Part10:発見と仮説


 「うむむむむむむ……」

 教授は壁のくぼみに並んだ卵に顔を近づけ、穴が開きそうなほど熱心に観察した。 ダチョウの卵より二回りほど大きいそれは、キキが産んだものとよく

似ていたが、違う点もあった。 それは……

 「割れておる」

 壁に並んだ卵の大半が割れ、黒く乾いた汚れにまみれている。 卵が孵化したのではなく、単に壊れた様に見えた。

 クー……

 クィーが悲しげな声を上げた。

 「……何があったのか……」

 教授は首を振り、棚の前をゆっくりと移動しながら、並んだ卵を確認していった。 割れていない卵も結構あったが、卵殻はつやを失ってどす黒く変色して

おり、どう見ても中身が無事とは思えない。

 「……お?」

 教授は、一つの卵の殻の前で足を止めた。 その卵も割れて中身はなくなっていたが、他と違って汚れが少なかった。

 「これは……」

 クケェッ!

 振り向くと、ココがこちらを見ていた。

 「……これは……君の卵……いや、君はここから生まれたのか?」

 クケエッ!

 ココが肯定の声を上げる。

 「ふむ……君たち自身か、あるいは君たちの先祖はここから来たらしいな……」

 教授は、『天の使者』達に向かって両手を広げて見せた。

 「これを見せたかったのかね?」

 キケェッ

 「なに? 違うのか?」

 首を傾げた教授の脇を抜け、キキがさらに奥に向かって歩き出し、ココとクィーが続いた。 教授も黙ってその後に続く。


 「むむっ?」

 『天の使者』達が教授を案内したのは、卵の棚が途切れた、さらにその奥の部屋だった。 ここにも棚が並んでいたが、卵ではなく板の様なものがぎっしり

と詰まっている。

 「こ、これはひょっとして……」

 教授は『板』を一枚、慎重な手つきで抜き出し、目を輝かせた。

 「これは『本』ではないか!」

 板の表面には、教授がセティから教わった宇宙人の文字とよく似た記号が並んでいる。 おそらく、教授の言う通りこれは『本』で、ここは図書室なのだろう。

 クケェッ!

 「そうか、君たちはあそこで生まれて、これで知識を得たのだな! だから宇宙人の文字にあんなに興奮して……おおそうだ! これにはいったい何が

書いてあるのだ!」

 どちらかと言うと、興奮しているのは教授の方だった。

 「ああっ、サティがここにいれば解読できるものを……いや、あきらめるのは早い。 自分の力で、できる限り解読してみよう!」

 教授はとりあえず棚の端の方にあった数冊の『本』を取り出した。 『本』は屏風のように薄い板が互い違いに閉じられ、引っ張れば簡単に開く構造に

なっている。 板の材質は不明だが、皮のような感触でかなり軽い。

 「ふむ。 読む方向が判らんが……えーと……」

 クイーッ?

