ガールズ イン ア ボトル

Part11:『クー』:その過去


 (……赤い……)

 教授は困惑した。 闇に包まれることを予想していたのに、辺りは一面の『赤』だ。

 (……まて、そもそも『色』とは何だ?……世界を私がそう認知しているだけでは?)

 赤色が揺らめき、一気に『紫』に変わる。

 (これは?……そうかクー・レイシアが視覚する世界、それを私に合わせようとしているのか……)

 縞模様が揺らめき、虹色のモレアが辺りを覆い、教授は眩暈におそわれた。

 (むむむ……む?)

 断片的なイメージが現れては消える。 それはレイシアが見ていた『クー』の光景なのだろうか。

 (これが……『クー』なのか?)

 整然と並んだ植物らしきものの間を、動物が行き来している。

 (畑か果樹園なのか?)

 雑多なイメージが様々に展開される。 其処に映るのは、高度に機械化された都市……ではなく、農業を中心とした生活のようだった。

 (家畜の種類が多いようだが……機械、いや金属があまり利用されていないな……過去のイメージなのか?)

 教授はイメージに映る内容から、『クー』の文明のあり方を熱心に考察した。


 ”教授……いるのか?”

 どこからともなくクー・レイシアの声が聞こえてきた。

 (クー・レイシア。 私はここに居る)

 ”たいした落ち着きだな。 幻覚を見せるのならば簡単なのだが……こういうのは初めてで勝手がどうも……今見ているのは、私が直に記憶している

『クー』の光景だ”

 (ほう、これが現在……いや、君達が『クー』に居た頃の光景なのか?)

 宇宙に人を送るにしては、文明のありようが教授の予想と違う。

 (どうもこれだけでは……クー・レイシア、歴史を見せてもらえるかね? 君の知っている『クー』の歴史を)

 ”やってみよう”

 イメージが渦を巻きはじめ、そして教授を中心に形を作り始めた。 ランデルハウス教授は、自分の周りに世界が作られていくその様を、興味深く眺めていた。

 「む?」

 教授は、自分が見知らぬ部屋に立っている事に気がついた。 壁や床は植物起源の、つまり木造の様だ。

 「はて、ここは?」

 壁はを見ると、天井まで届く棚が据え付けられ、大量の書物らしきもの、透明や不透明のビンらしきものが並んでいる。 椅子や机も置かれているが、

生活の場には見えず、初めての場所なのに、なぜか馴染み深い雰囲気がある。

 「……そうか、研究室だ」 呟いて、手近の机に歩み寄り、其処に置かれた書物のタイトルを見た。

 「『白の時代から黒の時代へ』…… クー・レイシア。 君が翻訳しているのか?」

 ”そうだ、私が知っているのはその本に載っている程度だ。 特に白の時代は『記憶』が引き継がれていない。 ほんのわずかな『記録』があるのみだ”

 「『記憶』と『記録』?」 ランデルハウス教授は、クー・レイシアの言葉に首を捻った。 「とにかく読んでみるか」

 −−−−−−−−−−−−

  我ら『クー』の民の歴史は、忌まわしき『白の時代』より始まる。 

  今より550周期前の白の時代の末期で、民の数は一億あまり。  全ての民は都市『クードリア』とその周辺に住み、平和で安寧に満ちた生活を享受していた。 

  そう信じ込まされていたのだ、『白き女神』達に。

  そう、当時民を支配していたのは邪悪なる『白の女神』達であった。

  百名程の『白の女神』達は、『クー』の民の全てを治めていた。 政治、経済は言うに及ばず、民は許可がなければ子供を生み、育てることも許されなかった。

  しかし、民にとっては日々の生活が全てだ。 『飼われる』事に反対するものもいたらしいが、それは常に少数意見であった。

  また、定期的に民の中で優秀なものが選抜され、『白の女神』達に加わることを許されていたのも、『白き女神』が公正で慈悲深いな為政者であると言う錯覚を

  与えていたのであろう。

  『神』に加わる者は肌の色を白に『調整』し、豊胸処置を受ける事になっていたが。

 −−−−−−−−−−−−
 
 「ふむ? 『白い肌』と『豊かな胸』を持った支配種族だったのか?」 呟いてページをめくる。

 −−−−−−−−−−−−

  『白の女神』の支配は唐突に終わる。

  ある日、『白き女神』達全員が一斉に行方不明になり。 『クー』は大混乱に見舞われた。

  『女神』達の居住区には、消えた『女神』以外の全てが残されていた、衣服を含めて。

  残された『クー』の学者達は、『女神』の衣服が濡れていた事に疑念を抱き、それを徹底的に調査した。 そして、恐ろしい事実が明らかになった。

  『女神』は人間ではなかった。 人間に寄生して、操る白い液状の生命体だったというのだ。 当時の学者達は、それを『ミルク』と呼んだ。

 −−−−−−−−−−−−
 
 「ミルク……」 そこからしばらく、ミルクの詳細な記述が続いていた。

 −−−−−−−−−−−−

  『ミルク』に寄生された人間の体は、氷結温度で崩壊する。 『女神』が消えた理由は、居住区の温度調整気候の故障らしいが、真相はわからない。

  何れにせよ『クー』の民は解放され、『黒の時代』が始まった。

  それまで『女神』が独占していた、家畜改善、人体改善の技術は民の物となった。

  『クー』文明はめざましく発展し、民は星の隅々に住まう事ができるようになった。

  生活圏が広まり、『クー』の民は順調に数を増やし始めた。

 −−−−−−−−−−−−
 
 「クー人は生物改造の技術を持っていた……しかし、自分たち自身を改造していたとは!?」  ランデルハウス教授は戦慄し、考えを進めた。

 「まて、『女神』達は別の生き物だった……だから『クー』人に対して生態改造の技をふるえた。 そして、その事が『クー』人の生態改造技術に対する抑制、

嫌悪感を失わせたのでは?」

 教授は先を読んだ。

 −−−−−−−−−−−−

  500周期が過ぎ、文明の危機がはっきりしてきた。 大気の成分比が変わり始め、気候が不安定になってきたのだ。

  原因は、『制御に失敗した改善動物、改善植物の増大』、『海洋深層の資源開発』などが上げられているが、いまだにはっきりしない。 

  安定性を欠いた気候の元では、文明維持のコストが限界点を越える。 おそらく、50〜100周期の間で深刻な食糧危機が発生し、各大陸の

都市間で戦争が起こるだろう。

  なぜこうなったのか……いや、理由は判っている。 人口が増えすぎたためだ。

  増えすぎた我々が自滅する事を見越して、『女神』達は産児制限をしていたのか?

  だとしても、『女神』達のやり方を認めるわけにはいかない。 我々自身の名誉のために。

  我々はこの危機を回避し、『クー』人の文明を、その『記憶』を残さねばならないのだ。

 −−−−−−−−−−−−

 「また『記憶』…… 『クー』には『文字による記録』以外に、地球で知られていない記録方法があるのだろうか? 『クー』人にとって当たり前のことならば、

わざわざ記述したりしないだろうが?」

 教授は呟いて本を閉じた。 と、その耳にクー・レイシアとは別の声が聞こえてきた。 どうも研究室の外から聞こえてくるようだ。

 「……レイシア・シリーズの実用体ができたのか?」

 「ああ、『記憶』を保存し、休眠状態で長い時間を生き抜ける擬似人間の改善生物だ」

【<<】
【>>】


ガールズ イン ア ボトル:目次】

【小説の部屋:トップ】