Part13:初等教育と実践


 教授しキキ達が話ができるようになって、三日が過ぎた。 キキ達と教授は一度『天の使者』の集落に戻り、その全員をここに連れてきて言葉を覚えさせた。

 そして、教授が先生になって色々なことを教えることになったのだが……


「『卵』?」

 「そう、これを我々、人間はは『卵』と呼ぶ。 君たちは『卵』からうまれるようだ」

 「へー……人間の『卵』はどのくらいの大きさなの?」

 「人間の『卵』は凄く小さい。 それに女性のお腹の中で『孵る』から、まぁ目にすることはないな」

 「小さい?」

 「うむ、目で見えないほどだ」

 「……みえないのに何で小さいと判るんです?」

 「……それはだなぁ……いやはや、初等教育がこれほど大変とは思わなかった」


 教授がこぼすのも無理はなかった。 『天の使者』達は、文明を、いや生きていく術すら失った白紙の状態でこの世界に放り出された人類だった。 言葉を

交わす術を『インストール』されたものの、会話の基礎になる知識はほとんど白紙の状態なのだ。 むしろ、この状態で会話が成立すること自体奇跡に等しい

だろう。


 (知識だけではないな、彼女達には『宗教』が……『世界』や『時間』の概念がないから)


 教授は学生時代、一般教養の宗教学の講義を思い出していた。

 ”宗教学というのは、カトリックやプロテスタントなどの歴史や解釈を学ぶものではない。 それは民俗学や歴史の範疇だ。 宗教学とは、宗教とは何か、

その本質を研究する学問だ”

 ’宗教とは、ですか?’

 ”うむ。 まず宗教とはなにか、それは人と現実の間にあって、その捉え方を概念としてあらわすものと考えられる。 例えばだ、人は世界を天地に分けて

考え、太陽の動きから日時分という単位を作り出し、それを数えることで時間という概念を生み出した。 そして、時の流れを現す暦を作る。 これらは、基本

的な宗教行為であり……”

 ’教官。 では宗教とは何かを一言で言うと何でしょうか?’

 ”ふむ、一言で言い表すのは難しいが……そう今風に言うと人間のOSだと考えるてはどうかな”

 ’OS……ですか?’

 ”そうだ。 プログラムを全くいれていないコンピュータを扱ったことはあるか? わけのわからん数値や機械の状態を示すデータの羅列でしかないだろう。 

そこにOS入れるとどうなる。 コンピューターは、一定の法則に則って動き始めるだろう。 人における『宗教』も似たような面があるのだよ……”

 ’はぁ……しかし、それが人にとっての宗教なのですか?’

 ”神の教えや、神話などというのは宗教の要素の一つに過ぎない。 数多くの宗教の中には、そうした側面をほとんど持たない者も多い。 しかし、世界と

時間の要素を持たない宗教は、私の知る限りでは存在しない……”


