ガールズ イン ア ボトル

Part12:『クー』の真実


 「お?」

 教授は視野が広がっていくような違和感を覚えた。 

 はっとして自分の手を見ると、それがみるみる透けていくではないか。

 (ふむ、顔が透明化したせいで、視野の端に見えていた鼻梁等が消え、視野が広がったように錯覚したのか。 面白い)

 教授が納得したのと同時に、研究室の扉が開き、二人の男が入ってきた。

 (これがクーの男性か。 結構な美形だな……まてよ、ここはクー・レイシアの主観の世界、多少美化されておるのではないかな?)

 教授が勝手なことを考えていると、二人は何やら話ながら教授のそばにやって来た。


 「クー・ネィジャのアプローチをどう思う? ほら、『ティッツ・マッシュルーム』と共生生物を改善生物のベースとして、人体を長期の宇宙旅行に

耐えられるよう改善するというやつだ」

 「女共の考えることなど話にならん。 第一、改善後の人体は全て女性化するなど……」


 (この男たちは女性蔑視の傾向がある様だの。 クーの男性の一般的な傾向かな? 女神に支配されていた歴史に対する反動かもしれんな)


 「それよりこれを見てくれ」

 クー・ネィジャをなじった方−−教授はこちらが『創造主』と辺りをつけた−−が研究室の奥を指し示した。 其処には10基程のガラスの筒が

並んでいる。 その中にいるのは……

 
 (クー・レイシア……)  

 それは、まさしくクー・レイシアだった。 よく見れば、成長過程にある幼いクー・レイシアもいる。


 「これが、レイシア・シリーズのプロトタイプか」

 「ああ、こいつは他の人間の『記憶』を保存できる。 やり遂げたんだ!」 

 「うむ……こいつの詳細が知りたい」

 「ああ」


 頷くと、二人のクーの男性は歩みよった。 そして……重なる影……

 (どわわわわわわー!! ややややや……801、801、801!?)

 とんでもない光景に、教授は錯乱しかけた。

 (い、いかん。 私は学究の徒でないか。 うろたえるな、うろたえてはいかん、ランデルハウス。 しっかりせい!……ど、どうや肉体接触式の

情報交換は、クー・レイシアやサティにだけ備わっているのではなく、クー人全てに備わっているらしい……)

 教授がなんとか冷静を保とうとしている間に、二人の『情報交換』は終わったようだ。


 「素晴らしい!」

 「そうだろう。 これで我々の悲願が達成される。 『一族の記憶』、ひいては『文明の記憶』の喪失に怯える事はないのだ」


 (随分喜んでおるようだが?……どうも理解できん……)

 教授は首を捻る。 クー・レイシアが他の人間の『記憶』を保存できる、それが凄い事なのは理解できる。 しかし、彼らの喜びようは尋常ではない。

 その時『創造主』がランデルハウス教授の方を見た。

 「異星の男よ、君達には理解できないのだな。 先祖代々受け継がれてきた『記憶』が断絶することの恐ろしさが」

 (なに!?)

 驚くランデルハウス教授。 いつの間にかもう一人のクー人は姿を消し、入れ替わるようにランデルハウス教授の実態が戻っていた。

 「『記憶』の断絶の恐怖だと?」

 「そうだ、我々の『文明』は、互いの『記憶』を交換し受け継ぐことで存続してきた。 それが失われることは、一族の歴史が、そして文明が無に帰す

ことなのだ」

 「無に帰す……だが貴殿たちとて言葉を話し、書物を残すだろう。 それでは駄目なのか?」

 「君は、長いと時間と遠大な距離を越え、異星に生きていた私と話をしている。 これが書物にできるか?『記憶』は書物などに残せない価値あるもの

だよ」

 ランデルハウス教授は必死に頭を働かせ、『創造主』の言葉を理解しようとしていた。

 「記憶を受け継ぎ、守っていく事に至高の価値がある、そう考えているのか?」

 「価値などと言う言葉で言い表せるものではない。 我々にとって、『記憶の断絶』は個人の死以上に恐ろしいことなのだ」

 ランデルハウス教授は眉間にしわを寄せて、何やら考えている。

 (ここは、クー・レイシアの頭の中のはずだが……『記憶』を継承するだけで、これほどクリアに人格が再現できるとなれば、彼らの頭の中でも同じことが

起こっているのでは?)

 「その通りだ、異星の男よ」 『創造主』はランデルハウス教授の考えが読めるようだ。

 「『記憶』を守ることは、言わば先祖代々受け継がれてきた魂を守ることなのだ」

 ランデルハウス教授は、男の答えの中に狂気を感じ取り、一つの仮説を組み立てていた。

 (……そうか、受け継がれるのは『記憶』だけではないのだ。 感情、思想、思考方法、全てが引き継がれ……長年それが続いた結果、それは呪縛となって、

『記憶の継承』自体が彼らの存在理由になってしまったのだ)

 ランデルハウス教授のこの考えに、『創造主』は何も反応しなかった。


 「異星の男、私は君に深く感謝している。 『記憶の継承』に手を貸してくれる事について」

 「別に貴殿の為ではない。 私自身の好奇心を満足させるためだ」ランデルハウス教授は言い放った。

 「何より、私はフェニミストでな。 異郷に流れ着いた女性達を失望させるのは我慢がならんのだ」

 「立派な態度だ。 ではそれに見合った饗応を用意しよう。 『レイシア』達よ出てくるが良い」

 教授が振り返ると、ガラスの筒が床に引き込まれ、10人の『レイシア』が出てくるところだった。

 「さぁ『レイシア』達。 この勇敢な異星の男に、快楽の極みを……そう」 そう言って『創造主』は歪んだ笑みを浮かべる 「この世に未練など残らないほどの

ものを」

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