 「ああ、待て待て。 試しにこの一つを解読できるか……ふむ? 意外に文字数が少ないな……ここは……これは絵か?」

 教授が広げた『本』を、キキ、ココ、クィーが教授の背後から背後からのぞき込む。 教授は彼女たちに気が付かないまま、懸命に文字を解読しようとメモ

と『本』を見比べる。

 「おおっ! ここはこの単語と一致する! ここは……おおっ、ここにある!」

 メモには、サティから教わった宇宙人の言葉が、びっしりと書き込まれていた。 そして幸運にも、メモ帳に書かれた宇宙人の言葉と、『本』に書かれた

言葉に同じ様な並びがいくつも見つかった。

 「判る処を手掛かりにすれば、詳細は無理でも大意は掴めるかもしれん……ここは、『あなた』……ここは『食べる』……これは…『眠る』……これは

『わたし』か?」

 夢中になっていた教授は、言葉を訳していくうちに、絵に描かれた内容と言葉の関係に気が付いた。

 「ふむ。 この言葉は絵を説明しているのか……しかし意外に単純だな? ……『あなたは眠る』……『わたしは食べる』……こ、これはひょっとして」

 教授が勢いよく顔を上げた。 背後にいたクィーの顔に教授の背中がぶつかり、彼女が転倒したが教授は気が付かず、本をバラバラとすごい勢いで

めくっている。

 「『あなたは飛ぶ』『彼は話す』……こ、これは『絵本』ではないか!?」

 教授は目をむいて叫んだ。 その背後で、『天の使者』たちは訳が分からないといった顔で、顔を見合わせ、また教授へと視線を戻した。


 ……ふむっ

 『絵本』を手にして固まっていた教授は、一息吐いて床に座り込んだ。 そしてさっきまでめくっていた『絵本』を閉じ、その表面や背表紙に当たる箇所を

あらためた。

 「……むっ」

 突然立ち上がると、教授は棚を端に入っている『本』を次々に取り出してはめくりはじめた。

 「これも……これも……これも……うーむ」

 教授は額に手を当てて、何かを考える風になった。

 クイーッ……

 おずおずと言う感じでクイーが教授に声をかけ、教授がふりかえった。

 「……君らはここの本が読めるのか?」

 教授が手に持った『本』を広げて見せた。

 キケェッ

 クィーが否定の声を上げる。 

 「判らぬか……うーん」

 ぶつぶつ言いながら、教授は再び考え込み、『天の使者』達は互いに顔を見合わせている。


 「仮説……にもなっていない当て推量だが……」

 突然教授がしゃべり出した。 それも『天の使者』達にではなく壁に向かってだ。 『天の使者』達は、丸い目をまんまるにして教授を見ている。

 「この大量の『絵本』が、あの『卵』から孵った『天の使者』達のために置かれていたのだとすれば……彼女たちは、サティと同じところからやって来たの

ではなかろうか……」

 クケエッ?

 「生命が宇宙を旅する場合、問題になるのはその生命を維持するために膨大なエネルギーが必要でという事だ。 それを解決する手段としてサティたちは、

仮死状態で生命活動を休止した状態で宇宙を旅してきたわけだが……『天の使者』達は、別なアプローチで宇宙を旅してきたのではなかろうか?」

 クイーッ……

 「『卵』なら……生命活動を始める前の受精卵ならば。 飲み食いしなくとも済む。 呼吸も最低限ですむ。 冷凍保存すれば……年単位、いや数十年、

いやいやもっと長い時間、生命を維持できるはずだ。 それに、複雑な構造の生物では耐えられない様な高加速にも耐えられよう……」

 ケッケッケッ……

 「SFにも似たようなアイデアがあったはずだ。 受精卵を原子力ロケットで送り出し、新天地で人間として成長させる……しかし、その場合の問題は、誰が

生まれた子供を教育するかという事だ」

 クケッ?

 クイーッ

 「そうだ……この『絵本』は生まれた『天の使者』達の教育用……いやまて?……生まれたばかりの赤ん坊に絵本を与えたからと言って、文字が判る

ようになるのか? 話せるようになるのか? 現に彼女たちは『絵本』を通じて自分たちの『文字』を知っていた。 しかし、文字が読めるわけではない、

言葉が話せるわけではないではないか?……あわっ!?」

 滔々としゃべっていた教授の背中をクィーが蹴り飛ばし、教授は壁に頭をぶつけた。

 クケェッ!

 クイーッ!

 「なんだなんだ!?……ああ、返事をしなかったから怒ったのか?」

 クイーッ!

 キケェッ!

 「わわ、判ったっ。 判ったから落ち着いてくれぇ!」

 三人の『天の使者』達は、無視された事に立腹したらしく、教授をげしげしと足蹴にする。 たまらず教授は壁際に逃げ、手に持っていた『本』を盾にした。

 クイーッ……クケエッ

 クケェッ!

 「お?」

 『天の使者』たちは、突然怒りを収めた。 教授が顔を上げて様子をうかがうと、教授が盾にしている『本』を食い入るように見ている。

 「?」

 教授は『本』の表紙を見た。 そこには卵が割れて『天の使者』が出てくる絵が描いてある。

 「これは?」

 教授は本をめくった。 そこには……子作りの方法が書いてあった、丁寧なイラスト付きで。
 
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