Part11:新展開


 教授はパラパラと『子作り』のテキスト(?)をめくる。 『天の使者』同士の交尾の方法がイラストと簡単な説明付きで、数ページに渡り紹介されている。

判る範囲で拾い読みしてみる。

 「『交接部、挿入、前後、動作』……うーむ味もそっけもないな……」

 ページをめくって行くと、『天の使者』のお腹が大きくなり、卵を産むまでの様子が描かれている。

 「ふーむ……む? 『一人』……『同じ』……いや、『変わらない』……ひょっとして、受精しない場合はクローン卵となるということか?」

 クイッ?

 「わっ!?」

 耳元で声を出され、教授は驚いて本を取り落した。 本の解読に気をとられて気が付かなかったが、三人の『天の使者』教授の肩越しに本を覗き込んで

いたのだった。

 「ああすまんな。 また、ほったらかしにしてしまったか」

 謝りながら教授は本を拾い上げ、表紙をしげしげと眺める。

 「しかし……いくら絵本を揃えても、卵から産まれた赤ん坊が親の助けなしに言葉を覚えられるとは思えんが……」

 ため息を吐いて教授は本を棚に戻し、『天の使者』たちに向きなおった。 三人とも興味深々の様子で本と教授を見比べている。 教授は両手を広げて

彼女たちに語り始めた。

 「君たちは、私がここから『何か』を得て、君たちに伝えることを期待したのかもしれんが……今のところ役に立てそうもない。 すまない」

 クィーッ?

 「なぜ『本』しかないのだろうかなぁ……ビデオとか音声記録の様なものでもあれば……いや、同じか」

 教授は本の背表紙を見ながら、棚の前を歩きだした。 その後を『天の使者』たちが首をかしげながらついてくる。

 「絵や音だけでは伝えるられる情報に限りがある……結局、文字や言葉が必要になる……」

 ぶつぶつ言いながら教授は棚の本を取り出し、棚の奥を見たり本をめくったりしている。

 「『そこまで考えたのなら、『卵』から孵った『天の使者』が言葉を学ぶのに『絵本』の全巻セットだけではないと思うのだが……ん?」

 教授はずらりと並んだ棚の奥で足を止めた。 棚の終わりには壁があり、複雑な渦の様な文様が描かれている。 文字は書かれておらず、絵ですらない

ので教授の注意を引かなかったのだが……

 「なんだか意味ありげな文様だが……」

 文様を目で追っていくと、入り組んだ迷路を辿っているように視線が定まらなくなっていく。

 「な……なにかおかしいぞ……おい君たち……」

 『天の使者』たちに呼びかけたつもりだったが、返答がない。 そちらを見ようとしても、目が模様に引き付けられてしまう。

 「一種の催眠パター……ン……」

 教授は一言呟き、そのまま彫像のように動かなくなった。 もし教授が振り返ることが出来れば、彼の背後で『天の使者』たちが同じように固まっている

のを見ることが出来たろう。

 「……」

 四人は石像になったかのように、その場にじっと立ち尽くす……


 ”……”

 空……地面……空……地面……鳥……

 ”鳥?”

 鳥が地面に舞い降り……二本のの足で立つ……

 ”鳥人?……『天の使者』?”

 鳥人が振り返る……ココに似ている……

 ”ココ?……”

 ”キ……キョージュ?”

 ”え……ココ……は? これは?”

 乱れるイメージが、ココの周りで形になる。 キキとクィーだ……

 ”キキ、クィー!”

 二人がこちらを不思議そうに見る。

 ”キョジュ?”

 ”キョウジ……”

 ”……そうだ! わたしだ、ランデルハウス教授だ!!”

 教授が叫び。 ココ、キキ、クィーがビクリと身をすくめた。

 ”私が判るかね?”

 ”判る” ”お前、判る……” ”判る?”

 ”うむ……聞け! ここは大地の上だ。 私たちは、そこに立っている!”

 教授が叫ぶと、四人は地面の上に立っていた。 戸惑って辺りを見渡す、キキ、ココ、クィー。

 ”ここは……どこ?”

 教授は三人に向かって両手を広げて見せた。

 ”ここは……『夢の中』だ”

 ”夢?” ”夢……” ”夢!”

 ”そうだ。 聞きなさい、私たちはまだあの壁の前にいる”

 教授がそう言うと、四人は棚と文様の壁の前に戻っていた。 しかし、まるで現実感がなく、風景がぼやけている。 

 ”壁?” ”壁……” ”壁”


 教授は『天の使者』達に呼びかけながら、棚と壁のイメージを強く心に思い描く。 教授のイメージが固まるにつれ、壁と棚が鮮明になってくる。


 ”……教授? これは貴方がやっているのか?”

 ”あ……アナタ……貴方の……ギジュツ……力?”

 ”いや違う。 壁だ。 あの壁の文様、あれが私たちの心を結びつけたのだろう”


 教授は頭の片隅で考えながら、推論を言葉に置き換えていく。


 ”君たちは、いままであの『本』をみた事があるね?”

 ”え……ええ”

 ”見ました。 心惹かれる絵と、並んだ模様と……”

 ”あれは……何なのですか?”

 ”あれは『文字』だ。 そして『言葉』を形作るものだ”

 ”『言葉』?”

 ”そう『言葉』だ……”


 教授は考える。

 (あの文様は、異星人の言葉を媒介にして催眠術かける仕掛けになっているのではなかろうか。 そして、多少なりとも言葉の意味が分かる私と、『絵本』

で僅かながらも言葉を学んだ彼女達の心を、催眠術で結び付けた……)

 それを『催眠術』と言ってよいのだろうかとなどと考えながら、教授は彼女たちに話しかける。


 ”言葉は、互いの意思を伝えあうものだ”

 ”教授……判ります! 確かにあなたの考えが判ります!”

 
 キキが興奮した様子で羽をばたつかせる。 と、羽の色が銀色になり、姿がより鮮明になった。


 ”凄い! こんなことが出来るなんて! 貴方は……カ……カミ?”

 ”それは違う。 これを作ったのは君たちのソセンだ”

 ”ソ……セン?”

 ”あ……そう、親の親の親の親の……そのまた親の……”

 ”……何故そんなことが判るのです?”


 クィーが不審げな様子で聞いてきた。 同時にクィーの羽が黒くなり、姿がやや不鮮明になる。


 ”それは推測だよ。 君たちの親の……祖先に会ったことはない。 しかし、君たちはここの卵から産まれた。 だとすれば、ここの仕掛けは君たちの親の

……祖先が作ったものに違いない”

 ”おおー”


 三人の『天の使者』たちが感嘆の声を漏らした。 教授は、彼女たちに手を広げてみせる。


 ”聞いてほしい。 私はここに来たばかりで、君たちの事もほとんど知らない。 君たちも私の事は何も知らないだろう”

 ”ええ” ”はい” ”ああ”

 ”私たちは、互いを知り合うべきだろう”

 ”なぜです?”

 ”それだ!”


 教授はキキを指さした。


 ”お互いを知らないから、何を求めているか、何を欲しないのか判らない。 相手が自分の事を理解しないのは、悲しいことだ。 そうは思わないか?”

 ”……まぁ” ”なんとなく……” ”そうかも………”


 あいまいな答えながらも、三人の『天の使者』は教授に同意した。 教授は満足げに頷く。


 ”では私の、いや私たち人間の事から話そう……”


 自信たっぷりに話し始めた教授の顔を見た三人は、長い話になりそうだという予感を覚えた。 不幸にして、その予感は的中する。

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