 「あのころは『暦』や『時間』は共通の概念で、捉え方こそ違えども誰でも持っていると思っていたが……なるほど、生まれてからだれからも教えられなけ

れば、『暦』も、いや『一日』という概念すらないのだなぁ」

 言わば『知識』の全てを失った人類、その生きた見本と『会話』を成立させる等、ほとんど不可能ではないのかと教授は考えた。

 「……共通概念が存在しないから……いやまてよ。 『知識』はなくても、物理的な存在、生物としての共通項はあるのではないか?」

 同じ生物と言っても、教授は地球産い゛『天の使者』たちは原産地不明である。 幸い、授は彼女達と原産地が同じらしい女性を妻にしている。 ある意味、

『天の使者』たちをもっともよく理解している地球人と言うわけだ。 そこまで考えてから、教授はため息をついた。

 「責任重大だな……」

 教授の知る限りでは、彼の妻は地球人同様に食べ、寝る、そして多分『増える』。 つまり、人間の三大欲望というものが備わっているわけだ。 ならば

『天の使者』たちも同じであろう。 事実、彼女たちは食事をするし、睡眠をとる。 また、絵本の『交尾』の絵に興味を示した。 ならば、これを手掛かりにし

ようとしたのだが……


 「初等教育で『性教育』はまずかったかな?」


 キキ、ココ、クイーッは『天の使者』達の最年長らしく、他に彼女たちより少し若い娘や、女の子たち、あわせて15人が集落の全人口だった。 改めて、

全員の特徴を観察すると、キキ、ココ、クイーによく似ている。

 
 「多分、交尾相手がいないと弾日から生まれるのは、自分自身のクローンなのだうろな」


 ひょっとするとキキ達も第一世代ではなく、すでに数世代を重ねているかもしれなかった。 ほっておけば、子供たちも成長して卵を産み、集落の人口も

増えていくかもしれない。 しかし、キキが卵の出産にあれだけ難儀したことを思うと、出産時に落命することもあるだろう。


 「産婆の技も教える必要があるな……」

 あれこれと考えをめぐらしながら、やれ卵だ赤ん坊だと『講義』を進める教授なのだが、今一つ受けが良くない。

 「キョージュ。 貴方たちが増える方法を、私たちが知ることに何の意味があるのですか?」

 キキの言葉に、皆がうんうんと頷く。

 「君たちが世代を重ね、この集落を維持していくことにつながる……と思う」

 「それは何故?」

 「君は、あの絵本の『交尾』の絵に心惹かれたようだが、それはどうしてかね?」

 逆に聞かれ、キキはちょっと考える。

 「よく判りませんが……なぜか気になりました」

 「村まで行き、遺体をと交わろうとしたのは?」

 「それも……なんとなく……」

 教授は居住まいを正した。

 「我々は、成熟して『増える』準備が整うと『交尾』相手を求めるようになる。 それは、『食事』の様に体が求める欲求を解消するためにおこなうものだ」

 「はぁ」

 「君たちの行為は、体が成熟して子孫を残す準備ができたためだろう。 ただ、君たちはその方法、『交尾』の方法が判っていない」

 「あの絵のように、お互いの足の間をくっつければよいのでは?」

 「キキとココもそうして、卵ができました」

 「それは、いわば偽の交尾だろう。 雄、いや男がいないので同性行う代償行為だ」

 「教授。 男とは?」

 「交尾の相手だ。 卵は産まないが、自分の特性を秘めた愛の証を雌……いや、女性の体に捧げる」

 「捧げる……どうやって?」

 「あー……ここおだな……」

 教授は視線を自分の股間に向け、皆もそこを見た。 白い半ズボンが、やや膨らんでいる。

 「ああ、あのでっぱり」

 「そう、そのでっぱりをだな、卵を産む管に差し込んで、愛を捧げるわけだ。 きみら、遺体相手にやっておったろうが」

 「ああ……あれは……その……なんとなく……」

 「うむ。 まぁなんとなくでいいのだが。 それを、同族の男を相手にすればだ、『交尾』を行った二人の特徴を受け継いだ卵が産まれるのだ」

 「ははぁ……」

 皆、判ったような、判っていないような様子である。 と、クィーが立ち上がり、教授に近寄った。

 「同族でないと、駄目なのですね?」

 「うむ、我々人間同士の場合はそうだ。 しかし、君らは地球以外の処から送り込まれてきたようだ。 ひょっとすると我々と交尾できるようになっている

かもしれん」

 キキとココが首を傾げ、クィーが尋ねる。

 「なぜ、そう思うのです?」

 「君らが、我々の遺体と交尾しようとしたからだ。 もし君たちが、現地の生き物との交尾出来るようにデザインされていたとすれば、交尾可能な相手を

見分け、それを行おうとするようになっているやもしれん」

 「遺体に興味を持ったのは、交尾相手になると、我々の体がそう感じたと?」

 「うむ」

 「そーですか……」

 クィーはじっと教授を見つめ、やおら圧し掛かってきた。

 「では試してみましょう」 

 「こらこら、ちょっと待て! いきなりなんだぬ」

 「交尾できるかもしれないと言ったのは貴方でしょう。 それにここには『人の雄』は貴方しかいませんよ」

 「そうね、クィーの言う通りだわ」

 「うんうん」

 皆が頷く中、クィーは教授を押さえつけて、剥きにかかった。

 「おいこら、積極的すぎるぞ!?」  

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