Part8:フィールドワークと記録


 キキィーッ!!

 鋭い叫び声がして、小屋の中にいた『天の使者』達が飛び上がった。

 「だひゃ……ひゃ? おおキキか。 助かった」

 小屋の入り口に怖い顔をしたキキが立っていた。

 「おお、お産が終わったばかりだというのに元気だのう」

 産卵直後のキキは、隣の小屋にいたはずだったが、教授のただならぬ(?)声に様子を見に来たらしい。 教授のがクィー達にいじめられたと思ったのか、

激怒している。

 キキーッ、キキーッ!

 ケッ、キクケッ……

 ケケッ、ウケケケケケッ……

 キキの剣幕が凄まじいので、クィー達はひたすら低姿勢で申し開きをしているようだ。 しかし、何を言っているのかさっぱりわからない。

 「ふーむ。言葉が通じんというのは不便だのう」

 腕を組んでひたすら考え込んでいると、キキが首をかしげて教授の方を見ている。

 「ん……おおっと」

 教授はクィー達にズボンを脱がされ、下はすっぽんぽんの状態だった。 慌てて下着とズボンを拾い、いそいそと履く。

 キーィ……

 クーゥ……

 教授の大事なモノがズボンに隠れると、クィー達ががっかりしたような声を出した。

 「いやまぁ、大事なモノだからな。 しまっておかんとな」

 言い訳がましく言いながら、教授は立ち上がって衣服を整える。

 クエッ?

 キキが、訳が判らないといった様子でさらに首を傾げる。 そんなキキに片手をあげてから教授は外に出た。

 
 「ふむ、まだ午前中……かな?」

 教授が『天の使者』達に拉致されたのは夜中だった。 今は太陽が見えている。

 「夜通し騒いでいたのか……ふぁぁぁぁ」

 教授は大きなあくびをした。

 ファァァ……

 横を見ると、クィーが隣に並んで大あくびをしている。

 「君もお疲れの様だな? 講義の続きは後にして、しばらく休まないかね?」

 クケェ?

 クィーが首をかしげたが、教授の言いたいことは理解したようだ。 教授の手を取ると、別の小さな小屋へと案内した。 入ってみると、枯れ草を敷き詰めた

寝床になっている。 触ってみると枯れ草は乾いており、最近敷き詰められたようだ。

 「鳥の巣のようだな。 客間……の訳はないか」

 集落のすべてを見て回ったわけではないが、ここにいる『天の使者』達は10人(?)足らず、余分な小屋を作り維持することはできないだろう。

 クィー……

 クイーが先に立って小屋の中に入り、羽先で教授を招く。

 「……だろうなぁ。 まぁ、この状況なら同衾にはならんだろうなぁ……」

 教授は、家で帰りを待つ妻に心の中で手を合わせつつ、小屋の中に入り、クィーの横に寝転がった。

 クワッ?

 クィーが怪訝な顔で教授を見ている。 横目で見ると、クィーは羽をたたんで体を覆い、蹲っている。

 「なるほど。 それが君等の就寝姿勢なのか。 我々は体のつくりが違うのでな。 こういう格好が楽なのだよ」

 そう言うと、教授は腕を頭の後ろで組んで目を閉じた。 疲れていた教授はすぐに寝息を立て始める。

 クィー……ククッ……

 しばらく教授の様子を見ていたクィーは、羽を開いて教授のに寄り添うように横たわり、二人の体を包むように羽を閉じた。 その動きにまどろみが破られ、

教授が薄眼を開ける。

 「ん……はは……極上の羽根布団だのう」

 クィー……

 互いの温もりを確かめながら、二人は眠りに落ちた。


 キキッ

 キキキキキッ

 「……ん? おっ?」

 目を覚ました教授は、隣にクィーの寝顔を見つけて驚いた。 記憶をたどって、自分が『天の使者』達の集落に来ていることを思い出す。

 「はは、すっかり寝入ってしまったか」

 頭をかいていると、クィーがパチリと目を開けた。

 クィー、クックックックッ……

 「やあ、おはよう……と夕方か?」

 小屋から出ると、外は薄闇が広がり始めていた。 太陽は山の稜線の向こうに沈んでしまい、じきに夜になるだろう。

 「むー……」

 唸ってから腹を撫でる。 空腹を覚えていたのだ。

 「どうしたものか……」

 キケーッ……

 キキの声がし、教授はそちらを見た。 キキが羽を振って教授を呼んでいるように見える。

 クー……クェ……

 小屋からクィーが出てきて、とぼとぼという感じでキキの方へ歩き出した。

 「ふーむ……食事かな」

 教授は淡い期待を抱きつつ、クィーの後をついてキキの方に歩いて行った。


 「まぁ、こんなものか」

 『食事』と言う推測は当たっていた。 メニューは……普段口にできないものが並んでいた。 ランデル教授は目の前に並んだものを観察し、正体を見極

めると少量を口に運び、味を確かめる。

 (毒ではないな)

 教授は探検家でもサバイバルの達人でもないが、文明から遠く離れた場所にフィールドワークに出かけることが多く、普通の人が見たら口に入れるどこ

ろか逃げ出しかねない食べ物で命を繋ぐことは何度もあった。 その経験からすると、キキ達の食事はまっとうな食い物と言えた。

 (貴重なタンパク源だのう)

 そう考えながら、草の葉の上に盛られた芋虫を口に運ぶ。


 「くいっ、くいっ」

 クィー?

 「くくくくっ」

 クククククッ?

 「むぅ……だひゃはははははは!」

 ケケケッ! ケケケケッ!

 「駄目か……」

 『食事』の後、教授はクィーを相手に、いろいろと言葉(?)を試してみた。 しかし、簡単な合図はや単語はともかく、複雑な会話は無理なようだ。

 「ふーむ」

 ため息をついた教授は、ポケットから耐水ペーパーの手帳を取り出し、耐水インクのペンでメモを取る。

 ケッ?……ケケケケッ!?

 「な、なんだ?」

 クィーが教授の手元を覗き込み、興奮した様子で騒いでいる。

 ケケケケケッ……!ケケケケケッ……!

 「何をそんなに……むっ!」

 自分のメモを見た教授は、たった今書いたメモの前のページに書かれたメモにくぎ付けになる。 それは宇宙から来た彼の妻、その国の文字を解読した

時のメモだった。

 「クィー、き、君はこれが読めるのか?」

 クケケケケケッ!

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