んで来て、教授に抱きついた。

 「お迎えに上がりました! 私の貴方」

 「これ、サティ。 少し速い、まだ講義中だ……あー、このサティだけで……」

 赤くなった教授を見て、あるものは口笛を吹き、あるものは何やらメールを打ち始めたりした。

 そして、ランデルハウス教授は若くて美人の嫁に照れて、法螺話をでっち上げたとの評判が立ったのであった。

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 「教授……これでよかったのですか? 教授を嘘つき呼ばわりですよ」 コットン助手が、教官室で教授に言った。 

 「サティを医学部の教授に診せた。 その後で学長に呼ばれてな、学長の部屋で彼女のカルテと詳しい分析結果を見せられたよ。 

何故これを公表しないのかとね」 

 コットン助手は目を見開いた。

 「それで……学長にはなんと」

 「サティのプライバシーを大学が公表するわけにはいかないでしょう、と答えておいた」 教授はウインクして見せた。 「それなら仕方が

ないそうだ」

 「教授……」 コットン助手は言葉を飲み込んだ。

 教授は立ち上がり、窓から外を見た。

 「自分の評判は判っているつもりだ。 彼女が異星の女性であると主張しても、誰も信じないだろう。 そして、彼女に疑惑を持つものが

現れたとしてもだ、『宇宙人かもしれない』という疑いは真っ先に取り除かれる」

 教授は振り返った。

 「いつかは公になるかもしれないが、そうだとしても、彼女を地球の社会に受け入れて貰う為の準備の時間が取れるはずだ」

 コットンは何も言わなず、ただ微笑する教授の顔を見つめていた。


 「教授、幾つか判らない事があるのですが」

 「判った事より増えた謎の方が多いと思うが、何かね?」

 「『創造主』は何故サティ達を地球に送り出したのですか? 『記憶』の『継承』の為だけに、そこまでするとはどうしても信じられないのですが」

 教授はしばらく考えていた。

 「君は独身で、シングルファザーでもなかったね」

 「え?あ、はい」

 「君は若い、自分の将来の心配などしたことはないだろう」

 「いえ、自分のライフプランの事ならいろいろ悩みますが」

 「いや、そうではなくて……そう、君が老後の生活に入ったとしよう」

 「はぁ」

 「親兄弟に先立たれ、結婚はしたものの子宝には恵まれなかったが、まあ不自由なく暮らしている。 そしてある日気がついた、

自分には子供がいない、だから自分の遺伝子が残せないことに」

 「遺伝子が残せない……」

 「なにも人類が滅亡するわけではない。 親類の子供もいっぱいいるから、家系が途絶えることはない。 自分の遺伝子が残せなくとも、

自分の生活には全く支障がない。 どうかね」

 今度はコットンが考え込んだ。

 「……そうですね、問題はないはずなのに……何だか嫌です」

 教授は再び窓から外を見た。

 「彼らにしてみれば、『記憶』の『継承』が途絶えるのは、血筋が耐えるどころの騒ぎではないのだ。 それに『創造主』はクーの気候が

激変すると予想していたようだ。 星から脱出するのは、彼に取っては至極当然の結論だったろう」


 「教授、もう一つ聞きたいのですが。 『蜘蛛の女王』の墳墓の奥に、何故クーの宇宙船が隠されていたのでしょうか」

 「判らん」 教授は机の上に置かれた石を手に取りながら答えた。

 「先に到達していたクーからの来訪者が、何かの目的で宇宙船ごとクー・レイシア達を封印したのか、『蜘蛛の女王』自身が、別の便で

やってきたクー・レイシアの様な立場の女性だったのか、全くの偶然だったのか……」

 「……え? ちょっと待ってください!」 コットン助手が慌てた様子で聞き返した。 「いまなにか、クーからの来訪者が他にもいたような

ことを言いませんでしたか?」

 教授は深く頷いた。

 「うむ、『創造主』の記憶を受け継いだサティに確かめたのだが、『創造主』と同じような事を計画していた個人、団体は複数あったようだ」

 「それじゃあ……」

 「いくつが実行され、幾つが地球に到達したか……いや、これからやってくる者もいるかもしれん」

 教授は、石を机に戻した。

 「私は、クーの事についてサティから情報を得て、それを書物として残そうと思っている」

 「地球を守るためにですか?」

 「それが有益だと思うからだ。 地球の……そしてクーの未来に取って」

 教授は言葉を切り、机の上にあった新聞を取り上げた。 視線が小さな記事をみつける。

 『ダム湖の名前は、マジステール大学教授の提唱したクー・レイシア湖が採用されました……』

 
 数ヵ月後、クー・レイシア湖のほとりに、誰も読めぬ言葉で書かれた墓標が立てられた。

 そこにはクーの言葉でこう書かれていた。


 「『創造主』の思いを運んだ異星のメッセンジャー・ガール『クー・レイシア』。

  彼女はここで永久の眠りにつき、その体は異郷の土となった。

  彼女の名を湖に冠し、その忠誠と献身を記憶にとどめんとす ランデルハウス・クラチウス」

<ガールズ イン ア ボトル : ランデルハウス教授3 終>

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