Part20:宿題


 「話をしよう」

 教授がそう切り出したのは、教授がクイーッ達に『愛情』を教えた三日後の事だった。 教授は『天の使者』達全員を前にして話を始めた。

 「どうやら君たちは、どこかほかの世界から来たらしい」

 「他の世界ですか? それはどこでしょうか?」クイーッが聞き返す。

 教授少し顔を曇らせ、頭をかいた。

 「正直なところ今は判らない。 あの洞窟にあった資料、特に夜空についての情報を調べれば判るかもしれないがね」

 「はぁ……」

 「ただ、それは当面の重要事項ではない。 大度なことは君たちをどうすべきかだ」

 「どうすべきか?」

 『天の使者』達が顔を見合わせ、それから揃って教授を見返した。 教授は彼女たちの視線を受け止め、居住まいを正す。

 「君たちの事は、君たち自身が決めるべきだろう。 しかし、そう言って私がここを去ってしまうのは責任放棄と言うものだろう」

 「……え!? 教授はここを去るのですか!」

 「そんな!」

 『天の使者』たちが一斉に囀り出した。 教授は手を広げ、皆に静かにするように言った。

 「私は『外』からここに、君たちに連れて来られた。 『外』には私がすべきことが残っている。 何より私の帰りを待ってくれる人たちがいる」

 「待ってくれる人……」 キキが教授の言葉を繰り返す。

 「そうだ。 私はその人の処に帰らねばならない。 一方、君たちをこのまま残していくことはできない。 そこで提案なのだが……」

 教授が言葉を切り、『天の使者』達の顔をぐるりと見まわす。

 「私と一緒に、一度『外』の世界に来ないかね」

 「そ、外に?」

 「私たちが、ですか?」

 再び騒然となる『天の使者』たち。 教授は、今度は彼女たちを鎮めようとはせず。 彼女たちがしゃべるにまかせた。

 
 10分ほどすると彼女達は徐々に口をつぐんでいき、代表する形でクイーッが教授に質問してきた。

 「……教授、どうしても私たちは『外』に行かなければならないのでしょうか?」

 「うむ」 教授は重々しくうなずいた。

 「君たちが自分たちを送り出した世界の暮らしを受け継ぎ、ここで暮らしているのだったら、私はこのような提案はしなかった。 しかし、君たちは自分たち

の世界の事を受け継ぐことが出来なかった。 暮らしを、世界を、文化を」

 教授は言葉を切り、『天の使者』達の顔をぐるりと見まわした。 不安そうな顔がこちらを見ている。

 「私は、君たちに洞窟の管理を任せ、君たちが自分たちの世界の知識を受け継ぎ、ここで生活できるようになるのを待つべきなのかもしれない。 しかし、

それでは君たちが生きていく上でのリスクが大きい……と判断する」

 再び顔を見合わせる『天の使者』たち。

 「それで……『外』に行って私たちにどうせよと?」 代表してクイーッが尋ねる。

 「強制はできないが、私と一緒に人間の町に来て、学んでみてはどうだろう」

 「学ぶ? ああ『愛情』をですね」

 「いや、『愛情』だけではないが……」 教授は顔を赤らめ、制止するように右手を前に出す。

 「今まで君たちはここでなんとか生活してきたが、それは幸運だった。 ここには外敵が、特に君たちを敵視する人間はいなかったからな。 しかしいずれ

君たちの存在は『外』に知られることとなろう。 そうなれば『外』から人間が……様々な人間がやってくるだろう……特に洞窟、その中にあるものを求めてな」

 『天の使者』たちは、面食らったような顔をしている。 教授の危惧していることが理解できない様子だった。

 「そうなのですか?」

 「うむ。 そして、それが君たちに理解できない……いや、実感できない事こそが、最大の危険なのだ」

 そう言って、教授はクイーッの顔を見つめた。

 「我ながら、おせっかいがすぎると思わんでもないが……君たちを放置することは人として、そう一人の人間としてできないのだ」

 教授は立ち上がり、窓から外を見た。 わずかな緑がしがみつく黒々とした高山の地肌が視界に入る。

