Part14:実習準備


 クィーは教授を押さえつけ、鳥の爪が生えた足で器用に教授の下半身を剥いてしまった。 露になった教授自身は、恥ずかしそうに縮こまり、キキとココが

顔を寄せ、しげしげとそれを見つめ、ほかの者たちがその背後から様子を伺っている。

 「あらためて見と見ると」

 「変な形ね」

 クィーもぐいっと顔を近づけ、それを見つめる。

 「……形は変ですけど、不思議と心惹かれるものがあります」

 キキとココが、首を縦に振ってクィーに同意する。

 「えぃ、離さんかい」

 教授が暴れ、不自然な体勢になっていたクィーがよろめいた。 教授はクィーを支えながら、彼女の拘束から抜け出す。

 「こういうことは、嫌がる相手に無理やりというのは宜しくないぞ」

 「私たちは……」

 「嫌がってはいませんが?」

 「私が嫌なんだ」

 憤然と言い、クィーから取り返したズボンを履きなおした。 キキとココが残念そうな表情になる。

 「『交尾』というのはだ、双方が同意したうえで行うべきものだ」

 「『同意』……ですか?」

 「うむ」

 「では『同意』というのはどうやって得るのですか?」 

 「それはだなぁ……いろいろと方法はあるが……まぁ告白するとか、手紙をしたためるとか……」

 ややしどろもどろになる教授の言葉を、3人が真剣な面持ちで聞いている。

 「いや、手段を並べても意味はない……ようするに、自分の気持ちを相手に示すのだな。 そして、相手がそれを受け入れてくれれば『同意』を得たことに

なる」

 「なるほど」

 頷いたクィーが再び教授に襲い掛かる。

 「こらまて。 何をする」

 「気持ちを行動で示しています」

 「そうではない! こう、言葉で示すとか……」

 「なるほど。 では交尾してください」

 「ストレートすぎる! 第一、君の気持が乗っているようには見えんぞ」

 「はい?」

 教授の言葉に、眼を丸くする(もともとまんまるだが)クィー。

 「私は『交尾』したいと思っていますが?」

 「……うーむ、なんといえばいいか……」

 教授は頭を抱えた。 『天の使者』達は、雄と『交尾』するという事について興味津々で、それを試したいと思っている気持ちに嘘はないだろう。 しかし、

今はそれを興味本位で行うべきではないと、教授は考えていた。

 「『交尾』を行うには、体がそれを求めている必要があるのだ」

 「体が?」

 「そうだ。 『心から相手を求める』という言葉があるが、ここは『体が相手を求める』と言わねばならぬ。 体が相手を求めるということは、『交尾』を行う

準備ができているという事なのだ」

 「……体が……」

 クィーが首を傾げたり、自分の体をあちこち見たりし、他の娘たちも互いの体をみたり、触ったりしている。

 「そうだな……君たちが、遺体を持ち帰ろうとしたときにだ、何か衝動の様なものは感じなかったか?」

 「ショードー?」

 「衝動だ、居ても立っても居られないとか、落ち着かないとか、体を動かしたいとか」

 教授の言葉に、キキが「ああ」と言って立ち上がった。

 「あれですか?」

 「ふむ? あれとは?」

 「『月のダンス』です」

 「『月のダンス』?」

 今度は教授が首を傾げ、キキたちが説明にまわった。

 「月が満ちた夜は、こう体を動かしたくなることがあって。 みんなで踊るんです」

 「ほほう? それは興味深い」

 「そして、ひとしきり踊ると、こう体の中がモヤモヤッとして……」

 「そうそう。 小さかった頃は感じなかったけど……」

 「我慢できなくなって……飛んで飛んで……」

 「そして、あの場所にいって」

 「アレを持って帰ってくるんです。 何故そんなことをしたのか、自分たちにもよくわからなかったんですけど」

 「ふぅむ」

 教授は腕組みをして考え込んだ。

 (想像するに、満月の晩になると成熟した『天の使者』達は欲情するのだろうな。 そして『求愛のダンス』を踊って『交尾』の相手を探す、そういう風に体が

出来ているのではないか? 地球の鳥にも『求愛』のダンスやディスプレイをする種類があったはずだ……もっとも地球の鳥類は雄の方が踊るものだったが)

 「教授?」

 黙ってしまった教授に、クィーが話しかけ、教授は顔を上げる。

 「多分、それが君たちの『衝動』だろうな」

 「ははあ、『交尾の衝動』ですね」

 「あー……直接的だなぁ。 せめて『恋の衝動』にしておかんか」

 「どう違うんです?」

 「違わないが……まぁよいか」

 「そうてずか…そうだ。 今夜は丁度満月です」

 「む? そうだったか?」

 「ええ」

 そう言ってクィーが立ち上がった。

 「今夜は踊りたくなってきていたんです」

 「私も」 ココとキキも立ち上がる。

 「表に出ましょう」

 「踊りましょう」

 キキとココかが教授の手を取って立ち上がらせた。 

 「ふむ……『月のダンス』か」 教授は呟いた。

 (興味はある……しかし、それが求愛のダンスだとしたら……彼女たちはいるはずのない『交尾』相手の為のダンスを捧げることになる……)

 なにやらもの悲しさを感じつつ、教授は二人に手を引かれて外に向かい、ほかの者たちも後に続いた。


 教授が連れていかれたのは、ここに入ってくる洞窟とは別の出口だった。 崖の中腹に洞窟が口を開け、舞台の様な岩棚が突き出している。

 「ほう」

 教授が感嘆の声を上げた。 岩棚から先にはなにもなく、見晴らしの良い展望台に上ったような光景が広がっていた。 眼下には黒々とした森が広がり、

天頂には白銀色の月が光っている。

 「なんと神秘的で美しいことか……さしずめ『月夜の劇場』というところか……」

 景色に見とれる教授の脇をすり抜けるようにして、クィーが、そしてキキとココが舞台の中央に進み出る。 一歩ごとに 体が人から鳥人へと変わっていく。

 シャラ……シャラシャラシャラ……

 伸びていく羽がこすれ合ってい金属的な音を響かせる。 三人は、舞台の真ん中で正三角形を作って立ち止まり。真ん中を向いてうなだれた。

 「む……」

 空気が張り詰め、皆が居住まいを正す。

 
 カッ……カッ……カッカッカッカッ

 三人の爪が岩舞台にリズムを刻む。

 カッカッカッカッ……ハッ!


 月光の照明のもと、一人の男を観客にして、三人の『天の使者』が『求愛のダンス』が幕を開ける。

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