Part9:探検


 教授は興奮した様子のクィーをなだめながら考えをめぐらした。

 (クィーがこの文字に反応したという事は……いや、結論を急いではいかんな。 クィーにこれが読めたとは限らん……よし、各国の文字を見せてみよう)

 教授はメモをパラパラとめくり、クィーに英語、仏語、独語のメモ書きを見せた。

 ケッ?……ケッケッ……

 「わっ、こら。 足で砂をかけるな……読めんか……と言うより気に入らんかったか? そうだ」

 ヨーロッパ辺りの言葉は文字の形が似ているし、表音文字なので文字の種類が少ない。 教授は、かって彼のもとで学んだ東洋の留学生から教わった

言葉を書きつけてみた。

 『もうかりまっか?』

 ケーッ……?

 クィーはしばらく文字を見ていたが、何を思ったのか頭を大きく下げ、続いてくいっと顔をそむけた。

 「……うーむ? 何か気に障ったかな?」


 「ふーむ、成果なしか」

 教授は知る限りの文字をメモに書付けてクィーにみせたが、最初に見せた宇宙人の文字のような反応を見せることはなかった。

 「むぅ」

 教授は難しい顔をしてメモを繰り、宇宙人の言葉の箇所をクィーに見せる。

 ケケッ、ケケケケケケケッ!!

 「反応はしておるようだが……」

 文字が読めているというよりは、文字の形に反応しているようだ。 ちなみに、教授自身も宇宙人の文字は半分も読めない。

 「こんなことなら、サティの国の文字について辞書でも作ってくるのだった……」

 どうしたものかと教授が考え込んでいると、食事の後片付けをしに外へ出ていたキキが小屋の中に戻ってきた。

 キキッ、ケケケケケッ!

 クィー? ケケッ?

 クィーがパタパタと羽を振ってキキを招いた。 それを見たキキが首をかしげながら教授とクィーのそばにやって来て教授のメモを見る。

 クィー!?

 キキはクィーの様に騒ぐことはなかったが、メモの文字を食い入るように見つめている。 少しして、彼女はメモと教授の顔を交互に見やっていたが、すっと

立ち上がると表に出ていった。

 「?」

 教授はキキが出ていった方を見ていたが、すぐにキキがココを連れて戻ってきた。 そして教授を招くような仕草をする。

 ケーッ! クイーッ!

 ケケーッ!!

 「なに?……一緒に来いというのか?」

 教授は立ち上がり、キキ達と一緒に表に出た。

 ケケーッ!!

 キキとココが大きく羽ばたきをして舞い上がり、教授の肩をキキとココ足の爪が掴んだ。

 「うおっ!?」

 驚く暇もなく、教授の体が宙に浮いた。

 「おい! 何処へ連れて行く気だぁ!?」


 「……ひぇぇぇぇ!?」

 キキとココにクィーが続き、三人は教授を山の中腹に連れてきた。 中腹と言っても切り立った崖の中ほどで、ロック・クライマーでもなければ来れそうにない

 「どこへ行く気だぁ!? おっ?」

 黒っぽい崖の中ほどに幅10mほどの亀裂が走っている。 周りの岩が黒っぽいので、注意しないと亀裂が見えない。 キキとココは教授を吊り下げたまま、

亀裂の中へと入っていく。

 「だ、大丈夫なのか?」

 障害物のない場所ならともかく、狭い亀裂の中だ。 器用に宙を舞う『天の使者』達でも人ひとりを吊り下げたままでは危ないのでは……教授がそう思うと、

案の定、二人の羽音が激しくなり高度が下がり始めた。

 「おお、落ちる! 落ちる!」

 教授は慌てながらも、できるだけ体を動かさないように我慢する。 ここで下手に暴れて放り出されでもしたら、羽のない教授は一巻の終わりだ。

 「ど、どこへ……む?」

 亀裂は下に行くほど狭くなっていたが、下の方に水の流れが見えてきた。 キキとココはそこに教授を下ろそうとしているらしい。

 「深さは?……大丈夫か?」

 水面に足が付きかけたところで降下が止まり、激しい羽ばたきが周りで聞こえる。

 クケーッ!

 「……わっ!?」

 キキが一声鳴くと同時に教授が落とされた。 水の深さはひざ下までしかなかったが、落とされた教授は水の中で転倒し、無様にもがく羽目になった。

 「もう少し、丁寧に運んでほしいものだ」

 ぶつぶつ言いながら立ち上がった教授の周りに、キキ達が着水した。 教授に腕(羽)を貸してが立ち上がらせると、キキが先頭に立って水の中を歩きな

がら亀裂の奥に進み始めた。

 「奥になにかあるのか……」

 キキ達に続いて教授は水の中をジャブジャブと進んでいった。


 「これは……」

 しばらく進むと、亀裂の奥に洞窟が口を開けていた。 そこは一段高くなっていて水がない。 周りを見上げると、亀裂の壁を伝って水が流れ落ち、亀裂の

底でまとまって流れを作り出している。

 クケッ

 キキが一声鳴き、洞窟の中へと入っていく。 教授は黙ってそれに続き、その後にココとクィーが従う。

 「はて?」

 教授は洞窟を進みながら首をひねった。 人一人歩けるほどの高さがあり歩きやすい洞窟だが、水や溶岩が作ったようには見えないが、人工の洞窟とも

違うようだ。

 「ここはいったい何なんだ?……」


 数分進むとキキが足を止め、背後でココとクィーも止まる気配した。 振り返ってみると、ココとクィーが目を閉じてじっとしている。

 (……祈っているのか?)

 教授は、三人の態度からここが神聖な場所と感じ、自分も目を閉じて心の中で祈った。

 (私にはここが何か判らないが、ここを汚す意図はない。 ただ知りたいだけだ、『天の使者』達が何者なのか)

 クイッ

 キキが鳴いた。 目を開けるとキキがこちらを見ていた。 キキは羽で教授を招いて再び歩み始め、教授は彼女に続いた。


 「これは……」

 教授が立っているのは、ぽっかりと開けた空間だった。 見えるのは精々10数m先で、その先は闇に包まれていて何も見えない……いや。

 「何かある……」

 呟いた教授の脇をすり抜けるようにして、ココとクィーが前に進む。 教授は一瞬ためらった後、クィーに続いて前に進み出て、すぐに『何か』に突き当たった。

 「壁? 木?」

 それは、木製の壁の様だった。 『木製』といっても板の様に加工したものではなく、木質の大きなな壁のようなものい゛、それが頭の上まで斜めにせり

出している。

 クィ……

 「おっ」

 クィーの声がする方に、『壁』に沿って進むと壊れたような穴があり、そこでクィーが待っていた。 教授はその穴をくぐって壁の向こう側へと進む。

 「ここは……壁も木質か……となるとこれは倒れた巨木か何かの内部だろうか」

 自分がいる所をあれこれと想像しながら歩いていくと、キキ達が佇んでいるのが見えた。 教授はあたりを観察しながら、キキ達のそばへ歩を進める。

 「おおっ? これは……」

 キキ達が佇んでいた場所。 そこには壁に無数のくぼみがあり、その中に卵が安置されていた、それも大量に。

 「君たちは……ここから来たのか?」

 クイッ

 キキが頷いた。 教授と『天の使者』たちの意思が通じ合った瞬間だった。

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