 「ここの暮らしと、人の世界の暮らしはあまりにも違う……そこで暮らすことは、君たちにとって負担になるのは間違いない……しかし、君たちは学ばねば

ならない。 『外』の世界の事、そして自分たちの事を」

 「学ばねばならない……」 クイーッ達が教授の言葉を繰り返す。

 「そうだ。 そして、この世界で生きていく術を知り、そして君たち自身が選択するのだ……」

 教授は振り返った。

 「『天の使者』としてここで生きていくか、人の世界に溶け込み、少々変わった『人』として生きていくか。 はたまたそれ以外の道を探すかをな……しかし

当面は『外』に行き、そこで学ぶのが最善の道だろう」

 「教授……」 キキが立ち上がり、教授の顔をじっと見つめる。

 「『学ぶ』といっても。 私たちは『学ぶ』すべすら知らなかった。 そんな我々が『外』に出て『学ぶ』ことができるのでしょうか」

 キキの顔には不安が溢れていて。 ほかの娘たちも同じように不安そうだ。

 「学べる。 それは間違いない。 あの洞窟に合ったものは、君たちを送り出した誰かが、君たちが『学ぶ』ために用意したものだ」 教授は手を腰に当て、

『天の使者』たち一人一人に視線を向けていく。

 「わずかな時間で、君たちは言葉を覚え、人との接し方も学んだ。 ここから先平坦な道ではないだろうが、君たちは学び、先に進むことが出来る。 私は

確信しているよ」

 「キョージュ」 ひときわ幼い『天の使者』−−ララと呼ばれている−−が手を上げた。

 「私たち飛べるから、坂道でも問題ない」

 皆キョトンとし、一斉に笑い出す。

 「そうだな……その調子なら問題あるまいて……」

 『天の使者』達と教授の笑い声は、風に乗り山あいに消えていった。

 
 「……そして私は『天の使者』達に村まで送ってもらい、こうしてここに立っている……という訳だ」

 教室を埋めた学生たちは教授の冒険談、と言うよりほら話の顛末ををニヤニヤと笑いながら聞いていたが、話が終わると同時に一人の学生が手を上げた。

 「教授、すると『天の使者』たちは教授と一緒に村まで行ったんですよね。 大騒ぎになったんじゃないんですか?」

 そうだそうだと他の学生も賛意を示した。

 「抜かりはない。 夜を待って村に戻り、人間の服を着せて移動したのだ。 もっとも全員に露出の少ない服とサングラスを用意するのは大変だったがな。 

それに、人目を引く格好になったので町まで戻るのに苦労したがね」

 「ははは、それはご苦労様でした」

 キーンコーン〜♪

 「おっと、ちょうど時間となったか。 本日の講義はここまで」

 教授がそう言った時、教室の扉ががらりと開き、レインコートを着た女性が入って来た。

 「キョージュ、ランチ忘れた」

 「おお、すまんな」

 そう言ってランチボックスを教授に渡した女性は、大きなサングラスをかけ、風邪でも引いているのか白いマスクをしていた。

 「……」

 レインコートの女性はランチボックスを教授にわたすと、用は済んだと踵を返し静まり返った教室を後にした。

 「……教授。 今の人は奥さんですか?」一人の学生が聞いた。

 「いや、私の家に下宿している留学生のキキくんだよ」 すまして教授は応える。

 「キキ……あの……彼女はどの国の……いやどこから来た留学生ですか」

 教授はにやりと笑った。

 「さてどこから来たのかな。 そうだ君たち、一つ調べてみたまえ」

 「は?」

 「君たちへの宿題としておこう」

 「し、宿題ですか?」

 「そう、私は彼女を見つけた。 後は君たちにまかせるとしよう」

 そう言って教授は教室を出て行き、あとには茫然と佇む学生たちが残された。

 バサバサバサッ……

 窓の外で大きな羽音がし、何人かの学生がが窓を開けて外を見た。 ひどく大きな鳥が飛び去っていくのが見えた。

<鳥 : ランデルハウス教授4 終>

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